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66 夜は明けて





音楽棟で久我先生、楠先生と別れ、私達はフラットAに一緒に戻ったが、その間、ほぼ無言だった。

それぞれの部屋に入る際、おやすみ、おやすみなさいと告げ合うだけで、けれど京極さん、栗栖君の目は何か言いたげにも感じた。

同時にそれは、彼らを待たせているのだという意識を私に深く植え付けた。

そしてその意識が膨れ上がる前にと、私は部屋に戻って休む間もなく電話に手を伸ばした。

深夜という時間など気にしてはいられない。

時間が勿体ない。

微塵の躊躇いも浮かばず、私が真っ先に連絡を取ったのは、久我のおじさま、吹月学院学院長兼理事長だった。



おじさまは寝起きのような雰囲気を一切匂わせず、明朝すぐにお会いしたいと願い出た私にも動揺めいた反応を示さなかった。

まるでこうなるのを予見していたかのように、おじさまの心は既に決まっており、ほんの数十秒で私は早朝の約束を取り付けられた。

先ほどの音楽棟での時間と比べて、何ともあっけない交渉だった。


おじさまは、私が新しい情報を報告に来ると期待されているのだろうか。

勿論、それも間違ってはいない。

今夜音楽棟で聞いた話は、おじさまの知り得ないものばかりだろうから。

だが私の依頼主はもはやおじさまだけではないのだ。

私は有栖川さんを想う彼らの代表として、明朝、おじさまと対峙するつもりでもあった。

敵対するわけではないけれど、それにしても得心がいかない事柄が散乱していて、事と場合によってはおじさまを追及する可能性も心のどこかには用意していた。



そして森閑とした闇に白く夜明けが訪れると、私は再び電話を取った。

今度の相手は勝気だが優しくて可愛らしい、小動物のような同級生である。

だがまだ夜が明けたばかりの刻であり、ほとんどが微睡(まどろ)みの住人なのだろう。

内線のコールはしばらく鳴り続いた。

やがてブツリと怒気を孕んだような勢いでそれは途切れると、不機嫌を装いもしない円城寺君の声が鼓膜に体当たりしてきたのだった。



《何時だと思ってんのさ》



いつもの可愛らしい声とは似ても似つかない地を這うような声だったが、怯んでる暇はない。

私は一分一秒でも早く学院長室に向かいたかったのだから。



「朝早くにごめんなさい、円城寺君」

《……え?な、マイマイ?!》



頭から氷水をかぶったように、一気に目覚めた様子の声が跳ね返ってきた。



「こんな時間に申し訳ないのだけれど、今すぐに着替えて出て来られないかしら?」

《―――何かあったんだね?わかった。すぐ用意するよ。どこに行けばいい?》



打てば響くという言葉がぴったりの返事だった。

瞬時に切り替えた円城寺君に、私は頼もしさを感じて。



「私は15分後に部屋を出るわ」

《わかった。じゃあ15分後に》



的確に了承を口にした円城寺君は、私の応答を待たずに通話を切った。

多くを伝えずとも理解できてしまう優秀な才知が彼には備わっている。

彼だけではなく、ここ吹月学院で出会った人物は余すことなく皆優秀だった。

思いやりもあり、他者の立場を慮る事にも長けている彼ら。

そんな前途の明るい期待すべき彼らのために、私は出来得る限りの力を注ぐつもりだった。



そしてきっちり15分後に部屋を出た私は、隣の隣の部屋の扉が開くのを視界に認めた。

指定したわけではないのに彼は制服姿で、寝起きの残像はどこにもなかった。

私達は視線を絡ませて。



「学院長室に」


それだけ告げた私に彼はこくんと頷き、早朝の静けさ蔓延るフラットAを並んで抜け出したのだった。



今日は、長い一日になりそうな予感がする。










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