62 彼らの事
「私はわりと早い段階で、彼らの事は気付いていたの。二人はすごく慎重にしてたし、上手く隠していたと思う。でも昔からの知り合いに隠し通すのには無理があったのかもね。かと言って、ただの同僚のプライベートな事に簡単に踏み込むのは躊躇われて、そうかな?私の勘違いかな?って思いながら時間が過ぎていったわ。だけど、さっき久我君が言ったように、私と久我君の噂が急に大きくなっていったの。それまでもちょっとした噂はあったりしたんだけど、どこにでもあるような軽いもので、ほとんどが冗談で笑い飛ばせるものだった。でもその時広まった噂は真実味があるもので、一気に事実として広がってしまったの。有栖川君の事を知ってた私は、彼が気になったわ。しっかりしてる子だけど、どこか繊細な一面もあったから、気にしてるんじゃないかって心配したの。でもそれまで特に仲良く話したりする関係でもなかったから、急に声をかけるのも警戒されちゃうと思って、私は久我君の方に話を振ってみたの。そうしたら久我君ってば、私が有栖川君との事を知ってるとわかって、物凄く動揺しちゃって。もう二人は付き合ってますってプラカード提げてるようなものだったわ。それで、こんな様子じゃ、きっとすぐに二人の関係が公になってしまうんじゃないかって、こっちの方が心配になってきたのよ。だってさすがに保護者や学院側に知られたらまずいでしょ?生徒と教師、それも全寮制の学校で、しかも同性。本人達がいくら真剣だと主張しても、世間はきっと簡単には納得してくれない。それが目に見えてたから、私は久我君に協力を申し出たのよ」
楠先生は久我先生に向けていた灯りをふと消した。
久我先生のランタンだけで事足りると思ったのだろう。
「協力とは、どのような?」
京極さんの相槌は、やや急かすようなものだった。
「ここを使う事を提案したの」
言いながら、楠先生は己の足元の床を指差した。
「ここって、音楽室?」
「そうよ、栗栖君。みんながどこまでを知ってるかわからないから教えておくと、私達が今いるこの音楽棟と、職員棟の私の部屋は隠し扉で繋がってるの。私の部屋の棚の裏にある扉を開けると、音楽棟の昔は楽器倉庫に使われていた部屋に出るわけ。でもそれは代々音楽担当になった教師にしか知らされない案件だった。だから私は、その扉を使って、二人でここで会えばいいんじゃないかと言ったの。そうしたら誰かに見られる確率もぐんと下がるでしょう?久我君は遠慮していたけど、有栖川君の方はスパイみたいだって乗り気だったわ」
隠し扉の存在を聞き、京極さんと栗栖君は「やっぱり…」とついに腑に落ちたという反応だったけれど、私は、ミステリー小説が好きな有栖川さんらしいエピソードだなと思った。
息が詰まってしまいそうな話題が続いていた中で、ホッとできる瞬間だった。
「あいつは繊細なんだか図太いのかわからない時があったからな……」
「でもそんなところも好きになったんでしょ?」
揶揄われて、久我先生は小さく咳払いした。図星なのだろう。
「こんな風に二人の事を私には隠さなくて済むようになったから、有栖川君はよく私に惚気話をしてきたのよ?独り身の私はいっつも惚気られる一方で……って、それはどうでもいいわね。とにかく、二人の付き合いは傍から見ても順調にいってたのよ。有栖川君が三年になってからは、受験勉強に差し支えないようにって会う回数も減らしたりしても、二人の気持ちは微塵も揺るがなかったわ。二人がここでデートするのは、新月の夜だけ。二人で決めたんですって。ずいぶんロマンチックよね?」
羨ましいわと、楠先生は笑ったが、久我先生は生徒達の手前か、照れくさそうな雰囲気だ。
「それで、3月と4月の暗号は新月の日付だったのですね」
私が音楽室の噂と新聞の暗号を紐付けた理由の一つでもあるのだが、なぜ新月だったのかは、今はじめて理解できた。
久我先生は「よく気付いたね」と感心をくださった後で、少しの悲色を目元に落とされた。
だから私は、あえて尋ねてみた。
「5月1日の新月は、お会いにならなかったのですか?」
新月がキーワードになっていると考えた私は、父の秘書である彼に今年も含めてここ数年の月齢を調べてもらっていたのだ。
私が音楽棟の探索をした夜が新月だったのは偶然だったが、彼らにとっては大切な意味を持ったものだった。
それにもかかわらず、5月1日の新聞には暗号が記されてはいなかった。
おそらく神村さんからの電話を受けた久我先生が思い悩んでいた時期だとは思うが、だったら、いつもの新月の約束はどうしたのだろう?
もし、新月の逢瀬が叶わなかったのだとしたら、有栖川さんはどんな気持ちだったのだろう?
恋人から何の説明もなくいつもの約束を破られたのだとしたら、どんな思いで5月2日のメッセージを読んだのだろう……
それを想像すると、心臓の底の方を握り締められたように、ぎゅっと苦しくなる。
それが同情なのか哀憐なのかはわからないけれど、とにかく、有栖川さんを想わずにはいられなかった。
そして私の推考への正否は、久我先生の静かな言葉で語られたのだった。




