59 ただ、大切な人を守りたかった。
「私が偶然見つけた印の付いてある新聞は、5月2日の朝刊でした。ですが、見つけるよりも前に、新聞紙を乾燥剤代わりにしようとちぎって濡れた靴の中に入れていたので、暗号が記されたページも上部が破り取られた状態だったのです。けれど浮かび上がった ”たすけて” というメッセージがあまりにも強烈だったものですから、破れていたパーツにまで考え及ぶ事はありませんでした。そしてその後、円城寺君の協力を得て、他にも同じ印が付いてある新聞を見つけました。5月2日の夕刊と、3月、4月のある日の朝刊夕刊のセットでした。5月2日の夕刊には、 ”Ro、テ、し、あ、名、紙” と、どう読んでも意味が成立しない文字に印が付いていました。ただ、朝刊夕刊、双方の最後の文字を組み合わせると ”て紙” となるので、手紙が何かのヒントかもしれないとは思いました。けれどその他の文字は組み合わせても解読はできませんでした。そこで、円城寺君が見つけてくれた他の日付の暗号にも取りかかりました。特に手がかりもなかったので、まず5月2日と同じように最後の文字を組み合わせてみたところ、朧気ながら、全体的に文章が掴めそうにも思えたのです。そうしてそれをヒントに、仮の法則を立ててみました。それぞれ最後の文字から朝刊夕刊、夕刊朝刊、また朝刊夕刊、そして夕刊朝刊といった順序で読み進めていくと、意味の通る文章が作成されたのです。”いつものとこ9時””あそこに22時” と」
冷静な面持ちを保っていた久我先生だったが、ランプの灯りに映された顔色は、少しばかり沈んだようにも見えていた。
やはり大切な人との思い出を他人から公開されるのは、本意ではないのだろう。
私は決して土足で踏み込むような姿勢にはならぬよう、心を律した。
「そうですか……。やはりもっと難しい暗号にすべきだった。該当のページは翌朝破棄するべきだったし、リサイクル業者にももっと短いスパンで依頼しておけば……そんな事今さら言ってもしょうがありませんね。それで、暗号の仕組みを解いた舞依さんは、上部が破けていたページの暗号も解読に至ったというわけですか?」
彼にしかわからない後悔は、きっと少なくはないのだろう。
「はい、その通りです。同じルールに従って読むと、”て紙 名けす あした ” そして一文字空けて ”テRo” となります。法則を知ってしまえば、この一文字空いてる箇所が破れた部分にあるのは明らかでした。ですがあえてそれを探すまでもなく、私は、このメッセージを予測する事ができました。新聞が図書室に設置されていた事、その管理を久我先生が担当していらっしゃった事、そして、久我先生と有栖川さんが親しい間柄だったと証言する方がいらした事、その方がお二人の関係に否定的な意見をお持ちで、それを久我先生に直接訴えられたという事、……最後に、5月2日の夜、有栖川さんが転落したライブラリーに散らばっていた手紙……それらを繋いで考えた時、この暗号を送り合っていたのが誰と誰だったのか、そして破れていた箇所の文字が、自ずと浮かび上がってくるようでした。おそらくその破れていた文字は ”す” で、通して読むと、”手紙 名消す あした 捨てろ” だったのではありませんか?」
それがたったひとつの正解であると、私は既に確信している。
会話の成り行き上、久我先生にそう尋ねる形式になったまでだが、それは彼も感じている様子だった。
軽く頭を振りながら、「そのメッセージが、結果的にあいつを追い詰めてしまった……」苦し気に吐露されたのだ。
「じゃあ、館林さんの言ってる事は間違いないの?久我君が、手紙の廃棄を有栖川君に指示したの?」
楠先生の懐中電灯が、久我先生に伸びる。
詰問のように照らされて、久我先生は「ああ、そうだ」と認めた。
「どうしてそんな突き放すような真似をしたの?だって久我君と同じ大学に進んで、同じ吹月の教師になるのが夢だって、久我君だってそれを応援してたじゃない。あんなに二人で頑張ってたのに、どうして……」
二人の事をよほど近くで見守っていたのだろう、楠先生は自分の事のように悔し気だ。
だが私は、久我先生がそんなメッセージを送った理由を知っている。
他の日付のものと比べて、やや乱雑な言葉選びになってしまったほどに、きっと久我先生は動揺しながら、5月2日の暗号を仕組んだのだろう。
それでも、脅迫電話をかけてきた神村さんを庇うつもりがあるのか、久我先生ははっきりと言い訳を述べたがらない。
けれど楠先生もどうにも釈然としていない気配で、このままでは話がスムーズに進まないと判断した私は、お節介を承知で久我先生の代打になってみせた。
「有栖川さんを守りたかったのですよね?ただ、大切な人を守りたかった。だから、その大切な人の傍を離れる覚悟をなさったのですよね?」




