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47 密会






北園邸は、別荘地の中でもひときわ広い敷地に建っていた。

近隣は開放的なデザインの家が並んでいて、それと不調和にならない程度に開かれた設計ではあるが、瀟洒な中にもしっかりとしたセキュリティが施されている、ちゃんとした(・・・・・・)建物であった。


東京の本宅には招かれた事があるけれど、こちらの別荘ははじめての訪問で、父からいったいどのように話が流れているのかもあわせて気になるところではある。




「いらっしゃい、舞依ちゃん。よく来てくれたわね」



出迎えてくださったおばさまは、先日と微塵も変わらない上品な笑顔だった。

この屋敷を借りて、私はこれから父の秘書と密会をする。

事と次第によっては警察の介入があるやもしれない案件についての相談事だ。

だがそんな物騒な密談が行われるというのに、北園のおばさまはまるでティータイムの客人のように私に接してくださったのだ。

けれど


「待ち合わせの秘書の方は、もうお着きよ?客間にお通ししているわ」


微笑みを崩さない意味ありげな物言いをされたおばさま。

長年、あの父や久我のおじさまの友人であるというのが、非常に頷ける瞬間だった。



「ありがとうございます。お部屋をお借りいたします」



暗に、部屋には我々二人にしてもらいたいと匂わせると、心得ているとばかりに、おばさまは「お飲み物はテーブルに用意してあるので、好きに飲んでね」と返してくださった。


「けれど、終わったらリビングに来て頂戴ね?時間があるようだったら是非お茶をしましょう?最近見つけた可愛い和菓子があるのよ」

「ありがとうございます。楽しみにしてます」


おばさまは最後まで、事情を知っているのか知らないのか掴めない風に、私を客間の扉の前まで案内してから、さっと踵を返して去って行かれたのだった。




多少の緊張感が私を包んでいくのは、仕方ないだろう。

父の秘書をすべて把握しているわけではなく、今日の面談相手がどういう人物なのかは一切分からないのだから。

果たして私の依頼を受けてくれるのか、または、おおいに役立ってくれるのか……

緊張感に不安色を落として、私は扉をノックした。


ややあって、返事の代わりに内側から扉を開く音がした。



「―――お待ちしておりました、お嬢様」



扉が開ききるよりも先に、低すぎない男性の声に歓迎される。

その声に聞き覚えのあった私は、一気に緊張と不安が霧散していった。



「あなただったの……」


思わず、()に安堵の表情を見せてしまった。


父が手配した秘書は面識のある人物だったのだ。

()でよかった。面識がある、それだけで、信頼関係の構築に割く時間が省略できる。

私が部屋に入ると()は即扉を閉じた。


「お飲み物はどうされますか?」

「結構よ。それよりも話をはじめてもいいかしら?」


1分1秒も勿体ない。

私は()に有栖川 唯人の件を調べてもらうつもりだったが、()がこの件に関してどこまでを把握済みなのかも分からない。

場合によっては最初からの説明が必要になってくるだろう。

悠長にお茶を味わう時間は、彼とは(・・・)持てそうになかった。


だが()は、「北園夫人はお嬢様お気に入りの茶葉をご用意くださってますよ?」と呑気に目を細めてくる。


「それは後でおばさまとのティータイムにいただくわ。それより、」

「有栖川 唯人に関する情報でしたら、既にこちらにご用意できておりますが?」


今すぐ会議を開始させようとした私を、()が一冊のファイルで制止させたのだった。



「……それは、父からの指示?」

「いいえ?正確には、ボスから指示はありましたが、それよりも早くに私が自ら動いておりました。お嬢様が吹月に編入なさるとお聞きしましたから、おそらくいつかは必要になってくる情報ではないかと思いまして」


すらすらと説明する()に、その優秀さに、感嘆の息がもれそうだった。


「驚いた。あなたはインテリジェンスというよりはガード担当かと思っていたから」


しっかりした体躯から受ける印象は諜報員よりも警護向きである。

勿論父の秘書を名乗るからには、それ相応の能力も求められるのだろうけれど。

何より()は、私の知る父の秘書の中では最年少で格段に若い。

以前会った時も既に館林の職員ではあったが、まだまだ若さが表立っていて、秘書として父の右腕になるのはずっと先のように思われたほどで。

それゆえ、侮っていたわけではないが、私は彼がここまで優秀な人材になっていた事に驚いたのだった。


「そうですね。確かに、もとは吹月に編入されるお嬢様の警護の命を受けております」

「ああ、やっぱり警護は付いていたのね」

「館林家の跡継ぎであるお嬢様を、こんな辺鄙(へんぴ)な土地でお一人にさせるとお思いですか?」

「辺鄙って……その言い方は、地元の方に失礼よ」

「他意はありません。ただの事実です。そして先ほどのご質問についてですが、私は、文武(ぶんぶ)どちらも担えると自負しておりますよ?」


恭しく頭を垂れる仕草にはユーモアも乗っている。

()と対面したのは数年ぶりだったが、そのユーモアだけはちっとも変わっていない。



「たった何年かで、ずいぶん変わったのね」


まるで久しぶりに会う親戚のような感想は無意識に転がり落ちていた。

すると()はハッと笑いながら彼らしい言葉を返してくる。


「それはこちらのセリフです。お嬢様こそ、ずいぶん変わられて。以前よりさらにお綺麗になられましたね。数年ぶりに再会して、一瞬見間違えてしまいそうでしたよ」

「そうかしら?そのわりには、至って普通の態度にも見受けられたけれど?」


馴染みの者同士、砕けた会話を投げ合いながら、私はファイルを開いた。


それは確かに、有栖川 唯人に関する情報資料だった。

既に把握している情報もあったが、ほとんどは初めて知る事柄である。

非常に細かく記載されていて、とても見やすい。

この作成者はよほどきっちりした性質なのだろう。


「これはあなたが作ったの?」

「はい。何か至らぬ点がございましたか?」

「いいえ。よくできているわ」

「お褒めに預かり光栄に存じます」


またもや大げさに礼をとる。

父が優秀な諜報員を雇っているとは認識していたが、昔から知っている()がその一人だというのは想像もしていなかった。

だが私が吹月にいる間はこの()が警護として近くにいてくれるようで、それは心強い限りだ。

ファイルをめくる指先も、心なしか柔らかくなっている気さえしてくる。

だが最後のページを開いた時、その手はピクリと止まってしまった。




「…………これは、間違いのない情報なの?」



()は私がそう問う事を予見していたように、ファイルも見ずに「勿論です」と肯定する。


「裏取りも済んでおります。お嬢様はご存じなかったのですか?」


にこやかに問い返してくる()は、優雅にもティーカップを口に運んでいる。

私のお気に入りの紅茶は、今日もいい香りを漂わせているけれど、それを堪能できる余裕はなさそうだった。


「何も聞いていないわ」

「そうでしたか。それでは驚かれるのも無理はありませんね」

「ええ。驚いているわ。とてもね……」



有栖川 唯人に関する資料の最後のページにあったのは、彼の現在の状況を記したものだった。




6月下旬意識回復、既に退院済み―――――










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