46 覚悟
正解だという確証はないものの、新聞に隠されたメッセージを読み解いた私は、しばらくの思案のあと部屋の電話を取った。
かけたのは、遠い英国だ。
勿論時差は把握している。だが急を要するのだ。
向こうは深夜3時頃だろうか。
そんな時刻にもかかわらず、3コール直後に繋がった。
「夜分に失礼いたします。緊急でお願いがありまして」
《――ああ、構わんよ。そろそろ連絡をよこすだろうと思っていたからな。久我から話は聞いている。頼みとは何だ?》
「お父様の東京の秘書に、手伝ってもらいたい事があるのですが」
世界中で仕事をこなす父には、常に随伴する側近とは別に各主要都市に秘書が駐在している。
本来ならば彼らの雇い主は父であって、私が何かを依頼してもそれは彼らの職務外なのだが、私が吹月にいる以上身軽に動く事はできず、彼らの助けが必要という結論に至ったのだ。
だが父には私のそんな結論も、とっくにお見通しだったようだ。
《なんだそんな事か。一人で構わないなら既に手配済みだ。今日、今すぐに必要か?》
「可能でしたら」
《ならば一時間後、北園家の別荘を訪ねるといい》
「北園のおばさまの別荘、ですか?」
《住所は分かるな?》
「ええ、勿論」
《では一時間後。遅れる場合のみ北園邸に連絡を入れるように》
「承知いたしました。ありがとうございます。ああ、それからお父様?」
《なんだ?》
「久我のおじさまと共犯で私を騙した事については、落ち着いた後見返りを頂戴しますので、お忘れなく」
《そうか、では、何を要求されるか楽しみに待っていよう》
こちらがつついても涼しい声で受けてかわす父に、私はわずかばかりの敗北感を覚える。
《――舞依》
「なんでしょう?」
《くれぐれも油断するでないぞ。”理由なき言動は身を亡ぼす” を忘れるな》
父のモットーでもあるその言葉に、気持ちの糸がピンと張った。
ふらふらと、思い気のままな意味もない振る舞いは、芯がない分、流されやすい。
流れて流れて、やがていつかはそれに足をすくわれるかもしれない……
父は父なりに、私を気にかけているのだろう。
あんな無理難題を押し付けておきながら。
私は、心配するならもっと早くに配慮を見せてもらいたっかたものだと、クレームを吐きたくなる一方では、父から感じられた親心に安堵したりして、心を乱高下させながら国際通話を終了させたのだった。
父から北園のおばさまの名前が出てきたのは驚きだった。
だがやはり、おばさまと父はしっかり繋がっていたのだ。
おそらくではあるが、おばさまは事の詳細は知らされておらず、ただ私がこの吹月のある土地で生活するにあたって、父が便宜的に協力を要請しただけなのだろう。
だから、久しぶりに再会した時、私の事を交換留学生として扱った。
私は、あの人のよさそうな笑顔を思い浮かべながら、これからの段取りを頭で組み立てた。
ここ吹月学院から北園家の別荘まではタクシーを使えばそう時間はかからないはずだ。
部屋の電話でタクシーの配車を依頼してから、父の秘書との面談に備えて頭の中を整理していくと、すこしずつ、冴えていく感覚がした。
ひょっとしたら、さきほど神村さんからもたらされた ”事実は小説より奇なり” に、少なからず動揺していたのかもしれない。
「Calm down... Stay calm...」
冷静に、落ち着いて。
吹月に来てから、今、最も心のコントロールを要していた。
私は数秒の間視界を閉じ、呼吸を整え、ゆっくりゆっくりと開いていく。
今日、これから始まる事は、もしかしたら誰かの人生を変えてしまうかもしれない。
だがそれこそが私に求められた役割なのだと、自分を励まさずにはいられなかった。
そうして最後に、クローゼットから取り出したカーディガンを羽織り、素早く、後をつけられぬよう気を配りつつ、フラットAを出たのだった。




