45 解読
部屋に戻ってしばらくすると、電話が鳴った。
初めて聞いたコール音に、少し驚いてしまった。
吹月学院の寮の電話は、部屋から外へは自由にかけられるが、外からの通話はホテルのように一旦管理人室に繋がるようになっているそうだ。
そして不審なものでなければ、それぞれの寮室に繋いでもらえるわけで、つまりおかしな相手からかかってくる事はない。
携帯電話の電波が通っていない事も踏まえると、生徒のプライバシーが完全に守られているとは言い難い状況だが、吹月の生徒の家庭環境を鑑みればそれも必要な条件と言えるだろう。
「――はい」
私は長めにコールさせたのち、受話器を取った。
《あ、マイマイ?》
食い気味に呼びかけられて、彼をずいぶん待たせてしまったのかもしれないと悟った。
《そっちの方に歩いてく音がしたからさ、マイマイ帰ってきたかなと思って。ぴったりだったね!》
「そうね。今戻ってきたところよ」
《あの女の子、有栖川先輩の事何か知ってたの?》
「どうやら、ずっと有栖川さんに片想いをしていたそうよ」
《なんだ、そっか……。あ、それでね、昨日新聞を調べた結果報告なんだけどね》
「ごめんなさい。昨日はなかなか二人で話す機会が作れなくて」
《ううん、僕もどうしようかなって思ってたから……。でも、こうやって内線で連絡とったらよかったんだよね》
得意気に言う円城寺君には申し訳ないが、寮内の内線がどこまでのセキュリティなのかは疑わしい。
外部への連絡等、それ以外の手段がない場合はやむを得ないとしても、可能ならば他の伝達方法が望ましいだろう。
盗聴の危険が全くないとは言い切れないからだ。
「そうかもしれないわね。ただ、この通話を誰かに聞かれていないとも限らないから、該当のページがあるのなら、今から受け取りに行っても構わない?」
《あ、そっか。だったら僕がマイマイの部屋の扉に挟んでおくよ。その部分だけだったら隙間に挟めそうだから。全部で4枚だよ》
4枚……おそらく朝刊夕刊で1セットのメッセージだろうから、メッセージは2つ。
私は逸る思いを窘めながら円城寺君に「ありがとう。お願いします」と返したのだった。
《任せて!》
高校生男子にしては高めの、興奮混じりにも聞こえる応答から数十秒後、カタンと部屋の扉から音が鳴った。
私はすぐさま扉に近付いたが、もうそこに彼の気配はなかった。
互いに無言でのやり取りに、何だかスパイめいたものを感じるが、もとを辿れば私は真の目的を秘匿したスパイとしてここ吹月学院にやって来たのだけれど。
だが、その目的も実際は偽の口実だったわけで……
私は、真実と偽物の混然を自覚しつつ、円城寺君が差し入れてくれた新聞をそっと抜き取った。
4枚ともテレビ番組表のみで、小さく折り畳んだ形跡があった。
円城寺君が私の助言を聞き入れて、誰にも見つからぬようにポケットかどこかに忍ばせてくれたのだろう。
それらをすべて床に並べてみる。
パッと見ただけでも数か所、番組表の文字に〇印を見つけた。
4枚の日付はそれぞれ4月と3月で、同日の朝、夕のセットである。
朝刊と夕刊はテレビ番組表のサイズが違っているので見分けがつきやすい。
ペアにして並べ直し、〇の付いた文字をメモにとる。
3月 朝刊……2、に、あ、
夕刊……じ、2、こ、そ、
4月 朝刊……じ、と、の、い、
夕刊……く、こ、も、つ、
書き出したメモを眺めると、すぐに、4月の方にピンときた。
文字一つずつではなく、全体的に捉える事で、何となくの輪郭が浮かんできたのだ。
勿論今の段階で正解は分からない。
だが、前回のメッセージの最後の文字を朝刊→夕刊の順で読んだ時、”て紙” と解釈できた事から、同じパターンを採用していくと、”いつ” となる。
そして同様に朝刊→夕刊と読み進めると ”のも””とこ””じく” となるわけだが、それでは意味が分からないものの、そこは全体的な構成を見つめる事で解決できそうだった。
朝刊→夕刊のパターンを、夕刊→朝刊のパターンと交互にしてみたらどうなるだろう?
終わりの文字から朝刊→夕刊、夕刊→朝刊、朝刊→夕刊、そして夕刊→朝刊と読んでいくと………
”いつ、もの、とこ、くじ”
いつ……いつも、もの……
いつもの、とこ、くじ―――――いつものとこ、9時?
成立するメッセージが読めた瞬間、私は3月の方も解読した。
2、に、あ、
じ、2、こ、そ、
”あそ、こに、22、じ”――――あそこに22時?
これはもう、疑う余地がないのではないだろうか。
”あそこに22時”
”いつものとこ9時”
3月と4月の暗号は、誰かさん達の待ち合わせの連絡だったのだ。
では、あの ”たすけて” の暗号は?
私は急いで記憶のノートを開いた。
そして同じ法則で解読していく。
そこに浮かび上がったメッセージを読めた時、ふと、ある事が頭を過った。
閃きと呼ぶにはささやかで、だけれどこうして思い直さなければ見過ごしていたであろう小さな ”気付き”。
今まで気にもならなった事が、一度気にしてしまえばもう気になって仕方がない。
それは、疑惑と呼んでもいいほどの存在に膨らんでいく………
――――あの人は、あの時、なぜああいう言い方をしていたのだろう?




