42 Truth is stranger than fiction.
「……あの、さっきから日付を気にされてますけど、3日でなく2日だったら何かあるんですか?」
「いえ、大した事ではありません。2日は平日だけれど3日だと祝日なので、3日の方が寮に残っている人も少なかったのかもしれないと思いまして。それより、その日渡せなかった手紙は、その後どうされたのですか?」
瞬発的に適当な言い訳が出てくるのは父からの教育の賜物だが、人としては少々複雑な心境でもあった。
だが神村さんは、私が手紙の行方を尋ねるのを待っていたのか、合間を置かず、迷わずに、手を動かしながら答えたのだ。
「それが、実は……」
散歩用と思しき小振りのバッグから白い封筒を取り出し、私に見せる。
「もし街で見かけたら渡せるように、こうやっていつも持ち歩いているんです」
困ったようなはにかみを浮かべた神村さんはそれをテーブルに滑らせたが、封筒は一通ではなかった。
「二通もですか?」
「はい。もう一通は……有栖川さん宛てです。無断で写真を撮ってしまった事と、恋人の方にしてしまった事に対するお詫びを書きました。私は自分の事しか考えてなかったけど、もしかしたら、私の脅迫電話のせいで有栖川さんと恋人の関係がおかしくなったりしてないかと心配になったので……」
俯く神村さんに、容易く『そんな事ないですよ』という慰めはかけられなかった。
今の段階で彼女の危惧が杞憂だとは言いきれないのだから。
例えここで私が言葉だけで慰めたとしても、神村さん自身が得心しない以上気休めにもならないだろう。
もし、彼女から脅迫電話を受けた楠先生が、有栖川さんに何らかの行動を起こし、それがあの転落に繋がったのだとしたら……
そこに京極さんの関与があったのか否か、真相はまだ闇の中だが、とてもではないが、神村さんに話せるものではないだろう。
いや、神村さんだけでなく、誰にも話す事はできない。
一歩間違えれば彼女が犯人扱いされかねないのだから。
脅迫という彼女の行いは、過ちには違いないが、根幹にあるのは有栖川さんへの想いなのだ。
隠し撮りはともかく、楠先生に電話をかけたのは、有栖川さんが楠先生に弄ばれているかもしれないと考えたからで。
ただ、人を好きになっただけなのに。
どうしてこうも、物事は複雑に転がっていくのだろう。
私は、そんな複雑に転がったせいで絡まってしまった紐があるなら、せめて一本だけでも解せたらという思いで、神村さんに申し出たのだった。
「もしよろしければ、そのお手紙、私がご本人にお届けいたしましょうか?」
神村さんは勢いよく顔を上げると、「いいんですか?」と信じられないといった表情を見せた。
その中には、薄っすらと期待色も見て取れる。
「有栖川さんの方は本人の手元に届くのに時間がかかるかもしれませんが、楠先生でしたら今日すぐにでもお届けしますよ」
「楠先生?」
「ええ。有栖川さんのお相手の方です」
神村さんは楠先生の名前までは知らなかったのだろうか。
直接本人に電話をかけたと言っていたが、確かに、電話口に呼び出したり手紙を送りつける程度であれば、受け持ちクラスや担当科目さえ分かれば、きちんと名前を知らずとも可能かもしれない。
私は余計な情報を与えてしまったかと微かにミスを認めたが、彼女は今一つ納得できない様子でいた。
「あの先生、楠という名前だったんですか?私が友達から聞いたのは別の名前でした……。どうしよう、じゃあ私、全然関係ない先生に脅迫電話をかけてたんですか?」
途端に大きく狼狽え始めた神村さん。
なるほど、不確かな情報を友人から知らされていたとなれば、実際に人違いを起こしている可能性もありそうだ。
片恋を拗らせたとはいえ、やはり良識のある人なのだろう。
私は彼女に余計な不安を与えぬよう、テーブルの上で手を組んでいる彼女の仕草を真似てみた。
いわゆるミラーリングだ。
これで相手を落ち着かせる事もできるらしい。
無論、百発百中というわけにはいかないだろうけれど。
「もしかしたら、お友達が先生の名前を勘違いされていたのかもしれませんね」
そして、決してあなただけに非があったわけではないのだと強調する。
これだけでも、多少は彼女の狼狽を取り除けるはずだ。
実際、神村さんは私に「そうだったんでしょうか……」なんて縋るように訊いてくる。
「そうだったのだと思いますよ」
「でももしそうなら、この手紙はどうしたら……」
「もしよろしければ、私がその手紙の宛先の方に確認もいたしましょうか?5月の連休前に、知らない相手から電話で何か言われなかったか尋ねてみます。もし該当するようでしたら、あれは間違いだったと訂正しておきます。そしてその後で、お預かりした手紙を処分させていただきますが、いかがでしょう?」
「そんなことまで……。ありがたいですけど、ほぼ初めて会った方にそこまでしてもらうわけには…」
「よろしいのですよ。私も早く吹月学院に馴染みたいので、吹月の方とお話しするきっかけにもなりますから。この件を利用するようで申し訳ありませんが」
私の申し出に、神村さんは「本当にいいんですか?迷惑じゃありませんか?」と躊躇いをのぞかせる。
「本当にいいですよ?迷惑じゃありませんよ?」
同じフレーズで返すと、そこでようやく、彼女は落ち着きを取り戻したようだ。
そんな彼女の様子を見計らい、私は手紙を受け渡してもらうべく、両手のひらを上向ける。
その催促を受けて、神村さんはようやく二通の手紙を私に差し出したのだった。
「それじゃあ、よろしくお願いします。あの、手紙の処分なんですけど…」
「一文字も解読できないようにきちんと焼却いたしますので、ご安心ください」
「なら、よかった……。あ、もし何かあったら、私の連絡先を教えておきますから、そちらに………あの、お名前、聞いてましたっけ?」
「これは失礼いたしました。私は館林 舞依と申します。吹月学院の敷地は携帯電話が繋がりませんので、私にご用の際は吹月の寮の代表番号に……」
私は神村さんから手紙を受け取りながら記憶済みの電話番号を伝えようとした。
たが、封筒の宛名に目がとまって、危うく息をするのを忘れてしまいそうになる。
そこに記されていた宛先の名前は―――――
「Truth is stranger than fiction...」
表情を繕う事もできず、無意識の声がこぼれだしていた。
事実は小説より奇なり。
それを期待しなかったわけではないが、そんなに小説のように上手くいくわけがないと、彼女の話には大いなる望みはかけず諦めていたはずで。
けれど、今、私の目の前に並べられた真実の破片は、紛れもなく、私の思い描いていた物語をはみ出したものだったのである。




