41 居合わせた目撃者
「実は……、ちょっと吹月の人に見つかりかけたんです。それで慌てて従姉の車に逃げてきて……」
「よければ、その時の様子を詳しく教えていただけますか?」
「ええ、別にいいですけど…。あの日、従姉には吹月の正門から少し逸れた脇道に車を停めて待っててもらって、私一人で寮の方に向かいました。でも、さっきお話ししたように迷ってしまったんです。寮ごとに門があるとは聞いてたので、そこのポストに入れておけばいいと簡単に考えてたんですけど、暗くて職員棟が分からないし、辿り着いた門が職員棟の門なのかも分からなくて、どうしようかと迷ってる時に、寮の方から大きな音がしたんです」
夜中に、大きな音……もしやという思いが、再び頭に浮かび上がってくるようだった。
「連休で帰省してる生徒も多いと聞いてたのでびっくりしてしまって、すぐにその場から逃げようとしたんですけど、その時、寮の窓から人が身を乗り出すのが見えたんです。スマホか何かで外を照らして辺りを見回してるようでした。部屋の明かりは点いてなかったんですけど、その人が持ってる明かりのおかげで、遠目でもぼんやりとその人の顔が見えました」
「それは、有栖川さんでしたか?」
「いいえ、違います」
私の急いた質問に、神村さんは落ち着いて首を振る。
有栖川さんではなかった……思った以上にがっかり感が落ちてくるようだったが、その人物が重要人物である事に変わりはない。
「では、どなただったのでしょう?神村さんのご存じの方だったのですか?」
「はい。京極さんでした」
「―――京極さん?」
思わぬ人物の名前に、激しい反応が脈を打つ。
確かに京極さんは今年の5月の連休は帰省せず寮に残っていたと聞いている。
ゴールデンウィークの夜中に大きな音がして、その場に京極さんが居合わせていた……
頭の中で、神村さんから知らされた情報の欠片がパズルのピースとなって組み合わさっていく。
「だから私、もしかしたらあの日京極さんに顔を見られてたかもしれないって心配で、さっきは京極さんをまともに見れなくて……」
神村さんは恥ずかしそうに肩を竦めた。
ヒリヒリした空気感は、かなりマイルドに緩和されているようだ。
彼女の中では、隠し撮りや脅迫電話といった胸に燻っていた懺悔を私に打ち明けた事で、もうすっかり気楽になっているのかもしれない。
本編を終え、番外編に突入したようなものだろうから。
だがこちらとしては、ここからが本編クライマックスに思えてならなかった。
「それが京極さんだったというのは、確かなのですか?」
「え?えっと、たぶん、間違いないと思います。京極さんは有名人で、私も顔をよく知っていたので……」
「では、京極さんはどの部屋から外を見ていたのですか?」
「確か……横長の建物の向かって左側の方の、二階…だったと思います」
「二階ですね?」
「はい。一階は植木みたいな茂みがあって、その窓の一つ上の窓でしたから」
外側から向かってみて左側という事は、おそらく管理棟。
そして管理棟の二階にあるのは……ラウンジ。
「……神村さん、もう一度確認させてください。あなたが吹月の寮に手紙を届けようとしたのは、5月3日でしたか?2日ではなくて?」
「え?2日?いえ、確かに車の時計は3日で……」
記憶の糸を辿るのか、頭の引き出しを覗き返しているのか、神村さんは宙に視線を放り投げるが、やがて
「………あ!いえ、そうです、2日でした。0時をまわってたので、厳密には3日ですけど、私が手紙を届けに行ったのは2日の夜でした」
閃いたように声を弾ませた。
床に寝そべっていた犬はその大声に、クウン?と不思議そうに頭を上げた。
片や私は、すとんと喉が通った感覚がした。
「やはり、2日でしたか」
だとしたら、神村さんが聞いた大きな音は、おそらく……
だが勿論、それを彼女に伝えたりはしない。
彼女の想い人は、今、病院のベッドの上ではなく、海外へ留学中なのだから。
そしてそれとは別に、もう一つ分かった事がある。同時に、不可解な事も。
当夜の防犯カメラに映っていた女性は、やはり神村さんだった。これは間違いないだろう。
けれどこの神村さんの話し方から、まさか自分が吹月の防犯カメラに記録されていたとは露ほども思っていないようで。
だったら、データを消し去ったのは一体何者の犯行なのだろう?
てっきり映っていた女性の関係者が手を下したと予想していた私は、繋がらなくなった事実と事実のリンクできる可能性を模索しなければならない。
そして、京極さん。
あの夜、彼はその場に居合わせていたというのだろうか?
だが第一発見者は楠先生だった。
もし京極さんがその場にいたのだとしたら、彼が第一発見者になるのが自然では?
けれどそうではなかった。
ということは、考えたくはないが、もしかして京極さんが、有栖川さんを―――?




