40 5月の夜遅くに
必死にも見える神村さんに、私は安心させるように微笑んだ。
「そうなんですね。すぐにご自分を省みる事ができるだなんて、やはり神村さんはお優しい性格だとお見受けします」
だが彼女の憂いは排除できなかった。
「……そんなの、優しいとかじゃないですよ。私はただ、脅迫まがい……ううん、もうれっきとした脅迫だけど、そんな事をしでかしてしまった自分が怖くなっただけです。だから、連休で遊びに来てた従姉に懺悔みたいに話を聞いてもらって……、あ、有栖川さんとか相手の先生の事とか、具体的な名前や状況までは話さなかったんですよ?ただ、私が失恋現場を目撃して、それでその関係者に八つ当たりしてしまって、でも今はすごく反省してる……みたいな感じで説明したんです。そしたら従姉からは、謝れるならちゃんと謝った方がいいってアドバイスが返ってきたんです。後悔してるなら、すぐにでも謝るべきだって。もし有耶無耶にしたまま時間が流れたら、一生引きずる事になるよって言われて、私はすぐにでも謝りたい気持ちでいっぱいになりました。でも、あんな脅迫までしたくせに、コロッと態度を変えたところで相手の人に受け入れてもらえるか分からなくて、それも怖くなってしまって……」
実らなかった片想いの熱が暴走したものの、彼女の本来の真面目な気質がすぐにクーリングさせたというのだろうが、時すでに遅しだったのかもしれない。
聞きようによっては自分勝手な言い分にも聞こえてしまう。
だが、謝ろうにも謝れない、そんな心境はじゅうぶん理解できた。
「でも、尻込みした私に、従姉は、直接謝罪できない状況なら手紙を書いてみる事を勧めてくれたんです」
「手紙?」
ここ数日ですっかり耳に馴染んでしまったワードがこちらでも登場だ。
私は慎重に彼女の表情を注視した。
「はい。無記名でもいいから、こちらにもう敵意がない事を知らせるだけでも随分違うと言われて、私も電話よりも手紙の方がまだましだと思って、すぐに書きました。だけど連休中は郵便が遅れてしまうので、すぐにでも謝罪を伝えたかった私は、従姉に頼んで吹月学院に直に届けようとしたんです」
「吹月学院のポストに直接投函したという事ですか?」
吹月にはいくつもの門があって、それぞれに郵便物の受け入れ口があったはずだ。
彼女は職員棟を把握していて、そちら側の門にあるポストに届けたというのだろうか?
だが神村さんは「いえ…」とため息混じりに答えた。
「実際は、できなかったんです。教職員用に職員棟があるというのは聞いてたのですが、吹月の敷地は想像以上に広すぎて、しかも寮は全部似た建物で、どれが職員棟なのかが分からなくて……。そもそも、人目につかないように夜遅くに行ったのが間違いだったんですけど」
決まりが悪そうに話す神村さんだったが、私はその説明にぴくりと神経が震えた。
「……夜遅くに、吹月の寮に行かれたのですか?」
「そうなんです。常識外れなのは承知してますが、誰にも見られたくなかったんです」
「それは、いつの夜ですか?」
「ですからゴールデンウィークの、」
「正確に、何月何日ですか?」
食い気味に尋ねずにはいられなかった。
ずっと聞き役を演じていた私の変貌に神村さんは一瞬驚いた様子だったが、黙って記憶を辿るように視線を上に流した。
「確か、あれは………5月3日、だったと思います」
「3日?間違いないですか?」
「はい。急いで帰る途中、従姉の車の時計を確認しましたが、確かに3日でした」
有栖川さんの転落は2日の夜だった。
神村さんの告白を聞き、久我のおじさまから伺った防犯カメラに映っていた女性の事が頭を過ったのだが、どうやら彼女ではなかったようだ。
……けれど。
「急いで、というのは?」
その表現に、いささかの引っ掛かりを感じた。




