39 脅迫
脅迫―――
思っていた以上に物騒な単語が飛んできて、にわかには怯んでしまう。
だがそのおかげで、神村さんの一連の行動と顔色の答え合わせができたような気もした。
「有栖川さんに、ですか?」
日本語で可愛さ余って憎さ百倍という諺があったと思うが、まさしくそれだろう。
ところが神村さんの返事は私の推測を即刻打ち消したのである。
「いいえ、有栖川さんと一緒にいた、相手の方に……です」
「ということは、神村さんは、有栖川さんのお相手がどなたなのかおわかりになったのですか?」
「いえ……、写真を撮った時は、前と同じ人だという事しかわかりませんでした。だけどどうしても知りたくなって、親戚が吹月にいる友達に写真を見せて、この人を知らないかと訊きました。勿論、有栖川さんだとはわからないように画像処理して、相手の顔だけをトリミングして見せました。その人が吹月の関係者だという確信はありませんでしたが、平日の夜に会ってるとなると、たぶん、吹月と関係ある人なんだろうなと思ったんです。そしたら、私の勘は当たってました。その人は……」
吹月学院の関係者となると、教師以外にも事務職や食堂で働く方等、数名。
当然、中等部の関係者にも女性はいるが、その数は多くはなかったはずだ。
つまり、中等部を含めてもその多くはない人数の中に、有栖川さんとあの手紙のやり取りをしていた人間がいるのだろう。
私は確固たる真実を求めて、とどめの質問とばかりに、かまをかけた。
「その人は、吹月学院高等部の教師だったのではありませんか?」
神村さんは驚きのあまり口をぽかんと開いたまま私を凝視してきた。
「まさか知ってたんですか?」
声のボリュームが一気に跳ね上がる。
だが周りを気にする様子はなく、「どうして知ってるんですか?」と繰り返し問う。
その反応に、やはり有栖川さんの彼女は楠先生だったのかと納得がいった。
「有栖川さんにそういうお相手がいたらしい、とは聞いていました。ですがそれがどなたなのか、確信を持っていたわけではありません。ただ、今の神村さんのお話を聞いて、おそらくそうなのではないかと思いました」
これは嘘ではない。
神村さんは「そうなんですか…」と掠れるような小声で呟いてから
「でも、驚いたんじゃないですか?私は最初は全然信じられませんでした……」
「そうですね。確かに教師と生徒という立場については、驚かないと言えば嘘になります。ですが驚くのが当たり前です。教師と生徒なんて、実際にはそうそう起こらないからこそ、映画やドラマの題材になるのでしょうから。それで、神村さんは、その吹月の教師には何と?」
脅迫といっても、その手段はいくつもある。
そこまでを聞いた時にはじめて、有栖川さんの件にも繋がる手がかりを得られるかもしれない。
再び手のひらを握ったり緩めたりしはじめた神村さんを見た私は、この先にもまだ、彼女曰く ”最低” な行為があるのだと予感した。
「……写真を見た私の友達は、その人には同じ吹月で教師をしてる恋人がいるとも教えてくれました。学生時代からの付き合いで、親にも紹介してて、もしかしたらもうすぐ結婚するんじゃないかって噂もあるって……。それを聞いて、私、頭がカッとなったんです。自分にはちゃんと本命がいるくせに、生徒にも手を出してる最悪な教師だって。だから……、だから電話をかけたんです。吹月学院高等部に直接かけて、その人を呼び出してもらいました。それで……、この前の雪の日に見かけた事、ただならぬ関係だとわかる写真を撮った事、その写真を公開されたくなかったら、もう生徒を誑かすのはやめてくださいと……」
「それはいつの事ですか?」
「……ゴールデンウイーク前です」
有栖川さんがライブラリーから転落したのは、まさにゴールデンウイークだ。
ここまで合致してくると、やはりこの神村さんと有栖川さんの件が全くの無関係だとは言えないだろう。
だが彼女は有栖川さんの身に起こった出来事を一切知らない。有栖川さんの現状も。
私は更に情報を得たいと思うと同時に、彼女にいらぬ情報を与えないようにと、自身に注意喚起をした。
ところが、彼女の話にはまだ続きがあったのだ。
「でも、私、そのあとすぐに反省したんです!」
まるで私に口を挟む隙を持たせたくないような、勢いのある訴えを述べたのである。




