37 彼女
「………正直に言うと、これからお話しする事は有栖川さんのプライバシーに関わってくるので、私の口から勝手にお話ししてもいいのか分かりません。でも、私のした酷い行いを説明をする為には、どうしてもそれを話す必要があって……」
「今日神村さんからお聞きするお話のうち、有栖川さんに関する事は、決して口外しないと誓います。ご心配でしたら念書も書かせていただきますが」
口早に提案すると、神村さんはぎょっとしたように首を振った。
「い、いえ、そこまでしていただかなくても大丈夫です。…もしかしたら私も、誰かに聞いてもらって、自分のしでかした事を省みる機会が欲しかったのかもしれませんし……。ただ、私の事はどう言われてもいいんですけど、有栖川さんの事だけは、内密にお願いします」
「心得ました」
「ありがとうございます。それで……有栖川さんを見かけたその二度目が、私的にはちょっと引っ掛かってしまったんです。日も暮れて、吹月の生徒さんどころか近所の住民さえ誰もいない寒い夜の公園で、有栖川さんは前と同じようにベンチに座ってたんです。有栖川さんは……一人ではありませんでした。私はたまたまいつもよりこの子の散歩が遅くなってしまい、夜の8時過ぎくらいに公園に差し掛かりました。公園の入り口に吹月の生徒さんが使う自転車が一台だけあったので、こんな時間に吹月の人が来てるなんて珍しいなとは思ったんですけど、まさかそれが有栖川さんだとは思わなくて、普通にこの子の散歩を続けたんです。それでこの子のおトイレの片付けでしゃがんだ時、何となく見た方にベンチに座ってる二人の人の姿があって、その人達は外灯に照らされてて、そ一人が有栖川さんだと気付きました」
その時の光景を鮮明に記憶してるような語り方に、彼女の当時の衝撃が手に取るように感じられる。
「すぐに立ち去れば良かったのに、私は久しぶりに会えた有栖川さんに離れ難くなってしまって、しゃがんだまま彼らの死角で様子を窺ってしまったんです。二人は、すごく距離が近くて、その……親密そうでした。だけど相手の顔は見えなかったんです。そのうちこの子が帰りたがって、私は二人に気付かれないようにコソコソと公園を出ていきました。でも、公園を出てからも二人の光景がずっと気になってしまって。だってどう見ても親しげだったし、何よりこんな夜遅くに人目を忍ぶように会ってたわけだし、……もしかしたら、二人は付き合ってるのかなとか、まさかそれはないとか、帰り道は頭が混乱しっぱなしで、」
「どうして ”それはない” と思われたのですか?有栖川さんに彼女がいたとしても、そんなに不思議だとは思いませんが」
「それはそうなんですけど、実はその少し前に、私が有栖川さんを好きだと知ってる友達が偶然街で有栖川さんを見かけて、直接訊いてくれたんです。彼女はいますか?って。そうしたら、『残念ながらいません』と答えられたそうです。だから私は……」
神村さんは薄く唇を嚙みしめた。
長らく会えなかった片想いの相手とそんな状況で遭遇してしまえば、誰だってショックだろう。
彼女には心から同情する。
だが、ここまでの告白には、彼女が先程口にした ”優しくない” に続く繋がりをまだ見出せない。
私は辛抱強く彼女の話を待とうかとも考えたが、まだまだ確かめたい事がいくつも出てきていたので、ここはスピードを優先させてもらった。
「だから、何か優しくない事をしたのですか?」
私の問いに神村さんは小さくため息をこぼした。
「いいえ……。その時は、まだ何もしませんでした。私が酷い事をしたのは、その後、今年の春になってからです」
今年の春……日本では、5月も春に入るのだろうか?
だが私には、春という麗らかな言葉とは不似合いな、不協和音が聞こえてくるような気がしていた。




