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34 質問と返答





「有栖川先輩…?」

「有栖川先輩と知り合いだったんですか?」


ほとんど同時に問い返した円城寺君と栗栖君に、神村さんは「えっと、はい、ちょっと…」と濁しながらも認めた。

すると彼らのやり取りを見守っていた京極さんが、まるで重鎮がやっと重たい腰を上げたかのように、ひどく余裕ある風情で、けれど温厚の仮面を張り付けて告げたのだ。



「申し訳ありませんが、どういう関係か明確にできない方には、生徒の個人情報をお伝えする事はできません」


「――っ!」


神村さんは一気に硬直してしまう。

京極さんは丁寧な物言いなれどそこにある拒否感は明らかで、神村さんは赤かった頬を真っ青にさせた。


「そ、うですよね。すみませんでした。あの、私……これで失礼します」


私がフォローする隙もなく、神村さんは勢いよく頭を下げて犬のリードを引っ張った。


「神村さん、お待ちになって」

「いえ、謝らせていただけたので、私はこれで……。本当にすみませんでした」


神村さんは私にだけでなく、京極さんに向けてももう一度深くお辞儀して、逃げるように立ち去ってしまったのだ。



京極さんの返答は至極正論だが、きっと彼女は勇気を振り絞って有栖川さんの事を尋ねてきたのだろう。

そう思うと気の毒にも感じられて。

そして栗栖君も同じ感想を持ったようだった。



「寮長、ちょっときつかったんじゃないですか?」

「えー、そう?あの子にはあれくらい言っておいた方がいいんじゃない?マイマイが優しいからって調子に乗ってたもん。ね?マイマイ?」


円城寺君に同意を求められた私は、「そんな事ないと思うけれど…」と返した。



神村さんは急ぎ足で遠ざかっていくが、犬はいつもの散歩ペースを保ちたいのか時折足を止めたりしている。

私が彼女を見やったのはほとんど無意識だった。

けれど京極さんは、いささか思惑ありげな様子で見送っていた。

寮長として、吹月の生徒を守る選択をした京極さんに異論はないものの、あのように厳しい言葉が飛び出た事には驚きだった。

たった数日でも彼のカリスマ性を肌で感じた私には、そんな風に周囲の心を掴み、人当たりの良さの持ち主である彼なら、もっと他の言い方をしそうにも思えたからだ。

例え顔では笑みを見せていても、彼女のあの反応では、その効果は微々たるものだっただろう。


すると、神村さんの後ろ姿を黙したまま眺めていた京極さんが、視線をそのままに私に言ったのだ。



「ミス・フルーガル、申し訳ないけど、彼女に伝えてきてくれないかな?有栖川 唯人は留学していると」



京極さんの頼みは意外過ぎて、私はつい表情を作るのを忘れてしまった。


「……よろしいのですか?」


ほんの少し前、神村さんには教えられないと突き放したばかりなのに。

だが京極さんは私の質問には応じず、逆に尋ねてきたのだ。

くるりとこちらを向いて、にこやかに。



「有栖川 唯人とは誰なのか、という質問はないんだね?という事は、なぜだかは分からないけど、ミス・フルーガルはもう彼を知っているようだね。それとも、吹月に来る前から彼と面識があったのかな?」


言外には、これ以上調べるなと言ったのに…という責めを感じる。

だが私よりも先に円城寺君が京極さんに訴えた。



「僕が話したんです。マイマイは吹月学院の不利益になるような事はしないと思ったので」


いつもの円城寺君とは違い、寮長である京極さんにも動じない凛とした発言だった。

京極さんはちらりと円城寺君を横目で掠めたが、「そうだったんだね」と一言で済ませると、もう一度私に告げた。


「ミス・フルーガル、頼めるかな?詳細を教える必要はないが、もし彼女が有栖川 唯人に用があるのなら、彼がこの街にはもういないと伝えて差し上げた方がいいだろう。それに、女性同士の方が気安く話せるかもしれないしね。どうやら俺は、彼女には怖がられているようだから」


京極さんも、神村さんの態度が他者と自分では差があるという自覚はあったらしい。



「私は吹月に来てまだ数日ですが、よろしいのですか?」

「構わないよ。今円城寺も言っただろう?ミス・フルーガルは、吹月の為にならない事はしない。それは俺も大いに賛同するよ。だから、彼女から有栖川 唯人との関係も聞き出してもらえると有難い」


なるほど、同性である私を使って新しい情報を得ようというわけか。

意外な依頼にれっきとした算段があると知り、むしろ安堵した。


「……わかりました。では、みなさんは先に寮にお戻りください。みなさんがここで待ってると知れば、神村さんも気を遣ってゆっくり話せないかもしれませんから」


言いながら、私は栗栖君のカーディガンを脱いだ。


「でもマイマイ一人にはできないよ。まだ道にも不慣れだろ?」

「平気よ。一本道だもの。迷いようがないわ」

「円城寺は心配性だな」


栗栖君は阿吽の呼吸で私からカーディガンを受け取ると、また肩に掛けてくる。

このまま着ておけと言うように、ぽんぽんと両肩を叩かれてしまえば、それを拒否する事はできず。

非常にスマートな優しさだと感じた。



「じゃあミス・フルーガルはタクシーで帰ってくるといいよ。自転車も積み込めるタクシーを俺が押さえておくから、彼女との話が終わったらタクシー会社に連絡してくれるかな。携帯電話は持ってるよね?」

「はい」

「ミス・フルーガル、俺達を安心させる為にもタクシーを使ってくれるよね?」

「わかりました。ご心配ありがとうございます。円城寺君と栗栖君も」

「本当にタクシーで戻ってくるんだよ?いい?」


まるで親が幼子に念押しするような口調の円城寺君。

彼の感情豊かな表情に癒される想いで、私はしっかり頷いた後、もう公園を出て行ってしまった神村さんをすぐに追いかけたのだった。












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