30 手紙
私は発見したばかりの手がかりを確かに掴み、後はゆっくりとロングケースクロックを絨毯の上におろした。
ッカチャン、最後にケースの奥でなにか金属的な物が倒れる気配がしたが、今の優先事項はそちらではない。
素早く紙切れを調べると、推測通り手紙だった。
サイズはA4用紙の四分の一ほど。
便箋のもとの大きさは定かではないが、おそらくは、一枚の横書き用便箋の左下部分ではないかと思う。
他人の手紙を断りなく読むという行為には罪悪感を持ちながらも、私はそれにしっかり目を通した。
だから心配になっ
少なくても、いつも想ってるか
最近は日が暮れるのも早くな
あそこで会えたらい
今度は犬に吠えられないようにし
試験前に風邪をひかないように気を
追伸 そんなにもてないから。
公園で他校生の女子に声をかけられていた
誰かさんの方がよっぽどもてると思
破られているので文章も途切れ途切れだが、おじさまの情報通り、その文章は送り主の素性が推察しにくい言葉遣いだった。
内容も、やはり恋人に宛てたものに近いように感じた。
だが文章のどこにも差出人の名はなく、勿論宛名もない。
ただ、これは勘としか言いようがないけれど、この手紙を書いた人物は、何となく、有栖川さんと同年代ではないような印象を覚えた。
癖のない整った文字も、言葉遣いも、熟成された大人びた雰囲気だからだ。
三年の有栖川さんのお相手というなら、大学生だったとしても不思議ではないけれど。
その他この手紙から読み解けるのは、二人は直接会おうと思えばいつでも会える近さだった事。
つまり、有栖川さんの実家がある地元に彼女がいて、遠距離恋愛中だった…という線は潰されたわけである。
そうなると、吹月学院のあるこの土地に住んでいる人物が濃厚になってくる。
それなら、例の防犯カメラに写っていた女性はやはり有栖川さんの彼女だったのだろうか?
あの夜、有栖川さんと彼女が密会していて、その直後にライブラリーから転落したのかもしれない。
では誰が防犯カメラのデータを消したのだろう?
これに関しては学院長を知る内部の人間の仕業に思える。
考えろ。
先入観や感情に惑わされず、あらゆる可能性を否定するな。
こじつけでもいい、馬鹿げた連想でもいい、何か繋がりがあるはずだ。
そうして何度も手紙を読み返し、私はそこにある単語の一つずつをすくい上げていった。
犬、試験前、風邪、公園、他校生……
それらから想像できるものは何がある?
”公園” というと私が思いつくのはあの風車公園だけだが、確かにあそこは吹月学院から一番近い公園のようだ。
あの公園の先には吹月の中等部があるので、有栖川さんにとっては馴染みのある場所でも不思議はないだろう。
そして、”他校生” ……この言い方には違和感もある。
だって、有栖川さんの彼女がこの手紙を書いた人物ならば、彼女だって吹月の生徒ではないだろうに。
なのに ”他校生” とわざわざ記すのはなぜか?
考えろ。先入観を排除して………先入観、今私は先入観を持っていないと言えるだろうか?
例えば、吹月の生徒に馴染みのある ”公園” は他にもあるかもしれないし、手紙の差出人が吹月の生徒ではないと決めつけてかかるのは先入観では………待って、じゃあ、もし……手紙の差出人が吹月の関係者だったら?
有栖川さんの彼女という条件で探していたせいで、私は吹月とは関係のない人物像を描いていた。
だが考え直すと、そうと断定できるものは何もないのだ。
いや、むしろ吹月の中にいると仮定したら腑に落ちる点も多いのでは?
そしてその方向で頭を整理し直した時、最も大きく浮かび上がったのは、音楽担当の楠先生だった。
彼女は高等部で唯一の女性だ。中等部には他に女性職員もいるかもしれないが、それを差し置いても、楠先生は転落した有栖川さんの第一発見者だった。
吹月には校医もいるのに、救急搬送される有栖川さんに付き添ったのは楠先生。
有栖川さんがいなくなった後聞こえるピアノがある音楽棟と隠し扉で繋がっているのも楠先生の部屋。
ここまで条件が揃っていて、なぜ今まで疑いを持たなかったのだろう。
自分の浅慮を嘆きたいところだがその時間すら今は勿体ない。
私は楠先生について尋ねるべく、倉庫で古新聞を調べてくれている円城寺君のもとに戻ることにした。
最後にもう一周室内を見回し、引っ掛かるものがないと確認してから古い扉を軋ませて廊下を窺う。
誰かが潜んでいる気配はない。
先程の視線の送り主はもう撤退したのだろうか。
私は慎重に地下を目指したが、一階の管理人室前で当の楠先生を見かけ、思わず階段に戻って壁に隠れ、息を殺した。
彼女は久我先生と一緒に葛城さんを訪ねてきたようだった。
彼らの会話までは聞こえてこないが、その親密さは、ただの同僚には見えなかった。
そういえば楠先生と初めて話した時、久我先生と親しそうだなと感じたはずだ。
二人が恋人関係にあったとしたら、楠先生は有栖川さんの相手ではない……?
だったら……
「館林?どうしたんだ?こんな所で」
考えに集中していた私は、急に投げかけられた声に意識を引き戻される。
「栗栖君、しっ…」
咄嗟に人差し指を唇に当てると、栗栖君は「何だ?」と不思議そうに、だが小声で私が身を隠す壁沿いに並んでくれた。
そして管理人室を見やり、「ああ、あの二人な」と訳知り顔で頷く。
「何かあるの?」
「大学の同期なんだとさ。それで久我先生が楠先生を吹月に誘ったって話だ」
「そうだったの…。二人は恋人同士なの?」
「って話だけどな。生徒の手前、大っぴらにはしてないけど、よく二人でああして仲よさそうにしてるとこを目撃されてるよ。二人の関係を訊いた生徒にはいつも曖昧にはぐらかしてるけど、あの雰囲気は普通の友人関係では醸し出せないだろ。館林もそう思ったから、こうして隠れてるんじゃないのか?」
「そうだけど…」
「お、二人とも管理棟から出て行ったぞ。もう隠れてないでいいんじゃないか?」
トン、と私の肩が叩かれ、彼と超至近距離に接していたのだと自覚する。
日本では人との距離に注意を払うようにと教えられていたが、彼はあまり気にするタイプではないようだ。
「ところで館林はどこに行くんだ?管理棟に用があったのか?」
「葛城さんに質問があったのだけれど、残念ながら不在だったの」
栗栖君に対しては、円城寺君ほどの信頼関係は築けておらず、むしろ油断ならない相手と意識していた私は、嘘のない範囲で誤魔化した。
「ふうん。急ぎか?」
「髪を切る時に使った古新聞が余ってるので、お返しした方がいいか尋ねたくて…」
「それなら来月業者に引き取りに来てもらうはずだから、別に急がないと思うけど?正確な日にちは久我先生に訊いた方がいいけど」
「久我先生?葛城さんではなくて?」
「ああ。リサイクル担当は久我先生なんだ。数か月分をまとめて引き取りに来てもらってるそうだ」
「へえ…そうなのね。教えてくれてありがとう」
にこりと礼を伝えながら一番に思うのは、あの暗号の事だ。
リサイクル担当で古新聞に接する機会が多い久我先生は、あの暗号に気付いてもおかしくはない。
有栖川さんとの関係が疑われる楠先生、その楠先生と付き合っているらしい久我先生……両方に揺さぶりをかけてみようか。
「どちらにせよ、出直してみるわ」
私は思わぬ情報を与えてくれた栗栖君に嘘偽りのない笑顔を見せた。
だがまっすぐ倉庫の円城寺君と合流するのを栗栖君に悟られぬよう、倉庫とは真逆に歩き出したのだった。
円城寺君のもとに戻るべきでないと判断した私は、栗栖君と別れた後再び学院長室を訪ねた。
ラウンジの繊細な美術品、ロングケースクロックを勝手に動かしてしまった事を学院長に報告する為だ。
定かではないが何やら異音めいたものが聞こえた気がしたので、十中八九壊れているだろうから。
円城寺君情報では修理にもかなりの費用がかかるそうだが、そこはどうとでもなるはずだ。
何しろ私は、学院長直々に依頼された探偵なのだから。完全に素人探偵だが。
それでも、私の父もその件を了承済みだったとくれば、お二人から調査費名目で修理代を立て替えてもらうのは当然である。
そう告げると、おじさまは大いに苦笑いを浮かべられたが、お叱りにはならなかった。
おじさまとの作戦会議
新聞の暗号
ラウンジに残っていた破られた手紙
久我先生と楠先生の関係……
今日は手がかりが雨のように降ってきた一日だった。
まるでスコールのように私の頭と心に打ちつけてきたそれらに浸りながら、私は今日という日を終えたのだった。




