29 美術的価値 < 手がかり
私が円城寺君と別れて向かったのは、同じく管理棟のラウンジだった。
幽霊の噂がある場所だ。
5月の事故、
5月頃から流れ出したラウンジと音楽棟の噂、
ラウンジの真上にある、転落のあったライブラリーに設置されていた新聞のメッセージ、
同じく転落現場であるライブラリーに散らばっていたという手紙、
すべてが連想ゲームのごとく何かしら繋がっている。
そのうち重要なアイテムのひとつが ”手紙” だろう。
そしてさっき私が見つけたメッセージにも、見ようによっては ”手紙” が隠れていたのだ。
それに気づいた時には、いくらなんでもこじつけ過ぎだと、自分自身でも即否定した。
だがいくら考えてもそれ以外のヒントが何も見当たらない現状では、そのこじつけを探ってみるしか道はないのだ。
”たすけて”
”Roテしあ名紙”
最後の文字を組み合わせると ”て紙” となるのではないか?
これはやはり、こじつけ過ぎだろうか?
もし小説や映画だったら、なんて陳腐な推理だと嘲笑を集めるだろう。
だがとにかく、考えられる事は陳腐だろうと稚拙だろうと、どんな些細な内容でも調べるべきだ。
では、もしこのこじつけが正解で、この暗号をやり取りしていた彼らの間に ”手紙” について何か秘密裏に伝えたい事があったのだとしたら?
あの夜、ライブラリーには手紙が散らばっていて、強い風で窓から飛ばされた便箋もあったという。
ライブラリーの真下はラウンジで、そこには真夜中に幽霊、もとい何者かが出現している。
これは推測の範囲を出ないが、あの夜、もしラウンジにも手紙が飛ばされていたのだとして、それを知る何者かが夜な夜な探しにやって来てるとは考えられないだろうか?
だとすれば、その人物は真相を知っている、
もしくは真犯人である可能性が非常に高い――――
私は昼間なのに人の気配がない管理棟二階の廊下を進み、ラウンジの古めかしい扉を軋ませた。
すると前回と同じく、ロングケースクロックが一番に視界に飛び込んできた。
離れた場所からでもクラシックかつノーブルな存在感に見惚れてしまう。
こんなに素敵な場所なのに誰も寄り付かないなんて勿体ない。
私だったら毎日来ても飽きないのに。
この件が解決したら、吹月を去る前に一度ここでアフタヌーンティーでも楽しみたいものだ。
カーペット敷きの室内に足を踏み入れると、懐かしさ漂うような調度品を手前から見て回った。
アップライトピアノ、ソファー、ガラス扉のキャビネット、コンソールテーブル、どれもが素人目でも分かる凝った細工が施されていて、その一つ一つの値打ちは計り知れない。
美術品クラスを日常的に使えてしまうこの部屋に生徒が立ち寄らないというのも、確かに頷けるかもしれない。
アップライトピアノは外国製で、父が所有している別邸にも同じメーカーのものがあったはずだ。
触れる事は禁じられていなさそうなので、私は試しにCを鳴らしてみた。
ポーンとアップライトらしい音が響く。
「…調律はされているのね」
独りごちたその時だった。
「―――っ?」
また強烈な視線を感じたのだ。
ここに来てから、もう何度目になるか分からない。
私は大股で扉に向かい、ギッ、とわざと音を立てて開いてみせた。
「どなた?」
無人の廊下に投げかけるも、返事があるはずもなく。
左の視聴覚室側を見て、右の階段方向にも視線をやって。
けれども階段を駆け下りる気配もなくて。
「どなたかいらっしゃる?」
今度は声を張り上げた。
だが、やはり静かな廊下が続いてるだけだ。
私の気のせいだろうか?
それにしては、吹月に来てからというもの、やけに視線を感じている。
当然、女子が編入してきたのだから彼らの好奇の目を集めてしまうのは仕方ない。
だが私がキャッチしたのはそういった類のものではないのだ。
もっと強い、まるで監視しているかのような鋭い視線だったのだから。
幼い頃から人の注目を浴びがちだった環境ゆえ、好奇心や単なる関心以外の意図を持った視線には敏感なのだ。
悪意に似た感情を孕んだ眼差しは、特に。
だが今回の相手はおいそれと姿を見せるつもりはないらしい。
私は諦めてラウンジに戻った。
かくれんぼの相手をしてる時間が勿体ない。
今のところ実害はないので泳がせておいてもよしと判断した。
さて、ピアノまで見て特におかしな点は見当たらなかった。
残すはただ一つ、ロングケースクロックのみ。
私はデセールで最後に残していた好物に手を付けるような感覚で、じっくりと眺めた。
円城寺君の話ではチャイム音は鳴らないそうだが、今にもメロディを奏でそうな雰囲気は保っている。
針の先端や縁のデザインまでもが自身の繊細さを誇っているようで、まるで誰も手出しができない孤高の存在かのような姿は、まさに美術品といった気高さがある。
惚れ惚れと見入っていた私だったが、その足元で絨毯の色と異なっている部分を見つけると、意識は一気にそこに注がれた。
大きさで言えば、幅1cmにも満たない小さな範囲だ。
ロングケースクロックの側の面の床、絨毯との間に挟まるようにして、白い何かがある。
私は扉からは死角になるように体を捻り、屈んで指先でそれに触れた。
―――紙?
絨毯の滑らかな手触りの中で少々硬いそれは、よく見るとちぎれたような輪郭をしていた。
だが視覚で観察できるのはそれだけで。
触った感じから、おそらくこの紙の続きはロングケースクロックの底に挟まっているようだ。
そしてちぎられた形跡があるという事は、何かの紙がロングケースクロックの下に入り込み、その後何者かがはみ出している部分のみをちぎって持ち去った…そんなところだろうか。
という事は、もしや幽霊の目的は、この下に残されている紙?
では、それが手紙の一部という可能性はどうだろう……?
私は念のため再度廊下に顔を出し、誰もいないのを目視してからきっちり扉を閉めて戻った。
そして、美術館に貯蔵されるクラスのアンティークのロングケースクロックに、抱きしめるように両腕を回した。
そうする事に躊躇いは微塵もなかった。
どんなに美術的価値が高かろうと修理代がかかろうと、ともすれば人の命に関わっていたかもしれない案件の前ではその重要性はゼロにも等しいのだから。
カコン、ギッギッ、明らかにイレギュラーな音はすれども、どうにか片側の底を浮かせる事に成功し、私は体を横に曲げ、片腕をそこに伸ばした。
するとやはりそこに挟まっていたのは、便箋のような紙の一部だった。




