27 地下倉庫へ
おじさまとの緊急作戦会議を終えた後、私は管理人室に足を運んだ。
昼食を一緒にとった円城寺君が、管理人室に何の用事だと不思議顔でついてくる。
彼の純粋な好奇心による行動なのだろうか。
私が葛城さんを訪ねたのは、古新聞を探る為だ。
”たすけて” のメッセージと転落事故が同じ日に起こったなんて、ただの偶然とやり過ごす方がおかしいだろう。
しかもその新聞が設置されていたのは転落のあった図書室なのだから。
とにかく重要な手がかりのひとつとして、私は他の新聞にも暗号やメッセージが記されていないかを調べるつもりだった。
ところが、葛城さんは外出しているようで、管理人室は閉じられていたのである。
「あれ?、フルーガル?円城寺もどした?葛城さんに何か用か?」
フラットAから管理棟に移動した私達と向かい合わせになる形で管理棟側の玄関から入ってきた生徒がいた。
初日に栗栖君と一緒にいた生徒のうちの一人だ。
彼からフルーガルと呼ばれたのは初めてだが、きっと栗栖君から教わったのだろう。
一方私は彼の名前を知らず、尋ねるべきか僅かに思案していると
「そう言う英は何してるんだよ」
意図してか偶然か、円城寺くんから絶妙なサポートが入ったのだった。
「いやあ、俺も葛城さんに用があったんだけど……どうやら不在のようだな」
指先で不在札を弄りながら彼、英君は答えた。
「フルーガルも用事があったんだろ?」
二カッと健康的な笑顔を見せる英君。
栗栖君や円城寺君に比べると短髪で、運動部で活躍してそうな雰囲気のある男子だ。
モデルのような京極さんと栗栖君、可愛らしい円城寺君とはまた違ったタイプのハンサムだと思う。
「そうなのだけれど、ええと…英君、でいいのかしら?私、地下の倉庫に用事があって……。鍵は開いてると聞いてるから、勝手に入ってもいいのかしら?」
「あ、そっか、俺は自己紹介がまだだったな。英 幹生、1-1、フラットB、お隣さんだ。よろしくな」
英 幹生…その名前は例のリストには載っていなかった。
社交性の塊のように明るく名乗ってくれた彼は、続けて私の疑問も解消してくれた。
「で、倉庫なら好きに入っていいと思うけど?俺も前に倉庫からタイヤのホイールを持ち出して焚火した事あるから」
「ああ、バーベキューしたいとか言って、葛城さんと担任にめちゃくちゃ叱られたアレな…」
苦々しく言った円城寺君に、英君は「違うって」と手を振った。
「火を使ったのは怒られたけど、勝手に持ち出した事はお咎めなしだったはずだ」
「そういう問題か?」
どうやら英君は爽やかな外見に反してワイルドな一面も持ち合わせているようだ。
だが倉庫の物を持ち出すべからずという規則はないと考えてよさそうだ。
「貴重な情報をどうもありがとう」
「フルーガルも火遊びだけは気を付けろよ?」
「肝に銘じておくわ」
「マイマイがそんな事するわけないだろ」
「……マイマイ?」
「何でもないの。それじゃ、英君、またね」
「あ、待ってよマイマイ!」
管理人室から地下へ降りる階段に小走りで向かった私に、円城寺君はなおもマイマイと呼んでくる。
別にどう呼ばれようと構わないが、せっかく京極さんが付けてくださったフルーガルというニックネームが浸透しつつある現在、その妨げにはなってほしくないのだ。
「円城寺君が急にマイマイなんて呼び出すから、英君驚いていたわよ?」
「別にいいじゃん。他人にどう思われようとさ。マイマイも僕の事ユズユズって呼んでいいのに」
「いつか機会があればね」
「ところで地下倉庫に何の用があるの?まさかまた髪を切るつもり?」
「さすがにこれ以上は短くしないわ。だけど古新聞を取りに行くのは正解」
「古新聞?廃品を何に使うのさ?」
「あら、古新聞って色々使い道があるのよ?バッグやシューズの湿気取りにもなるし、掃除にもたくさんの使い方があるわ」
「ふうん…そういえばうちも犬の世話の時に使ってたな」
「ほら、用途は様々よ。例えば、その中の文字に、秘密のメセージを隠したりする事もできてしまう」
「は?秘密のメッセージ?何それ」
地下への階段を下りながらポンポン飛び交っていた会話が、倉庫の扉を前にして中断された。
私は真横に並ぶ円城寺君を見ずに、鍵のかかってない扉を開き、そして私がここに来た目的を伝えた。
「円城寺君も知っての通り、一昨日、私がセルフカットするのに古新聞を貰い受けたでしょう?その新聞は全てを使ったわけではないのだけれど、昨日、使わなかった新聞の中に、妙なものを見つけたの。テレビの番組表の中に、メッセージみたいなものが記されていたのよ」
「何それ、本当に?ミステリー小説みたい。何て書いてたのさ?」
好奇心を前のめりに出してくる円城寺君。
彼が一緒についてくると言い出した時から、私は彼には新聞のメッセージを打ち明けるつもりでいた。
彼はあの夜フラットAに残っていた生徒の一人で、いくら親しくなったとはいえ、”全員容疑者” の定義を忘れているわけではない。
だが、あえて餌をまいてみるのもひとつの手だ。
「―――”たすけて” 」
「え?」
私は扉を開き、古新聞置き場までまっすぐ進んでいく。
「テレビ番組表の中に、丸で囲われた文字をいくつか見つけたの。最初は(け)と(て)、次に(た)と(す)。丸が付いてる文字は番組もテレビ局も違う欄だったけれど、上から読んでいくと ”た、す、け、て”という言葉が読み取れたのよ」
「何だよ、それ…」
円城寺君はとても驚いている様子だった。
それが芝居か否かを判定できるほど彼と親密でない事が悔やまれる。
私は更に情報を暴露した。
「しかもその新聞の日付は、5月2日」
「え?じゃあそれって、」
「そう。あの日だったの」
「ちょ、…ちょっと待ってよ。葛城さんが管理してる新聞って、ライブラリーの新聞だよね?あの夜有栖川先輩も、ライブラリーから……」
「だから何か関連性があるかもしれないと思ったの」
古新聞の束の前に立ち、それらを指さしながら円城寺君に振り向くと、彼はハッと私を見返してきた。
「もしかしてマイマイが昨夜音楽棟を調べに行ってたのって、その暗号を知ってたから?有栖川先輩の件を調べてたわけ?」
「そういう事」
すると円城寺君は「そっか、わかった!」合点がいったとばかりに深く頷くと、すぐさま何やらやる気みなぎる態度で私に訊いてきたのだ。
「で、僕は何を手伝ったらいいの?」
目がきらきらしてるように見えるのは、私の勘違いではないと思う。
さも自分が調査に参加するのは決定事項だとばかりに、円城寺君は新聞の束に取りかかる。
「凄いね、マイマイ探偵みたい」となぜかご機嫌で、数か月分もある新聞調査も全く苦ではないようだ。
これを芝居と勘繰るのは申し訳ない気さえしてくるが……
「円城寺君、手伝ってくれるのは有難いけれど、いいの?有栖川さんが目を覚ますまでは、余計な事を暴いたりしないと決めていたのではないの?」
昨夜円城寺君が言っていた事と今の態度は真逆である。
私が新聞の暗号を調べた結果、有栖川さんの真相に触れてしまう可能性だってあるのに。
ところが円城寺君は「大丈夫だよ」と言ってのけたのだった。




