26 全員容疑者
「よかった。調査のための協力は惜しまない。何でも言ってくれたまえ」
安堵しきりのおじさまに、私はそれならばと態度を切り替えた。
「ではいくつかお尋ねしても?」
「勿論。何だい?」
「なぜ最初からこの件を伝えてくださらなかったのですか?」
おじさまは何だそんな事かといった様子で即答した。
「館林にそうするように言われたからだよ」
「父に、ですか?」
「ああ。この件は内密に処理していたが、よほど有能な諜報員でも雇っているのか、館林は遠く英国から大丈夫かと電話をくれてね。事情を説明し、どうしたものかと相談した私に『よければうちの舞依を使ってみないか』と提案してくれたんだ。自慢の一人娘の優秀さを見せびらかしたいのか、館林の跡取りとして修業の為に舞依ちゃんに困難を宛てがいたかったのかは分らないが、女の子を男子校に招くのは気の毒だと遠慮する私にあいつは強く勧めてきてね。だが私の方もどうにも手詰まりで、藁にも縋る思いで館林の提案に甘える事にした。そうしてロンドンの舞依ちゃんを訪ねたわけだが、その際のあいつからの注文で、吹月に編入するまでは舞依ちゃんに詳細を伝えないでくれと言われたんだよ。ただでさえ男子校に女子一人というのは不安だろうから、余計な心配をさせない為にも私もそれには賛成した。それで共学化を持ち出したわけだ。私は舞依ちゃんを訪ねる前に、職員にも同じように説明していた。職員の中には5月の件を知らない者もいたし、私は、私以外の人間全てを疑わねばならない立場だったからね。まさか学院長の私が解決できない問題に、旧友の優秀なお嬢さんの知恵を借りる事にしたとは言えなかった。理事会に出席した学校関係者は私のみだという事を利用して都合よく説明すると、職員は皆了承してくれた」
「皆さん反対されなかったのですか?」
「ああ。息子や一部の職員は訝しんでるふしもあったが、あくまで実験的にという点と、来年三月までという期間限定も功を奏したのだろう。勿論私は舞依ちゃんがここに来て落ち着いた頃に事情を説明するつもりだったが、館林はその必要もないと言ったんだ。舞依ちゃんなら一週間としないうちに5月にあった事を突きとめるだろう、何だったら解決だってするかもしれない、そこまであいつは断言したよ」
あの人はまた無理難題を……
今度こそ本気で頭を抱えそうになってしまう。
だが久我のおじさまに心配かけるのは本意ではないので、内心はきれいさっぱりと苦笑いのベールで覆う事にした。
「そうでしたか。そのような誇大をお伝えするとは、父にも困ったものですね」
「だがもしそれが可能なら、9月1日の新学期が始まる前に真相が解明されるかもしれないと、期待値が高まったのは事実だがね」
「ご期待にそえるかどうかは分かりかねますが…。では他の質問をよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないとも」
「どうして、女の私をお選びになったのですか?父に推薦されたとは伺いましたが、さりとて、おじさまの伝手ならば男性で調査員として優秀な方もいらしたのでは?何も生徒に限らず、職員として吹月学院に潜入させるのも可能です。では、共学化なんて嘘を用意してまで、なぜ私だったのでしょう?」
学校を優秀な成績で卒業した人間なんてごまんといる。
吹月の卒業生にだって海外の学校を首席で卒業した者は大勢いるだろう。
するとおじさまは今度は少々惑うような小休止ののち、静かに口を開いた。
「あの日、ロンドンで再会した舞依ちゃんが、嬉しそうにアナベルを抱えていたから……とでも言っておこうか」
「アナベルですか?」
「ああ。約束よりも早く館林邸に着いた私は庭を散策していたんだ。その時庭師からアナベルを譲り受けている舞依ちゃんを見かけた。後で庭師に『お嬢さまは勿体ないと言ってよく傷んだ花木を持っていかれますよ』と聞き、妙な縁を感じたんだよ」
「縁、とは?」
「5月の夜、転落した生徒が一命を取りとめたのは、アナベルのおかげだったんだ。まだ花を咲かせる季節でないのに、気の早い花がいくつかあって、それらが彼の周りに落ちていた。白い花がね」
植木がクッションになったとは聞いたが、アナベルだったのか…と思った時、パンフレットを見た際の違和感の理由を見つけた。
「では、今はそのアナベルは…」
「すべて撤去したよ。かなりの衝撃を受けてしまったからね。他の生徒に転落を匂わせるようなものを残しておくわけにはいかなかった」
「そうですか…」
この場合はやむを得ないと理解していても、やはりなんとも切ない。
それはおじさまも同様だったようだ。
「生徒達の為とはいえ、気が進む作業ではなかったんだが…。撤去されたのを知って残念がる生徒もいてね。だから新しい植栽計画は生徒達に委ねる事にしたんだ」
「それは素敵ですね」
「舞依ちゃんに依頼したのは、そういう点も期待してだよ」
「……はい?」
新しい植木と私、どう繋がるのか見当もつかない。
だがおじさま的には一本道になっているらしい。
「女子留学生という特殊で新しい存在の投入で、生徒達の心が良い意味で刺激を受ければ良いと考えての事だった。そうすれば、彼らの中の5月の出来事も多少は薄まっていくと思ったんだ」
「彼ら、というのは?」
「あの夜居合わせてしまった彼らだよ。彼らにとっては親しい先輩だったんだ、ショックも大きかっただろう。そして急な留学を不審に感じている生徒達には、君の存在が緩和してくれると願っていた。実際、たった数日なのにその効果はじゅうぶんに感じているよ」
「目くらましという訳ですか」
「物は言い様だ。他に質問は?」
おじさまは私が頼みを引き受けた事で応対にも余裕が生まれているようだった。
「確認事項ですが、私は事件事故の判断材料になる物を見つければよろしいのでしょうか?」
「そうだね。だが万が一真犯人に辿り着いた場合は即刻退くように。危ない事はさせたくないからね」
「では、当夜フラットAに残っていた生徒をお教えいただけますか?」
「勿論。だが、それはあくまでも参考程度に留めておいてくれたまえ。おかしな先入観を持っては欲しくないからね」
「なるほど。つまり全員が容疑者という訳ですね」
さらりと告げたセリフに、おじさまがピクリと肩を震わせた気がした。
だが、引き受けると決めた私には他にも訊いておくべき事があった。
「ところでおじさまは幽霊の噂をご存じですか?」
「……ああ。ラウンジと音楽棟だね」
「ええ。5月頃から噂されはじめたと聞いておりますが、私は既にどちらとも遭遇いたしました」
「なんだって?この数日の間にかい?」
「ええ」
「音楽棟のピアノは真夜中に抜け出して何度も挑戦してる生徒でさえなかなか遭遇できないと聞いてるが…」
「そのようですね。私は幸運でした。その幸運の結果ですが、どちらもが人間の仕業だと考えております」
「そうか……それで?」
「ラウンジはともかく、音楽棟の方は鍵を持たない人間には侵入不可能だと思いますが、何か心当たりはおありですか?例えば秘密の通路があるとか、鍵の持ち主と有栖川さんとの関係性だとか」
吹月学院で起こっている全てと有栖川 唯人の件を、今の段階で完全に結び付けるのは危ういかもしれない。
だが一つの手がかりとしてはかなりの濃さだ。
その証に、おじさまは微かに驚きの眼差しを私に見せたのだった。
「秘密…というほどでもないのだが、昔は音楽を熱心に学んでる生徒が多くてね、音楽棟はそういった彼らの為に建てられたのだが、彼らの愛器は皆かなりの価値だった事から、音楽棟には楽器の保管庫があるんだ。だが今は寮のセキュリティも厳しくなったのでそれぞれが手元に置いて保管庫を使う生徒はいない。その保管庫のカギは学院長の私と職員室、職員棟で管理しているが、保管庫には、窃盗に入られた時を想定して隠し扉が作られている。そしてその隠し扉と繋がっているのは職員棟の一階一番奥の部屋だ」
知らない人にはまるでスパイ映画のように感じるかもしれないが、私の暮らしていた家にも隠し部屋は存在したし、周囲でも時折聞く話だった。
なのでここで最も問題なのは……
「そのお部屋は現在どなたがお使いになっているのですか?」
「音楽担当の楠君だよ。だからピアノの噂に関しては、おそらく楠君が…」
「それは違いますね」
私はおじさまの回答をぴしゃりと否定した。
「私が真夜中のピアノを聞いたのは昨夜です。昨夜、楠先生は帰省されると仰っていましたので」
「それは本当かね?」
「ええ。それから私の聞いたところでは、かなりミスタッチの多い演奏でしたので、音楽担当の楠先生ではないと感じました。勿論わざとミスをしていらしたのかもしれませんが」
「楠君ではない……」
おじさまは、ありありと動揺を走らせた。
「おじさま?これはどうやら、込み入った話になりそうですね。私に伝えておくべき話がまだあるのでしたら、今、伺っておきますが?」
おじさまの動揺を利用して尋ねた私に、おじさまは短くはない思案ののち、ご自分の考えや想い、これまで一通り調べられた事を話してくださった。
その量は決して少なくはなく、その後の私達の作戦会議は、夏休みをまだ数日残した天気のいい日の午前中いっぱい続けられたのだった。




