24 奇妙な光景
「いやはや、館林の言った通りだったな」
「父が何か?」
「いや…」
おじさまは短く口ごもったあと「それで、舞依ちゃんは何を知りたいんだい?」と、私の追及に応じる姿勢になった。
「おじさまがついていた嘘を、すべて正しくお聞かせください。そして私がここに招かれた理由も」
「いいだろう。舞依ちゃんにはその権利はあるだろう。騙すような形になって済まなかったね」
謝罪から入ったおじさまの説明を、私は一言も聞き零すまいと耳を傾けた。
「承知の通り、5月の連休中に管理棟で生徒が転落するという出来事が起こった。彼は三年で前年度の寮長、家柄も含めて学院内で有名な生徒の一人だった。おそらく舞依ちゃんへの情報提供者はフラットA生だろうから、現在舞依ちゃんが把握している内容は、三年の彼がその後意識不明で表向きは留学したという事にして入院している、せいぜいその程度ではないかな?」
「仰る通りです」
「では、まずあの夜の出来事から詳しく話そう。―――あの日、連休中で生徒も職員もほとんどいない、風が強い深夜に、楠先生から生徒が倒れていると一報を受けて、私は管理棟に駆けつけた。そこには三年の彼がぐったりと横たわっていて、私以外には私の息子、管理人の葛城氏、そして数名のフラットA生がいた。彼は植木がクッションになったようでそこまでの外傷は見当たらなかったが、意識はない様子だった。急いで救急に連絡し、警察もすぐに到着した。深夜だった事と現場が学校内である事への配慮から、どちらもサイレンは鳴らさずの到着だった。第一発見者の楠先生に救急車に同乗してもらい、その場にいた生徒には箝口令を伝え、部屋に帰らせた。その後、彼が三階の図書室から転落したと分かると、すぐに実況見分が行われる事になり、私が立ち会った。だがそこは少々奇妙な光景になっていてね……ライブラリーには手紙が散乱していたんだよ。宛名も差出人もない何枚もの便箋が、床に広がっていた」
手紙……
新しく登場してきたアイテムを、私は頭のメモに深く刻み込んだ。
「その状況を目撃したのは、私と警察関係者数名のみだ。すぐに他の人間にはライブラリーの立入を禁じた。散らばっていたのは全てが便箋で、封筒はどこにもなかった。腰高の窓は開け放たれており、強い風で手紙は部屋の方々にまで飛ばされていた。場合が場合なだけにそれらの手紙の内容を確認する必要があったが、そのどれもが丁寧語で、まるで身元がばれないよう細心の注意を払って書かれたという印象だった。だが内容は恋人間でやり取りするようなものだった。これらの手紙が彼の記したものなのか調べる為、私は葛城氏にマスターキーで彼の部屋からノート類を持って来てもらった。すぐに筆跡を照らし合わせたが、転落した彼の字ではなかった。そこで我々はある推測を立てた。彼はここで恋人からの手紙を読んでいたが、風にあおられて手紙が飛ばされた。慌ててそれに手を伸ばしたところ、バランスを崩し落下……。我々の仮説を立証するように、二階の窓枠の隙間にも便箋が挟まっていた。だがあくまで仮説だ。警察は事件事故自死どの可能性も否定しなかった。だが目撃者もなく身辺にも疑わしいものは何もない。彼に恋人がいたかどうかさえ、誰も知らなかった。捜査は間もなく行き詰まった。学校内の出来事だけに警察側も慎重になっていたところ、連休が終わって数日のうちに、彼のご両親から捜査打ち切りの要望が出された。恋人の存在さえご存じなかったご両親は、色恋事で意識不明になっただなんてと、とてもショックを受けておいでだった」
「その要望を、すぐに学院も警察も受け入れたのですか?」
「……ああ、そうだよ。だがそれは彼のご両親の要望だけではなく、警察側からの提案もあっての事だった」
「どういう意味ですか?」
「警察はどうやら自死の方向で捉えていたらしい。というのも、散らばっていた手紙の内容に駆け落ちを匂わせる文面があったからだ。相手は分からずとも、どうやら彼は公にはできない恋に苦しんでいたようだった。悩んで感情的になる彼を相手が宥めるような文章もあった。そういったプライベートな事情と、彼が一命を取りとめたという状況を鑑みて、警察は大事にするのは避けた方が彼の為にはいいのではないかと、これは配慮すべき案件だという考えだったそうだ。それは彼のご両親から要望が出たせいでも、吹月の生徒だからというわけでもなく、十代の少年の行く末を案じ、事故だったと結論付ける事を警察側も同意した。だが彼のご両親は事故についても公表を望まなかった。学校運営する立場としては大いに悩んだものの、いくつか気になる点があった私は、ご両親からの要望を受け入れる事にした。それで彼は卒業を待たずに留学したという事にしたんだよ」
「そうでしたか……」
有栖川 唯人に、誰にも言えない秘密の恋人がいたというのは初めて知った。
勿論高校生なのだから、彼女がいたって何ら不思議はない。
そして私は、おじさまからの説明に特に驚きがあったわけでもなかった。
世間的に認めてもらえない相手に恋し、悩み苦しんで悲劇を引き寄せてしまうというのは、昔から時々聞く話ではあったからだ。
それを関係者がひた隠しするというところまでがセットである。
だがおじさまの説明にはまだ続きがあるのだろう。
「それでは、おじさまの気になる点とは?」
小休止さえ挟まずに私が問うと、おじさまは僅かに逡巡したように見えた。
だが徐に上着の内ポケットからSDカードを取り出してテーブルにコトンと置いた。




