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23 露見





部屋に戻ったのは、深夜の2時を過ぎてからだった。

ピアノの音が聞こえなくなってからもしばらく音楽棟を見張っていたが、その扉を開く人影はいつまで経っても現れなくて。

朝まで待つという選択肢も過ったが、円城寺君まで巻き込むわけにはいかず、仕方なく新月の探索はお開きとなった。


だが、私は寝支度を終えてもちっとも眠気が訪れなかった。

明日もまだ夏休みで朝早くに起きる必要もないのだけれど、このままでは朝まで起きてしまいそうだと、ちょっとした焦燥感は燻ってくる。


だからといってベッドに入っても、考えは休まる暇もない。

5月の出来事、真夜中のピアノ、ラウンジの幽霊、交換留学という設定……

気になる事は目白押しなのだから。



”助けて” というメッセージが新聞に記された日の夜に転落した生徒、

おそらくその出来事の後から流れだした真夜中のレクイエム、

そして同じく5月の出来事以降現れるようになったというラウンジの幽霊、

私が吹月に編入する口実に使われたが実際は行われていなかった交換留学……

どこを切り取っても怪しさしか感じられない。

5月の転落さえなければ、このどれもが起こっていなかった可能性は高いだろうからだ。



今一度物事を整理しようと頭の中で並べていた時、私はふと思い当たった。

転落があった管理棟3階は、幽霊の噂があるラウンジの真上だ。

その幽霊だって、私の考えが正しければ人間に違いない。

では、夜な夜なラウンジに侵入している者の目的は?

有栖川 唯人の件と何か関連があるのだろうか?

あの夜、目撃者はいなかったはずなのに…………本当に、目撃者はいなかったのだろうか?


もし、有栖川 唯人が転落した時に誰かが一緒にいたのだとしたら?

そうでなくとも、目撃した者がいて、だがそれを申し出られない事情があるのだとしたら?

だとしたら、転落は事故や自死ではなく、事件になる可能性も出てくるのでは?

だとしたら………


あくまで私の仮説だが、あり得ない話でもない。

つまりそれは



殺人未遂事件――――



その重大性が静かに忍び寄ってくるようで、私はそれを、”慎重に考えよ” というメッセージだと受け取った。

慎重に、更に慎重に…



そうしてとうとう、窓の外が夜を晴らしていく頃になってしまった。


あらゆる可能性を蔑ろにはせず、微々たる仮定さえ含めて考えた末、今入手できるであろう確実な情報の取捨のため、私は一睡もせず、朝一番にある人に電話をかけたのだった。

時間を気にせずいつでも頼るようにと言ってくれた、優美な麗人に。




「朝早くに失礼いたします。北園のおばさまでいらっしゃいますか?おはようございます、舞依です。このような時間に申し訳ございません。実はおばさまにお尋ねしたい事がございまして――――――」







※※※※※






その朝、私は制服に着替え身支度を整えると、食堂棟には向かわず、校舎を目指した。

目的地は学院長室だ。

早朝に北園のおばさまに確認した内容を、学院長である久我のおじさまにぶつけるために。


そして入室許可を得ると部屋に入るなり、開口一番に告げたのだった。



「おじさまは嘘を吐かれましたね?」



よほど唐突に感じたのか、そう装ってるのか、おじさまはきょとんと訊き返してきた。


「おはよう、舞依ちゃん。朝の挨拶を飛ばして、嘘とは何かね?」


まあ掛けなさい、仕草でそう招かれて、私は遠慮なく応接用のソファーに腰をおろす。

話は長くなりそうだから。

おじさまが向かいの席に座ると、主導権を握られる前に話を続けた。


「北園のおばさまとお話しいたしました」

「ああ、彼女は今年の夏はここに滞在していたね。舞依ちゃんとも親しかったと記憶してるよ。それで何の話をしたんだい?」

「吹月学院の共学化についてです」


柔和な態度を崩さなかったおじさまが、はじめて微かに反応を示した。

だが直後には察したように体を背もたれに預けた。


「そうか。それで?」

「理事会で共学化の話が出た事は一度もない(・・・・・)と仰ってました」



今朝の電話で理事である北園のおばさまご本人から聞いた事実だ。

これは、私がおじさまから伺っていた事情と大きく違っている。


街でお会いした時、おばさまは私の事を、共学化の為の実験要員ではなく単純に交換留学生として扱っておられた。

これは栗栖君や円城寺君が一緒にいたから濁したのかとも思ったが、私と交換で留学したはずの有栖川 唯人がああなっていたというなら、その交換留学という設定さえ現実には存在しない如何様(いかさま)だ。

勿論、おじさまがたまたま有栖川さんの偽の設定を利用しただけだったのかもしれない。

だが、一つ嘘が見つかった場合は他の項目にも疑念を持つべきで、些細な可能性さえ見落としたくなかった私は、慎重にかつ大胆に、おじさまから与えられた情報の全てを疑ってかかる事にしたのだ。


そして行き当たったのが、これまでに一度も理事会で共学化の話が持ち出されてはいないという証言だった。


それならば、果たしておじさまは、なぜ私をここにお呼びになったのか?


北園のおばさまの証言は、おじさまを追及するにはじゅうぶんな内容だ。

私は今が契機とばかりに、昨夜得たばかりの5月の出来事(・・・・・・)についても言及した。



「付け加えて、とある方から5月の事(・・・・)も伺いました。当事者の彼がその後留学したという設定になっているのも承知しております。そして私への編入のお誘い…こちらは共学化の為の実験的なもので、他の生徒に知られぬようおじさまは交換留学という口実を(こしら)えてくださったわけですが、その口実も嘘、共学化の件も事実無根、では一体何が真実なのでしょう?」


冷静に、丁寧に。

己の未熟な感情のさざ波で事態を悪化させるなんて勿体ない。

相手を追及する際は必要だと判断するまでは感情は凪いだ湖面のように制御すべきだと、父の教えに則って私はおじさまに尋ねた。

するとおじさまは「まいったね」と、予想以上の早さで白旗をかざしたのだった。










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