15 二人の紳士
「ば、ばかじゃないの?!何してるんだよ!自分で髪切るなんて!」
最初に叫んだのは円城寺君だった。
「――っ!」
栗栖君は言葉よりも先に行動を見せた。
私を完全に隠すわけではないが、半歩ほど前に立ち、彼女達に一瞥を送る。
何かあったら俺が間に入るからなといった無言のアピールにも感じた。
「館林ってばどうするんだよ、こんなに短くなっちゃって!」
円城寺君は相手に注意を払う栗栖君とは違い、彼女達などまったく視界にも入っていないかのように私のぐいぐい腕を引っ張って慌てふためいている。
円城寺君が腕を引っ張る度に、私の髪が肩下で揺れる。
「女の子にとって髪って大事なんじゃないの?なんで切っちゃったんだよ!」
「大丈夫よ。もともと吹月に来る前に短く切ろうかとも考えていたくらいだし。でも気にしてくれてありがとう」
「ありがとう、じゃないよ!ほら、早くヘアサロンに行こう!待ってて、僕の担当者にすぐ電話するから」
言いながら、円城寺君は携帯電話を取り出した。
学院の外に出てしまえば普通に使えるとはいえ、自分の担当美容師の連絡先を普段は使えない携帯にわざわざ登録してるなんて、さすがに抜かりはないなと感じた。
だが今は感心してる場合ではないのだ。
「その必要はないわ、円城寺君」
「は?何言ってんの」
「寮に戻ったら自分で整えるから平気よ」
「はああああっ?」
円城寺君は大きな目をさらにまん丸く拡大させた。
そしてその様子を見ていた栗栖君は真剣な眼差しをゆるめてプッと吹き出したのだ。
円城寺君のオーバー過ぎる反応に私も思わす笑ってしまいそうになるが、離れた場所から突き刺さってくる呆然とした視線を思い出し、くるりと彼女達の方に振り返った。
栗栖君の体がほんの少し強張りを戻した雰囲気がした。
「これでよろしいでしょうか?この長さでは髪を編み込むことは叶いませんので、どうぞご安心くださいませ。そして一つだけ申し上げてよろしいでしょうか。吹月学院は品格ある伝統校です。今もなお、吹月学院で学びたいと仰る方は大勢いらっしゃいます。それゆえ、先ほど皆様が噂されてたような事は一切ございません。私が編入しましたのは色々と事情があっての事です。それを今この場で他校生である皆様にご説明する必要はないかと存じますが、吹月学院の名誉のためにも、決していかがわしいものでもいやらしいものでもないという事実を断言させていただきます。おわかりいただけまして?」
パラパラに揺れている髪裾に触れながら、お伺いを立てる。
円城寺君は私の態度に驚いたのか、ひときわ大きく息を飲み、反対に栗栖君はニッと唇の端を上げてみせた。
すると彼女らは呆然をほどくことなく固まった表情のままで、小さく頷いたり、「…すみません」と呟いたりしてきたのだった。
その勢いが消滅した姿に、私は、これ以上の責めは無用との判断に至った。
「おわかりいただけたようで何よりです。それでは、ごめんあそばせ」
最後にそう告げると、円城寺君、栗栖君に目で合図し、各々が自分の荷物を手に取った。
女の子達は私にまだ何か言いたげで、もしかしたら謝罪の意志があったのかもしれないが、栗栖君がそれをさせなかった。
ちらりとそちらを見やり
「お互い近隣校同士、仲良くしてくださいね、先輩方」
さも彼女達の素性を把握してるかのようなセリフを投げかけたのである。
そんな風に匂わされたら、彼女達とて強気ではいられまい。
みるみると佇まいは沈んでいくようだった。
きつく言い過ぎただろうか。
日本の女の子は内気または内弁慶な子が多いと聞くし。
気の毒な事をしたかもしれない。
いや、もしそんな大人しい子達だったら、あんな陰口を叩くだろうか?
そんな疑問が頭を過ったけれど、その僅かな隙に円城寺君が私の切った髪入りの袋を含む私の荷物をその細腕に通し、栗栖君が私の肩に手を添えてきたので、私は彼らの素晴らしいエスコートに従い、風車公園を後にしたのだった。
※※※※※
「ええそうです。風車公園から学院方向に歩いてます。制服を着た三人です」
公園から出た私達はタクシー乗り場がある駅ではなく、その反対の学院方向に道を進んでいた。
おそらく、髪が不揃いになってしまった私を人目に触れさせないようにとの配慮だろう。
円城寺君からは何度もヘアサロンを勧められたものの、私は固辞した。
「留学先で勉強が忙しい時は自分で切ってたから心配ないと思うわ」
「だめだよ!身なりはきちんとしないと!」
そんな応酬を経たものの、「でも今からだと遅くなるしなぁ」という栗栖君の取成しのおかげで、どうにか円城寺君には納得してもらえたのだった。
私は数歩先で携帯電話からタクシーの配車依頼をしている円城寺君の華奢な背中を眺めながら、隣を歩く栗栖君が私の速度に合わせてくれているの感じていた。
二人ともまだ高校生とはいえ、その振る舞いは立派な紳士だ。
と、さりげなく栗栖君が私に耳打ちしてくる。
「帰ったら学院の連中が大騒ぎだろうな」
いたずらっ子のように笑う。
「そうならないように、すぐ部屋に籠って長さを整えるわ。昨日も今朝もまとめていたから、私の本当の髪の長さを知ってる人は少ないと思うの」
「確かにな」
「それで教えてほしいのだけれど、古新聞はどこで管理されているのかしら?」
「古新聞?」
「そう。管理棟のライブラリーに新聞架があったから、きっと古いものも置いてあるのでしょう?」
「それなら葛城さんが回収してリサイクルの日まで倉庫かどこかに保管してるはずだ。もしかして髪切る時に敷くのか?」
興味たっぷりに尋ねてくる栗栖君に、私は「ええそうよ」と答える。
「やっぱり。なんか懐かしいな。俺も小さな頃はよくそうやって親に切ってもらってたっけ」
栗栖君は破顔する。本当に懐かしそうに。
そのエピソード微笑ましいものだが、吹月の生徒の中では少数派のようにも思えた。
そして私の心の内は無意識に顔に出てしまっていたようだ。
「由緒正しい名家のお坊ちゃんが親に散髪してもらってたなんて、意外か?」
「自分で切った私が言えた事ではないけれど、多数派ではないでしょうね」
「まあな。でも俺はそこには当てはまらないんだな。だって俺、特待生だから」
「特待生……ああ、なるほど」
全寮制である名門男子校で学ぶためには一定のレベル以上の経済力が必要不可欠。
だが唯一の例外として、在学中にかかる費用の全てを免除される制度、それが特待生制度だ。
何かに突出した才能の持ち主に与えられるものだが、栗栖君は一体何についてその制度が適用となったのだろう?
今度は私の方が興味が高まった。
だが栗栖君は今すぐにその情報を開示するつもりはないらしい。
「ま、そういう訳だから、館林が割引を重要視するのも、お手拭きを持ち帰るのも、自分で髪を切るっていうのも、円城寺程驚きはしないよ。あいつは吹月でもトップクラスの根っからの箱入りお坊ちゃまだからな」
栗栖君はそう評するけれど、そのお坊ちゃまは意外としっかりしていて、優雅にタクシーの配車を終えようとしていた。
「……そうですか、それじゃなるべく早くお願いします」
通話を切るなりくるっと体を回転させた円城寺君は、頬を膨らませていた。
「さっきから人のことを箱入りだとか何とか、うるさいよ!」
「なんだ、聞こえてたのか」
栗栖君は悪びれずにあしらい、またもやふたりのじゃれ合いの幕が上がったのだった。
実に実に仲の良い二人である。




