14 風車公園での出来事
遅めのランチの後、他に行ってみたい所はないかと問われた私は、風車のある公園に行ってみたいと答えた。
学院からは距離のある公園だが今いる場所からは歩けないこともないらしく、昼食後の軽い運動がてらにと二人も賛成してくれた。
まだ8月なので暑いに変わりはないけれど、やはり吹く風は涼やかで、何ならもう秋の気配も流れ込んでいる。
秋の行楽日和というフレーズを耳にした記憶があるが、まさにそんな雰囲気の中、円城寺君は公園でおやつタイムにしようと、食後にもかかわらず、近くにあったコンビニに立ち寄った。
そして私達を外で待たせたまま、あっという間にいくつものデザートが入ったプラスチック袋を手に戻ってきたのでる。
「心配しなくても館林の分もあるよ。ほら」
「ええと、…ありがとう」
「俺のは?」
「ないよ!」
「そんなこと言って、本当は人数分ちゃーんと用意してるのが、円城寺だよな?」
「うるさいなあ!」
お決まりの感じでじゃれながら、そしてそれを眺めながら、私達は風車公園までを散歩したのだった。
街の賑わいを離れ別荘地を過ぎると、やがてそれが大きく見えてくる。
街からも部分的には見えたものの、全体を視界に映すには、やはりここまで来る必要があっただろう。
私はほぼ真上にあるプロペラを見上げ、「大きいね…」と感想を漏らしていた。
「イギリスにも多いんじゃないのか?」
「視察したことはあるよ。でもこんなにゆっくり見るのははじめて」
「視察?」
「あ、違った?ええと…見学、の方が正しいのかな?」
栗栖君の鋭い突っ込みに、私は少々焦りながら日本語を訂正した。
「やっぱり館林は日本語より英語の方が楽ってタイプなんだ?」
意外そうに訊いてきたのは円城寺君だ。
「そうじゃないけど、英語ばかり話してると日本語が出にくくなってしまうのかも。その逆もあるけれど」
「ふうん。でもそのうち慣れちゃうよ。日本語にも、この風車にも。僕なんかもうどこの風車群を見ても何とも思わなくなっちゃった」
その言葉通り、円城寺君はちらりとも見上げることなく、「それより早く食べよ?」と風車から一番近いベンチにさっさと腰かけてしまった。
「あいつは花より団子の典型的な例だな」
苦笑をこぼしながらも、栗栖君は円城寺君の後に続く。
「僕プリン食べよっ。館林は何がいい?おすすめはシュークリームだけど」
「シュークリーム?」
「クリーム・パフのことだよ」
こそっと栗栖君が耳打ちしてくれた。
「ああ…じゃあ、シュークリームがいいかな。お金は…」
「いいよ、僕がご馳走してあげる。編入祝いにね」
「いいの?嬉しい。どうもありがとう」
私が素直に返すと
「べ、別にそんな高くないし!」
円城寺くんはシュークリームを差し出しつつも、照れたようにフンッと横向いてしまう。
こういう態度を、日本語で何と言うのだろう?
確か、ツン…
「本当に円城寺はツンデレだな」
ああ、そうそう、”ツンデレ” だった。
はじめて聞いた時、妙にぴったりなネーミングだなと感心したものだ。
「なんだよ!言っとくけど、栗栖の分は奢りじゃないからな!」
「円城寺のケチ」
「栗栖には言われたくないね!」
栗栖君と軽口叩き合いながら、円城寺君は袋の中からデザートを取り出した。
その中には店から添えられたお手拭きも混ざっていたが、円城寺君は「あ、しまった、もらっちゃった…」と、その封を開けることもせずに袋に戻したのだ。
「円城寺君、お手拭き使わないの?」
「これ?僕、こういうのはあんまり使えないんだ。だからいつもは遠慮するんだけど、今日は急いでたから言い忘れちゃった」
「円城寺はお坊ちゃまだから、タダで配られるものは使わないんだよな?」
「ち、違うよ!ちょっと肌が繊細なだけだ!」
ムキになる円城寺君に、それならばと、私は手のひらを上向けて彼に伸ばした。
「円城寺君が使わないのなら、いただいてもいい?」
「え?いいけど、館林が使うの?」
「ううん、持って帰るの」
「持って帰る?」
「うん。いけない?」
「いけなくはないけど…」
今度は意外を通り越して驚き顔の円城寺君。
そして栗栖君もやや円城寺君寄りの反応を見せた。
「何て言うか、館林は……割引重視で店を選んだり、無料でもらった物をわざわざ持って帰ったり、うちの学校にはあまりいないタイプなのは間違いないな」
「うん」
「だいたい、館林って学院長の知り合いなんだろ?だったらそれなりの家柄なんじゃないのか?」
「え?それなりって……まさか栗栖、館林家を知らないの?!」
のんびりと私に尋ねてきた栗栖君を、円城寺君が詰るように遮った。
「館林家?館林の実家ってそんなに有名なのか?」
「有名なんてものじゃないよ。栗栖のお父さんの仕事だって、辿って行ったらどこかで館林家のどなたかにかかわってくるんじゃないか?それくらい、国内外問わず影響力のある人が多いんだよ、館林一族は」
円城寺君の力説にも、栗栖君は自分のペースを崩さずに腕を組んで感心した素振りをした。
「へえ……。お前って、すごい家のお嬢様だったんだな」
「家は家、私は私よ」
私は円城寺君を挟んで栗栖君と反対側に座り、円城寺君から渡された使い捨てのお手拭きを三枚、自分のバッグにしまった。
円城寺君は「とにかくすごい家なんだよ、館林の実家は」なんて言いながら、プリンを口に運んでいく。そしてあっという間に完食した。
「家は家、ねえ……。そんな格好いいセリフ、俺も一度言ってみたいもんだ」
栗栖君が独り言のように呟いて、私は格好良くなんかないよと返事しようとした時だった。
「……見て見て、どうして女の子がいるの?」
声を潜めきれていない甲高い内緒話が、私達の所にまで届いてきたのだった。
円城寺君にも栗栖君にも聞こえているだろうに、彼らは一切気に留めていない様子だ。
私はちょうどその声の方を向いていたので、ちらりと、内緒話の出どころを見やった。
公園の端にあるベンチ付近で、私達と同年代の私服姿の女の子が5人、こちらをちらちら見ながらアイスのようなものを食べていた。
私達と同様に、食後のデザートタイムといったところだろう。
そのうちの一人と目が合った気がするが、パッと横を向かれてしまう。
どうやら彼女達にとって、吹月学院の生徒は憧れの的でもあるようだ。
特に、長身で整った容姿の栗栖君、小動物のように可愛らしい円城寺君は、地元の女の子達の間でちょっとした騒ぎになるのも頷けた。
そして彼らにはそんな扱いは日常茶飯事なのだろう。
だが今日は、そんな彼らと私が一緒にいる。
当然、彼女達の興味は私に集中していった。
「ねえ、あの女の人が着てるのも、もしかして吹月の制服?」
「まさか。吹月は男子校でしょ?」
「でも何かそれっぽいと思わない?」
「じゃあじゃあ、新学期から女子生徒が編入してくるらしいって噂は本当だったの?」
「何よ、そんなの聞いてないけど?」
「私も一昨日聞いたばっかだもん。ほら、隣のおばちゃんが吹月の学食で働いてるから…」
彼女達の動揺はもっともだ。
自分達憧れの男子校に女子生徒が入ってきたとなれば、一大ニュースであろう。
けれど彼女達の会話は、不穏な方向に流れ始めてしまったのである。
「いいなあ、それが本当なら羨ましい」
「あのワンピースの制服も可愛いよね」
「そうかな?私はあんまりだけど」
「だよね?ワンピースって、何だか男子の目を意識した感じがして、私もちょっと嫌かも」
彼女達は自分達の話し声がこちらにまで聞こえてると思っていないのだろうか。
心なしか次第に昂ってきているようにも感じるけれど。
「でも、清楚なお嬢様風でいいと思うけど…」
「そう?だいたい、男子ばっかりのところに来る女子が清楚なわけないじゃん」
「そうそう、髪だってわざわざ編み込んだりして男子受け狙ってそうな感じだし」
そのセリフには、円城寺君の腕がピクリと反応した。
だがそれをサッと押さえたのは栗栖君だ。
そして彼女達の噂話もしくは陰口はヒートアップしていって。
「私が親だったら娘をそんな男子しかいない環境に入れたくないけどね」
「でも学校側もおかしくない?女子を入れるにしても急すぎるじゃない」
「それに全寮制の男子校に女子って、何か漫画やドラマみたいでいやらしくない?」
「案外、吹月もそれを売りにして女子の募集をかけてたりして」
「やだ、ホストクラブみたい」
「ちょっと、言い過ぎよ」
「ま、今は少子化だしね。吹月も生徒確保に躍起なのねえ」
「でも本当にドラマみたいよね。あのドラマ私好きだったのよ」
「ドラマでもあったじゃん。夜に寝ぼけてベッドに潜り込んだりしてさ」
「やらしい。吹月もそれを黙認してるわけ?」
「なんかエロくない?」
そこで彼女達からはお行儀がいいとは言えない笑い声が生まれる。
すると今度は栗栖君が静かに息をつき、立ち上がろうとした。
けれど
「あなたが行くことないわ」
私がそう告げると、栗栖君の動きがぴたりと止まる。
その隙に私が席を立ち、すぐさま栗栖君に預けていた買い物荷物の中から文具店の袋を取り出した。
開封したのは、買ったばかりのハサミだ。
「ちょ、館林?!何考えてるの?」
「そうだ、落ち着けよ、あんなの相手にするな」
二人はすごい形相で私を引き止めようとしてくるが、私は構わず円城寺君の膝にあったプラスチック袋を取り上げ、まとめていた髪を片手でほどいた。
そして編んでいた束の先を掴み、
ザッッ――――
一思いにカットしたのだった。
それは、まるで空気まで切り裂いたかのように、辺りは森閑とした。
いや、正確には、ブォン、ブォン、という風車の音のみが、私達を取り囲んでいた。
私は断ち切った編み髪の束を持ったまま、父親仕込みの玲瓏たる態度を以って、離れた場所にいる彼女達に大声で挨拶を差し上げた。
「ごきげんよう。館林 舞依と申します。9月から吹月学院生になります。どうぞよろしく」
そんな私の一部始終を、彼女達はもちろん、栗栖君も円城寺君も、呆然と、その途切れた髪の束とともに凝視していたのだった。




