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13 噂 





北園(きたぞの)のおばさまを見送りながら、私は、おそらく父が何かの連絡をしたのだろうと思っていた。

おばさまとは、以前よりお会いすれば親しくお話しさせていただくけれど、交換したアドレスや番号にアクセスする機会は頻繁ではなかった。

その北園のおばさまが、季節のご挨拶程度しかやり取りのなかった私をあそこまで気にかけてくださるというのは、やはり何らかの触れ込みがあってのことだろう。

どちらにせよ、よく知る人物が近くにいてくださるのは心強い。

私は二人に追いつき、北園のおばさまの事は、父の古い知人だと説明した。



「どうやら、女子が編入してくると卒業生の間で噂になっていたらしくて……」

「へえ、そうなんだ?うちの父親は何も聞いてなかったみたいだけど」

「円城寺の親父さんも吹月の卒業生だったな」

「うん。京極先輩のところもそうだよね」

「円城寺くんと京極さんのお父様も……そういえば、()で思い出したけれど、二人に少し訊きたい事があるの」


私は昨日から気になっていた疑問を持ち出した。

実のところ、学院を出てからずっとそのタイミングを窺っていたのだ。


「なに?」

「俺達にわかる事なら構わないけど」

「わかるはずよ。昨日、円城寺君が言ってた事だもの」

「え、僕?」


自分で自分を指差す円城寺君の向こうでは、栗栖君が何かを察した風だった。


「そう。昨日話していたラウンジの噂って、なに?」

「え?…そ、そんなこと僕言ったかな?館林の聞き間違いじゃない?」

「言ったよ?でも栗栖君に止められた。実は、今朝の食堂棟でも、誰かがその()についてコソコソ話してるのが聞こえてきたのよ」


これはブラフではない。今朝食堂棟で円城寺くんが一喝するよりも前、突き刺さる視線の隙間からこぼれるようにして聞こえてきたのだ。



『…え?あの子フラットAなんだ?』

『そりゃそうか、交換留学で来たんだったら先輩の元いた部屋になるのか』

『でもフラットAってさ、確か5月の連休明けくらいからちょっと()になってなかったか?』

『ばか、それは隣の管理棟だろ』

『そうだっけ?じゃあ大丈夫なのか?』

『ま、寮長が何とかするんじゃないか?それより―――』 



またもや耳にした、()

こうも頻繁に聞こえてくると、もし私が大雑把な性格だったとしても無視する方が難しいだろう。

しかも私は、大雑把とは程遠い気質だ。

こんなに周りがよく話題にあげている噂について、新参者の私が何も尋ねないままでいると、却って怪しまれるかもしれない…そんな計算をしてしまったのだから。



「噂なんて知らないよ。僕言ってないもん。うわさ…ん、そう!上原(うわはら)さん!3年の上原さんのことだよ!あの人、すごく絵が上手なんだよねえ」


しどろもどろになりながらも力技で誤魔化そうとしてくる円城寺君に、栗栖君はやはり弟の面倒を見る兄のような態度で息を吐き、制止に入ったのだった。


「円城寺、もういい。どうせ館林の耳に入るのも時間の問題だったろうし、この様子だと、今俺達から聞かなくてもどうにかして館林は調べるだろうからな」


だろ?

視線を投げられて、私は「そうかもしれないわね」と口角を上げた。


「それじゃあ、まずどこかに入らないか?俺は腹がぺこぺこだ」


確かにもうランチタイムも終わる頃になっている。

買い物途中からカフェやレストランも気になっていたが、私達は混雑を避けて時間を遅らせようと話していたのだ。


「しょうがないなあ」


さっきの焦った顔色をあっという間に切り替えて、円城寺君は見ようによってはホッとした表情だった。

栗栖君と円城寺君には行きつけの店がいくつかあるらしく、それらを簡単に説明した後、私に決定権を委ねてくれた。

日本に来る前からネットでこの辺りの情報を調べていた私は、そのうち一店がピークオフ割引を行っていたことを思い出し、迷わずその店を選んだ。

私の選択理由を聞いた二人は、そんな細かいところまでよく把握してるなと、驚きを隠さなかった。

けれど「せっかくの割引があるのに、使わないなんて勿体ないじゃない?」と、ここに来る前も寮生活をしていたのでその辺りは抜かりはないのだと答えると、二人揃って「なるほど」と首を縦に振った。

その動作は見事にシンクロされていて、相性が良いのか悪いのかわからない二人だと思った。




※※※※※




「それで、噂って?」


オーダーを取り終えた店員が立ち去るや否や、二人に改めて尋ねた。


「館林って、見かけによらずせっかちなの?」


円城寺君はからかうように返してくるも、私が真剣な目で返すと、サーブされたばかりのお冷に逃げ込む。

細かな動きは、やはり小動物のようだ。


「円城寺、お前が思ってるより館林は上手(うわて)だと思うぞ?」


栗栖君はケラケラと笑って、「そんな大仰なものじゃないんだ」と前置きしてから説明してくれた。


「どこの学校でもよくある話だよ。ほら、理科室の人体模型が夜中に動くとか、音楽室の作曲家の肖像が歌い出して、それがとんでもなく音痴だったとか」

「音痴?何それ、僕知らない」

「音痴なの?」

「だから例えばの話だよ。で、うちの場合も古い学校だから色々あるようだけど、最近になって新しく加わったのが、管理棟のラウンジと、職員棟の隣にある音楽棟の噂だったわけだ」

「音楽棟って、フラットAと校舎を挟んで反対にある建物よね?ということは、もしかしてラウンジと音楽棟にお化けでも出るの?」

「正解。ま、正確には幽霊が出るのはラウンジで、音楽棟の方は夜中にピアノが鳴るって噂だ」

「夜中に…?日本の学校には必ずそういう噂があるって噂は、本当だったのね」

「噂の噂……え?ちょっと待って、学校の七不思議って世界共通じゃないの?」

「学校にそういう話もなくはないけれど、お城とか屋敷の方がよく聞くかもしれない」

「ああ、古城とか有名なところあるよね。観光地になってたりして」

「でも、どうして二人は昨日それを私に隠したがったの?」

「それは、京極先輩がそうしようって言ったから…」


尻すぼみになる円城寺君を引き継ぎ、栗栖君は腕を組んで背筋を伸ばしながら教えてくれた。


「ただでさえ男ばかりの学校に入ってくるんだ、きっと不安も多いだろうし、そんな女の子に余計な噂を聞かせて怖がらせたくなかったんだよ、俺達の寮長は。だからフラットAの寮生が館林の事を知らされた際、おかしな噂はなるべく耳に入れないようにとお達しがあったわけだ」

「そうだったのね……。気を遣わせてしまって申し訳ないわ」


栗栖君の話は正論で、それ自体には1ミリも疑う余地はなかった。

だから私は感謝以外の感情を持つはずはないのに、どこか疎外感を覚えてしまうのは、考えすぎだろうか。



「館林、平気?」


私の反応をどう捉えたのか、円城寺君が心配そうに訊いてくれた。

躊躇いなく目を合わせてくる彼からは、それ以外の心情は読み取れない。


「平気よ。ウェールズにある私の家の別邸は、地元では有名な幽霊屋敷だもの」

「ええっ?!そうなの?」

「だから大丈夫。二人とも、気にかけてくれてどうもありがとう。戻ったら京極さんにもお礼を言わないといけないわね」


私は思っていたよりも大事でなかった噂話に気が抜けて、だが一方では、本当にそんな簡単な話だったのだろうかと疑心が芽生えるようで、厄介な感想を抱えながら遅めのランチに舌鼓を打たねばならなかった。

だが



「そういえば今思い出したんだけど、うちの理事に北園って名前の女性がいなかったっけ?」


栗栖君が会計中にそう訊いてきたのだ。

まるで私がそれを把握してるとの前提で。


北園のおばさまと別れて随分時間が経過したこのタイミングは、きっと偶然ではないだろう。

私が油断してる時にわざとぶつけてきたに違いない。

確かに彼は、さっき私に対してのみ腕組みをしていた。

腕組みというアクションの基本心理は ”警戒” だ。


どうやら私は彼には疑わしい存在と認識されているのかもしれない。



「そうだったような気もするけど……ごめんなさい、はっきりとは分からないわ」


栗栖君の問いかけには曖昧に答えつつ、やはり彼はその他大勢の生徒とは違っているのだと改めて確信した。

私の中で栗栖 敦啓(あつひろ)は要注意人物ではなく、最重要注意人物にリストインされたのだった。










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