宇宙背景放射
カシャ、カシャ。シャッター音が響く。雪華は今日も宇宙観測展望台で個展用の写真を撮っていた。
――今日も美しい。
雪華は撮影しながら、星々の美しさに微笑む。
「毎日、大変そうですね?」
弓弦が話しかけて来た。
「そうですか?」
雪華はカメラから視線を外す。
「機材をここまで運んでくるのも大変そうに思えて」
弓弦は雪華の熱心さに感心する。
「そんなことないですよ。毎日、写真が撮れて、とても楽しいです」
雪華は笑顔で答えた。
「そうですか。それは安心しました」
弓弦も笑顔になった。
「管理人さんは、どうしてこの宇宙観測展望台の管理人になったのですか?」
雪華は突然、話題を変えた。
「知りたいですか?」
一方、弓弦は少し恥ずかしそうにしていた。
「はい。とても」
雪華は興味深々で身を乗り出す。
「宇宙を眺めるのが好きだったからなんです」
弓弦は少し、小声で言う。
「眺める?」
「えぇ。昔は宇宙物理学者を目指していたんですけれど、机に向かって計算から理論を考えたり、遠くの天体を観測したり、宇宙開発のための発明をしたりするより、宇宙を、星空を眺める方が好きだったんです」
弓弦は少し、苦笑した。
「そうだったんですね」
雪華はその答えが聞けて、嬉しそうだった。
「あ、コーヒーが冷めてしまいます。どうですか?」
弓弦は慌てる。淹れて来たコーヒーを長い間、トレーで持ちっぱなしにしていたからだ。
「いただきます」
雪華はカメラから離れて、テーブルの方へ近づいて来る。
「それは良かった。では、あちらで」
「はい」
弓弦は淹れて来たコーヒーをテーブルの上に置いた。
「今回は何を撮影していたんですか?」
弓弦はコーヒーを一旦、置いて、尋ねる。
「気になりますか?」
「えぇ。とても」
雪華の問いに弓弦は答えた。
「一世代前の宇宙の大規模構造です」
雪華は笑顔で答えた。
「ほう、すごいですね。驚きました」
弓弦は少し、驚いているようだ。
「エリダヌス本部の宇宙研究所が研究のために作り出した、この宇宙の一世代前の宇宙が隣にあるんです」
雪華はそう説明する。
「そうなんですか?」
「はい。実はそうなんです」
雪華は笑顔になる。
「それで、撮影を?」
「えぇ」
雪華はコーヒーを飲む。
「もしかして、機材は特注ですか?」
「はい。少し値ははりますが、良い写真が撮れそうです」
「それは良かった」
弓弦は微笑んだ。
「今日は撮影後、バイトですか?」
弓弦は尋ねる。
「いいえ。今日は美術館へ行こうと思いまして」
雪華はコーヒーをテーブルに置く。
「美術館ですか?」
弓弦はきょとんとする。
「はい。一応、私も芸術作品を撮っているものなので。勉強のために」
「そうだったんですね」
弓弦はコーヒーを飲む。
「管理人さんもどうですか? 一緒に行きませんか?」
雪華は首を傾ける。
「いいですね。行こうかな」
弓弦は笑顔で答える。
「では、行きましょう」
二人はコーヒーを飲み終えると美術館へと向かった。
アンドロメダ支部 美術館
――すごい。みんなはこんな感じなのかぁ。
雪華は絵画を見て、感嘆する。
「皆さん、とても興味深い作品を作り出していますね」
弓弦は隣で、小声で話す。
「そうですね。とてもすごいです」
雪華の目は輝いていた。芸術作品が好きなのだろう。そんな彼女に弓弦は言う。
「白井さんの個展も早く見てみたいです」
「ありがとうございます」
雪華は笑顔でお礼を言った。
「いいえ」
弓弦は微笑む。
「?」
「どうしましたか?」
弓弦はひとつの絵画に気を取られた雪華の様子に気付く。
「この絵画、とても気になります」
「というと?」
弓弦は首を傾げる。
「この前衛的な抽象画が宇宙背景放射の観測データに見えるなぁと思いまして」
「どれどれ」
弓弦はその絵画を見る。
「確かにそうですね。観測データは昔見たことがあるので分かりますが。確かにそれを連想させる感じですね。とても興味深い」
弓弦は微笑む。
「そうですよね?」
雪華は表情を明るくして、弓弦に問う。
「えぇ、そう思います」
弓弦は笑顔で答えた。
「今日は一緒に来て下さって、ありがとうございました」
雪華は笑顔でお礼を言う。
「いえいえ。僕もとても楽しかったですよ」
弓弦は微笑む。
ピピピ。携帯端末のメールの着信音が鳴る。
「あ」
雪華は内容を確認する。
「バイトの招集ですね?」
「はい」
「いってらっしゃい」
弓弦は笑顔で見送る。
「いってきます」
雪華は手を振り、走り出した。弓弦はそれを見ていた。
アンドロメダ支社
「今回は宇宙背景放射に挑戦しようと思う!」
比賀登はそう言い放つ。
「え!? 本当ですか?」
雪華は驚く。
「しかも今回は映像だ!」
比賀登は嬉しそうにする。
「なんと!」
「そうなんですか!?」
雪華と解の二人はそれぞれ驚き、声を上げる。
「機材は用意した。行こう!」
二人は比賀登と共に現場へと向かった。
カシオペヤ支部 宇宙観測所
「ここが撮影現場だ」
「ここが……」
三人は建物を見上げる。
「さぁ、中へ入ろう」
雪華と解は比賀登の後ろをついて行くように、建物内へ入っていった。
「うわぁ。これ全部機材!?」
雪華は目を輝かす。そこには巨大な機材が連なっていた。
「そうだ。これを全部駆使しての撮影だ」
比賀登は得意げに言う。
「すごい」
雪華は巨大な機材を見上げ、感嘆する。
「楽しみですね」
解も機材を見上げる。
「そうだね」
雪華は笑顔になる。
「さぁ、準備開始だ」
「はい」
比賀登の掛け声に二人は返事をした。
一時間後
「では、撮影を始める」
「はい」
比賀登の合図で雪華はカメラを回す。
「では、撮影が終わるまで、ここで待機だ」
「はい」
「分かりました」
雪華と解の二人はそれぞれ、返事をする。
――どんな感じになるのかな? 映像化。
雪華は宇宙を見上げた。
――やっぱり、今日見た抽象画の動画バージョンなのかなぁ。
――楽しみ。
雪華は頭上の星空に微笑んだ。
十時間後
「さぁ、撮影完了だ。カメラを止めるぞ」
「はい」
カチッ。雪華は比賀登の指示でカメラを止める。
「さ、帰って編集だ。行こう」
「はい」
「分かりました」
雪華と解はそれぞれ、返事を返すと、比賀登と共に観測所をあとにした。
アンドロメダ支部 宇宙観測展望台
「今回の撮影はどうでしたか?」
弓弦は雪華に話しかける。
「とても楽しかったです」
雪華は笑顔で答える。
「そうですか。それは良かった」
弓弦も笑顔になる。
「今回は宇宙背景放射の撮影で」
雪華は話を続ける。
「うんうん」
弓弦はそう相槌をうつ。
「今日、見に行った美術館のあの抽象画の動画バージョンのようでした」
雪華は表情を明るくする。
「あぁ、あの抽象画の」
「はい」
「それはとても気になります」
弓弦は興味がわいたようだ。
「今度、放送されるので、良ければ」
「そうですね。見てみます」
弓弦は彼女に微笑んだ。