Big Rip
「こんにちは」
雪華は宇宙観測展望台の弓弦に挨拶をする。
「はい。こんにちは」
弓弦は笑顔で彼女の挨拶に答える。
「あれ? 機材はどうしたのですか?」
弓弦はいつもと違う彼女の様子に気が付いた。
「実は二日前から修理に出していて。今日、取りに行くんです」
「そうだったんですね」
雪華は苦笑する。そんな彼女を弓弦は笑顔で包み込むように言葉を返す。
「今は、他の荷物を少し置かせていただいても?」
雪華はそう尋ねる。
「いいですよ。機材を取りに行ったらすぐに撮影でしょう?」
「はい。実は」
「なら、問題ないです」
弓弦は笑顔で答えた。
「ありがとうございます」
雪華も笑顔になった。
「ちなみに、どこへ修理に出したんですか?」
弓弦はそれが気になった。
「アンドロメダ支部のカメラ屋さんです」
「そうですか。僕も行こうかな?」
弓弦は微笑む。
「え? 何か用事があるのですか?」
雪華はきょとんとして、問う。
「えぇ。実は、一眼レフカメラが壊れてしまって。どこへ修理にだそうか迷っていたところです」
「そうだったんですね。では、一緒に行きましょう」
「えぇ」
二人はアンドロメダ支部のカメラ屋へ向かった。
アンドロメダ支部 カメラ屋
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
店主の亀山が店の奥から出て来た。
「機材の修理を依頼していた者ですが」
雪華は伝票を見せる。
「はい。少々お待ちを」
亀山は奥へ入って行く。
「すごいですね」
カウンターの前の雪華をよそに弓弦はカメラ屋の中を探索していた。
「え?」
雪華は振り返る。
「この写真、銀河ですね」
弓弦はカメラが並ぶアクリルケースの横の壁に掛けてある写真を見ていた。どうやら、宇宙の写真の様だ。
「本当だ」
雪華は写真を見に弓弦の近くへ来た。
「これって、アンドロメダ銀河M31 ……」
雪華は写真の銀河を見て、驚いた。
「確か、その銀河は、アンドロメダ支部初代首都だったね」
弓弦は思い出して、言う。
「えぇ。そうです。私がフォトグラファーを目指したきっかけです」
雪華は少し、苦笑する。
「そうだったんですね。素晴らしい写真だったんですね?」
弓弦は微笑む。
「えぇ。もう何年も前の個展でしたが」
「そうですか」
すると、店の奥から亀山が出て来た。
「お待たせいたしました。E-11の方ですね?」
「あ、はい。これです」
雪華は慌ててカウンターに戻り、伝票を渡す。
「はい。お預かりの物です。どうぞお確かめ下さい」
亀山は奥から持ってきたカメラ一式を渡す。
「はい。確かに」
雪華はカメラ一式を確認すると、それらを受け取った。
「ありがとうございました」
亀山は頭を下げた。
「あ。管理人さんも確か修理の依頼を」
雪華は思い出す。
「そうでした」
弓弦は銀河の写真から目を離すと、カウンターへと向かった。
「この一眼レフカメラの修理をお願いしたいのですが」
弓弦は亀山に一式を見せる。
「かしこまりました。こちらの伝票に記入をお願いします」
「はい」
弓弦はそれに名前などを記入する。
「……」
雪華はそれを黙って見ていた。
「はい。では、お預かりいたします」
亀山が伝票を確認する。そして、伝票の控えを弓弦に渡した。
「お願いします」
弓弦はそれを受け取った。
「どうもありがとうございました」
亀山は頭を下げた。
「では、行きましょう」
「はい」
二人はカメラ屋をあとにした。
「大丈夫ですか? 機材重いでしょう? 半分持ちましょうか?」
弓弦は雪華を気遣う。
「いいのですか?」
「えぇ」
弓弦は笑顔で答える。
「でも、大丈夫です。いつも運んでいますし」
「そうですか」
ピピピ。携帯端末の着信音が鳴った。
「招集ですか?」
弓弦は聞く。
「はい。では、いってきます!」
雪華は走り出す。
「いってらっしゃい」
弓弦は笑顔で手を振った。
アンドロメダ支社
「今回は隣の宇宙を撮影することにする!」
比賀登は堂々と言い放つ。
「え!?」
雪華は驚く。
「第二のインフレーション期に突入した宇宙ですね?」
解は表情を明るくする。
「あぁ、そうだ」
比賀登は頷く。
「隣の宇宙はもうすぐ第二のインフレーション期に突入する。その前に起きるBig Ripを狙い、宇宙の大規模構造であるグレートウォールが崩壊するところを撮影するということですね」
解は興味深い撮影対象に嬉しそうだ。
「それじゃ、行くぞ」
「はい」
比賀登の掛け声に雪華と解の二人は返事を返した。
アンドロメダ支社 特別展望台
「今回は気を付けてくれ。全て特殊な機材だ」
比賀登は雪華に注意を促す。
「この機材だけで、宇宙の外や隣の宇宙まで撮影できるなんて、すごいですね」
解は目を輝かす。
「初めて見るの?」
雪華は問う。
「はい。実はそうなんです」
解は少し、照れる。
「宇宙予報士としての経験はまあ、あるほうなのですが、番組制作の現場はこのドキュメンタリー番組が初めてなんです」
「そうだったんですね」
雪華は笑顔でそう言った。
「準備できたか?」
比賀登が尋ねる。
「はい」
「大丈夫です」
二人はそう答える。
「カメラを回してくれ」
「はい。回りました」
雪華は特殊カメラを覗く。
「まだ、Big Ripは起きていないようです」
雪華はそう報告する。
「分かった。このまま、待とう」
「はい」
一時間後
「どうだ?」
比賀登はカメラ映像を確認している雪華に聞く。
「あ! グレートウォールが動いている!」
「何! 本当か! そのまま、カメラを回してくれ」
「はい」
さらに一時間後
「だいぶ、バラバラになってしまったね」
雪華は画面を見ながら、言う。
「そうですね」
解も画面を覗き見る。
「それじゃ、今回はここまでにするか」
「はい」
二人は比賀登の言葉に返事をした。
アンドロメダ支部 宇宙観測展望台
カシャカシャ。カメラのシャッター音が響く。雪華はカメラのシャッターをきる。
――今日も美しい。
「今日は何の撮影ですか?」
それを見ていた弓弦は彼女に尋ねる。
「ボイドです」
雪華は目線をカメラから弓弦の方へ移す。
「それは確か、銀河などの天体が存在していない、ただの空間ですよね?」
「えぇ」
雪華は弓弦の問いに答える。
「ということは、黒色ですか?」
弓弦は首を傾ける。
「はい。正解です」
雪華は笑顔で答える。
「基本は黒色ですが、ボイドの向こう側のグレートウォールが少し見えているんですよ」
雪華は熱心に語る。
「そうなんですね。なんか素敵ですね」
そんな雪華を弓弦は笑顔で見守る。
「ありがとうございます」
雪華は嬉しくなった。
「あ、そうだ。コーヒー淹れて来たのですが、どうですか?」
弓弦は持って来たコーヒーをテーブルに置く。
「もちろん、いただきます」
「それは良かった」
弓弦は笑顔になった。