ホットジュピター
カシャカシャ。とシャッター音が響く。雪華は今日も宇宙の写真を撮影する。
――よし。順調。
「今日で十ヶ月目ですね」
振り返ると、弓弦がいた。
「確か、惑星状星雲ですよね?」
彼はそう聞く。
「色は、えーっと」
「緑色です」
雪華は答える。
「あぁ、そうでした」
弓弦は苦笑した。そして、続けて、聞く。
「順調ですか?」
「はい」
雪華は笑顔で答えた。
「そうですか。それは良かった」
弓弦も笑顔になる。すると、彼は目線を下におろす。
「あ、そうだ。コーヒー淹れましたので、いかがでしょう?」
「ありがとうございます」
雪華はテーブルの席についた。
「はい。どうぞ」
弓弦は雪華の分を先にテーブルに置く。そして、次に向かいの席に自分の分を置いた。
「いただきます」
雪華はそう言うと、コーヒーに角砂糖を入れた。そして、ミルクも。
――おいしい。
雪華はいつもながら、彼の淹れるコーヒーのおいしさに癒されていた。
「熱っ」
すると、弓弦はコーヒーカップを口からはなす。
「相変わらず、猫舌ですね」
雪華は微笑む。
「こればっかりはなおりません」
彼は苦笑した。
「そうだ。管理人さん」
雪華は思い出したのか、彼のことを呼ぶ。
「はい? どうしましたか?」
「今日、カシオペヤ支部の美術館で宇宙写真展が開かれているそうです」
雪華は表情が明るくなる。
「そうなんですか?」
「えぇ。なので……」
彼女は躊躇って、語尾が小さくなる。
「もちろん。いいですよ。一緒に行きましょう」
弓弦は笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
雪華も笑顔になった。
「では、このコーヒーを飲んでからにしましょう」
二人はコーヒーを飲み干すと、出掛ける準備を始めた。
カシオペヤ支部 美術館
――わぁ。美しい。
雪華は展示されている写真を見て、表情を明るくした。とても興味深いようである。
「美しいですね」
弓弦は微笑み、彼女を見る。
「えぇ。やはり神秘的です」
雪華は銀河の写真を見て、感嘆の溜め息をつく。
――これは車輪銀河! 二百億年前までに存在していた銀河だ!
――こっちは、おおぐま座の電波銀河!
――みんな、とても美しい。私も頑張って撮影しなくては!
雪華の目には、写真の中の銀河が美しく、反射していた。
――どうやら、心に火がついたようですね。
弓弦は彼女の様子を見て微笑んだ。
「こちらは……」
「エリダヌス座の棒渦巻銀河です」
雪華が答える。
「というと、あの……」
弓弦は言いかける。
「推測の通り、現在のエリダヌス本部の初代首都のようですね」
「そうなんですね」
弓弦は再び、写真に視線を移した。
――あ。ここからは惑星状星雲のコーナーだ。
――すごい、こんなに美しい写真がたくさん。
――私に入っていける隙間はあるのかな?
余りにも美しく写っている宇宙の写真に、雪華は自身の腕のなさを実感し、少し落ち込んだ。
「どうしましたか?」
弓弦は雪華の様子を見て、心配そうに尋ねた。
「えーっと。皆さん、才能があるなって思って」
彼女は苦笑する。
「大丈夫です。前にも言った通り、僕はあなたのファン第一号です」
弓弦は笑顔で、彼女を激励した。
「ありがとうございます」
彼女は少し不安げな笑顔を見せた。
「では、続きを見ましょう」
「はい」
「とても興味深かったですね?」
「えぇ。とても」
雪華は笑顔で弓弦に同感する。
ピピピ。携帯端末の音がする。
「あ」
雪華の端末だった。彼女はそれを取り出し、メールを確認する。
「招集ですね?」
弓弦はそれを察知する。
「はい」
「いってらっしゃい」
弓弦は彼女を笑顔で送り出す。
「いってきます!」
彼女は走りながら、手を振った。弓弦はその彼女の後ろ姿を見送る。
――夢に向かって、頑張って下さいね。
弓弦は雪華の姿が人並みに消えていくまで、微笑みを送っていた。
アンドロメダ支社
「今回は、ヘルクレス支部のホットジュピターだ」
ホットジュピターとは、木星のような巨大なガス惑星が水星のように恒星に近い距離で公転している惑星をいう。恒星の重力により、自転は公転周期と同期している。
「はい」
「ホットジュピターが中心の恒星に吸い込まれて滅亡する前に、表面のガスの流動などを撮影しようとなったんです」
解が説明する。
「うん。分かった」
「では、ホットジュピターへ向かうぞ」
「はい」
比賀登の掛け声で、皆は準備を始めた。
ヘルクレス支部 ホットジュピター
「わぁ。すごい。綺麗なガスの流動!」
雪華は窓の外を覗き込む。
「確かに。ホットジュピターの特徴ですね。恒星側で熱せられたガスが冷たいダークサイドへ流れて行く様子」
「そうですね」
雪華は解の解説に同意する。
「さぁ、撮影開始」
「はい」
二人は比賀登の掛け声に反応する。雪華は高度カメラを担ぐ。
――きれい。
雪華は高度カメラを覗きながら、感嘆する。
「佐木君、あとどのくらいで恒星に飲み込まれる?」
比賀登は彼に尋ねる。
「あと十時間後です」
「分かった。白井君、そのまま、十時間撮影」
「はい。三脚に固定します」
雪華は三脚に高度カメラを固定する。
――これで、よし!
十時間後
「だいぶ、恒星に近づいて来たね」
「そうだね」
雪華は高度カメラの画面を見ながら、解の意見に同意する。
「今回の目的は、ホットジュピターが恒星に飲み込まれるところの撮影も入っているぞ」
比賀登が話しかけて来た。
「分かってます」
雪華は彼を見て言う。
「5.4.3.2.1.0…」
解はカウントダウンを始める。
ドゴォォォ。轟音が響いた。ホットジュピターが中心の恒星に飲み込まれたのだった。
「おー」
雪華は画面を見ながら、感嘆した。
「さすが、予定通りだな」
比賀登は時間ぴったりに予想した解の肩を軽く叩く。
「ありがとうございます」
――良かったね、佐木君。
今までの汚名返上を果たした解に雪華は微笑んだ。
宇宙観測展望台
「どうでしたか?」
弓弦は宇宙の写真を撮影していた雪華に話しかけた。
「え?」
雪華はその声に振り返る。
「今回のドキュメントの撮影」
弓弦は微笑みながら尋ねた。
「というと?」
雪華はきょとんとして、首を傾げた。
「とても表情が良いので」
「えーっと、とても美しかったというか、興味深かったというか」
雪華は少し、戸惑う。
「そうですか。それは良かった」
弓弦は微笑んだ。すると。
「今回も頑張りますよ?」
雪華は頼もしく、答える。
「ん? あぁ、そうですね」
「はい。休暇を取って個展用の仕上げです!」
雪華は右手の拳を上げた。
「頑張って下さい」
「ありがとうございます」
雪華は笑顔で、お礼を言った。
「撮影が完了したら、私にこっそりと見せて下さいね?」
「もちろんです」
雪華は嬉しそうだった。