超新星爆発
太陽が惑星状星雲を形成してから、五百億年後の未来。人類は四次元空間を拠点として発展した第四宇宙連合へ加盟していた。マルチバース宇宙論は確定され、人類も別の四次元宇宙空間へと進出していった。
1.超新星爆発
――今日も美しい。グレートウォール。
白井雪華は、本業であるフォトグラファーの仕事でグレートウォールの写真を撮影していた。ここは、宇宙コロニーの宇宙観測展望台。地球の夜空の代わりに、ここからは宇宙空間が見える。
「こんにちは」
彼女の背後から声が聞こえて来た。彼は関弓弦。この宇宙観測展望台の管理人である。
「お邪魔しています。管理人さん」
雪華は写真を撮影する手を止めて、彼に挨拶を返した。
「どうですか? 撮影の方は」
弓弦は彼女に微笑む。
「ばっちりです」
雪華は微笑み返し、手でOKサインを作る。
「そうでしたか」
弓弦はそう言って、持ってきたものをテーブルに置いた。
「コーヒーはいかがですか? 一息つきましょう」
彼が持ってきたものは二人分のコーヒーだった。コーヒーカップの横には角砂糖とミルクが添えてあった。彼女もブラックでは飲めない。
「はい! ありがとうございます」
雪華はいつも通り、笑顔でお礼を言った。弓弦の作るコーヒーはとてもおいしいと思っているのだ。
「今日は宇宙の大規模構造、グレートウォールの撮影でしたね」
弓弦はコーヒーに角砂糖を入れる。ミルクも入れると、スプーンで少し、コーヒーを混ぜる。
「えぇ。今回はきれいに撮影できそうです」
雪華も角砂糖を入れている。ミルクも少々。
「それは良かった」
弓弦は微笑む。彼女の成功をいつも応援してくれていた。
ピピピ。携帯端末から、電子音が鳴る。雪華のものだった。
「あ。ごめんなさい。バイトの招集がかかってしまいました」
雪華は携帯端末を操作する。メールを開き、確認していた。
「おー。あの宇宙ドキュメンタリー番組の撮影ですよね?」
弓弦はそれを聞いて、表情を明るくする。彼女は、芸術作品を撮影している本業では、まだ生計を立てられず、アルバイトでドキュメンタリー番組のカメラマンもやっていた。
「はい。一旦、アンドロメダ支部の支社によってから行きます。では」
雪華はそう言うと、本業の撮影機材を片付け、走り出した。
「いってらっしゃい」
弓弦は彼女の後ろ姿を見て、笑顔で手を振った。
アンドロメダ支社。ここはテレビ局のアンドロメダ支部。本社はエリダヌス本部にある。エリダヌス本部はこの地球のあった四次元宇宙の首都がある区域である。
――カメラ、カメラ。急がなきゃ。
雪華は慌てて走る。正面玄関まで来ると、彼女は首から下げている身分証明書を機械にかざす。そして、ゲートが開いた。すると、ドゴッと鈍い音が鳴った。
「いったぁ」
雪華は何かにぶつかり、地面にしりもちをついた。彼女は痛みに耐えて、目を開ける。すると、そこには青年がいた。相手も倒れていた。
「痛い」
彼もしりもちをついて、痛がっているようだ。しかし、彼は痛みに耐えながら、立ち上がり、雪華の心配をしていた。
「大丈夫ですか?」
雪華はその声に答えるように聞き返す。
「すみません。あなたは?」
雪華は自分を心配してくれたその青年に気をつかった。一方、彼は自己紹介をしようとしていたが、雪華の身分証明書を見ると、なぜか、焦り出した。
「こちらこそ、すみ……あ!」
「え?」
「行きますよ!」
彼は雪華の手を掴むと、ゲートを抜け、外へと走り出した。
「え? え!? どこに!?」
雪華は手を引かれながら、その青年に尋ねる。
「現場です!」
青年はそう答えた。振り返らずに走る姿は、一応、美しい。
「え!?」
――この人は誰だろう?
雪華は身分証明書が下がっているはずの胸元を見る。すると、そこには、彼のテレビ局内での職業が書かれてあった。
「もしかして、宇宙予報士さんですか?」
雪華は思わず、尋ねる。
「はい。新しくこの番組に配属されました。佐木解と申します」
その青年、解は振り向き、答えた。整った顔立ちが見えた。
「っていうか、どうして私の顔知っていたんですか!? 初めてですよね」
その美しさに驚きながらも、雪華は解に聞いた。
「班長から、集合写真を見せてもらいました。その時に氏名と顔を全員覚えましたので」
彼、解は答える。笑顔が見えた。照れた笑顔はまだ若い。
「そうなの!?」
――意外とすごい。
まだあったこともない自身の名前も覚えてもらえていて、雪華は少し嬉しくなった。
「急いで現場へ向かわないと、超新星爆発に間に合いません」
「え!?」
どうやら、バイト先のドキュメンタリー番組の取材が急を要しているようだ。
「もう、ニュートリノの大量放出が始まっています」
その言葉に雪華は、現場がどこか見当がついた。
「もしかして、現場って赤色巨星!?」
赤色巨星は、自ら輝くことの出来る恒星の最期の姿である。ニュートリノを放出し始めると、もうすぐ超新星爆発を起こし、死を迎えるのである。
「はい。その通りです。赤色巨星からの超新星爆発を撮影します」
解は走る。すると、遠くにあった宇宙ステーションの出国ターミナルが見えて来た。
「え!? っていうか、カメラは!?」
撮影には機材がいる。カメラマンの彼女には必須アイテム。しかし、さっき局に着いたばかりの彼女にはその用意をする時間がなかった。それにより、機材の心配をしていた。
「機材はもう既に積み込み済みです。さぁ、行きましょう!」
解は笑顔で宇宙シャトルへと向かった。
宇宙ステーション出国ターミナル
「出国ターミナル第55宇宙シャトルが我々の便です」
解は立体映像で表示された案内板を指さして言った。雪華はそれを確認する。文字が空中を流れて行く。
――第55は向こうか。
二人はシャトルへと進んだ。
「よう! お前ら間に合ったな。遅かったら、置いて行くところだぞ」
声が聞こえた。そこにはこの宇宙ドキュメンタリー番組の撮影班、班長がいた。彼、比賀登は軽く手を上げ、こちらへ来いと促す。
「班長、すみません」
雪華は頭を下げる。時間がぎりぎりになってしまい、申し訳なさそうにした。
「佐木君。助かったよ。彼女を連れて来てくれて」
比賀登は笑顔で感謝の言葉を送った。彼は強面だが、アンドロメダ支社一、温厚だ。
「どういたしまして」
解は完璧な笑顔を見せる。
「さ、現場へ向かうぞ」
比賀登は二人を宇宙シャトルに乗せると、搭乗口の扉を閉めた。
アンドロメダ支部 赤色巨星
「おぉ。見えてきたぞ」
比賀登は、目的のそれを窓から目視した。
「今回は、赤色巨星の超新星爆発の撮影の前に、この惑星系の住民に話を聞く」
彼は振り返り、二人に告げる。
「見えて来ただろう? あの宇宙コロニーの中だ」
比賀登は、目視の出来る窓から宇宙空間に浮かぶ、宇宙コロニーを指さして、二人に確認させた。
《宇宙シャトル収納完了いたしました》
「行こう」
三人は開いた扉から宇宙コロニー内へ入って行く。
「こんにちは」
比賀登が挨拶をする。
「初めまして。アンドロメダ支社からまいりました、比賀登です」
「白井雪華です」
「今回は、赤色巨星に飲み込まれた第4惑星について教えていただきたいのです」
「はい。分かりました」
住民は承諾する。雪華はカメラを担ぎ、撮影を開始する。
「どのような惑星でしたか?」
比賀登はインタビューを開始する。
「水という物質に恵まれた惑星でした。ちょうど、あなたたちの地球と似ていると思います」
住民は答えた。
――地球と?
雪華は学生時代に見た、地球の写真を思い出した。彼女は地球には詳しくなかった。生まれた時には既に、白色矮星になった太陽により、崩壊していた。
「まぁ、私もあなたたちと同じで資料でしか見たことはありませんが」
住民は少し、苦笑する。
「確かに。地球はもう既に太陽の超新星爆発と共に滅亡していますから。しかし、生命体たちはすごく独特で、地球とは似ていませんよね?」
比賀登は少し、微笑みかける。
「えぇ。まぁ、似ているとしたら、私たちも目が二つあるということだけでしょうか?」
住民は少し、気をゆるした。
「そうですね」
比賀登は笑顔でインタビューを終えた。
《緊急情報。光崩壊を観測。もうすぐ超新星爆発が起こります》
監視機器がそうアナウンスをした。
「班長」
雪華はカメラを止めた。そして。
「とうとう来たか。行くぞ」
「はい」
今度は高度カメラを担いだ。
「爆発一分前」
宇宙予報士の解が知らせる。
――宇宙コロニーは避難したよな?
雪華は住民のいる宇宙コロニーを目視した。
――まだいる! どうして!?
「おい。どうした?」
比賀登が振り返る。
「班長! まだ宇宙コロニーが避難完了していません!」
雪華は伝える。
「解! どうなっている!」
比賀登は解の方を向き、叫ぶ。
「今、連絡します」
「……」
「どうだ?」
比賀登は急かす。
「ダメです。応答ありません」
解が答える。
「どうするんだ。この赤色巨星は太陽より300倍大きい、極超新星だ。爆発のあとはブラックホールになる」
「危険ですね」
雪華は悩む。
「超新星爆発のエネルギーには耐えられても、そのあとのブラックホールに吸い込まれて、潮汐力で素粒子レベルにまで分解されてしまう」
彼、解は絶望する。が。
「仕方ない! あの宇宙コロニーに近づいて、そのまま道連れにワープするぞ!」
「え!」
班長、比賀登の提案に二人は驚いた。
「ワームホール型ワープは、空間に穴を開ける。だから、そのままあの宇宙コロニーもその穴へ誘導するんだ」
「はい!」
雪華は高度カメラを下すと、操縦席へ座る。
「今、向かいます」
《爆発まで30秒》
シャトル内にアナウンスが流れる。
「急げ。もうすぐだ!」
「はい」
――おかしい。全然、追いつけない。
雪華は違和感を覚えた。
「まさか、光速型ワープを行っているんじゃないか!? あの宇宙コロニー!」
解が先に正解に気付いた。
「何だって! このままじゃ、追いつけないぞ!」
比賀登は驚き、慌てた。
「今から光速型ワープをしたって、間に合わないよ!」
《残り20秒》
再び、アナウンスが流れる。
「向こうに連絡は取れないのか?」
比賀登は聞く。
「……」
「どうだった?」
「反応ありません」
解は答える。
――どうしよう。
「こうなったら、二度ワープしよう」
――え?
比賀登は再び、二人に提案する。
「一回目のワープで宇宙コロニーへ。二度目でアンドロメダ支社まで。できるか?」
比賀登は雪華へ聞く。
「出来ます」
雪華は頼もしく、答えた。
《爆発まで残り10秒》
「行くよ!」
「おう」
雪華の掛け声に、二人は答える。
《ワープします》
自動アナウンスが流れる。
「白井! もう一回だ!」
「はい!」
《ワープします》
「行けー!」
雪華は叫ぶ。
《爆発まで残り3.2.1…》
――間に合って!
ドゴォォォと轟音が響いてきた。そして、機体が揺れる。
「おい! ワームホール内にまで爆発のエネルギーが!」
比賀登は後方を確認して、叫ぶ。
「大丈夫なはずです。機体はこのエネルギーに耐えられます」
宇宙予報士の解は答える。
「見えた! アンドロメダ支社!」
操縦席にいる雪華が前方を指さす。
「よし! 帰って来た!」
比賀登は表情を明るくする。
――良かった。宇宙コロニーも助かっている。
雪華は目視でそれを確認した。
《ワームホール閉じます》
自動アナウンスが知らせた。
「助かったぁ!」
雪華は操縦席で安堵した。
「超新星爆発の映像は撮影できませんでしたね」
解が少し、申し訳なさそうに言う。
「まぁ、宇宙コロニーの人たちが助かったから、プラスマイナスゼロだな」
比賀登は清々しそうだった。
「それがいいですね」
「そうだね」
雪華と解はお互い、微笑み合った。