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3話 二人での旅立ち

 俺は手にしたマグカップを落としかけた。

 反逆者の公爵令嬢ソフィアの追跡に、クレハはついてくると言い切った。でも……そんなわけにはいかない。


 俺は慌てて首を横に振った。


「ダメだよ。クレハは家で待っていてほしい」


「どうしてですか?」


 クレハは銀色の瞳で、真摯に俺を見つめた。クレハは、本気で俺についてくるつもりらしい。


「公爵令嬢ソフィアは、近衛兵を殺した危険な相手だ。クレハにもしものことがあったら、俺の両親にも、クレハの両親にも、顔向けできない」


「なら、義兄さんは危ない目に合ってもいいんですか?」


「俺は元宮廷魔導師の軍人だよ。自分の身は自分で守れる」


「わたしだって、そうです。いつまでも……わたしも子どもじゃないんです」


 クレハはそっと自分の胸に手を当て、そして、顔を赤くした。


「わたしも義兄さんの役に立ちたいんです。わたしだって、士官学校の学生ですし、多少は役に立ちます」


 そう。クレハは、王立魔法軍士官学校の生徒だった。まだ士官候補生という立場だけれど、彼女には軍人の資格がある。


 もともと、俺はクレハの士官学校入学にあまり賛成ではなかった。クレハには危険な目にあってほしくなかったのだ。けれど、クレハは、両親のように、そして、俺のようになりたいと言って、士官学校に入学した。


 入学から二年が経ち、クレハは相当に優秀な成績を収めているとも聞いている。それは座学だけでなく、魔法や戦闘の実技においてもだった。


「今は、士官学校も夏休みですし、わたし一人で、この家に残っている方が危ないかもしれませんよ」


 それはそのとおりで、最近の王都はあまり治安も良くない。大戦の終結で、解雇され、職を失った兵士たちで溢れていて、彼らの一部が強盗に入ったりすることもある。


「それに義兄さんは、国王陛下から……疑われているんですよね?」


 クレハは王都に留まる危険をもうひとつ挙げた。


 ソフィアの追跡中に事情が変わって、俺が反逆者として追われることになったとする。そのときは妹のクレハをも政府は捕らえるだろう。最悪、クレハを俺に対する人質にするかもしれない。


「それなら、わたしは義兄さんのそばにいた方が安全でしょう?」


「まあ、たしかに、何かあっても、俺が守ることができるか」


 嬉しそうに、クレハはうなずいた。俺は少し考え、そして決めた。

 クレハを連れて行った方が、リスクが少なそうだ。


「わかったよ。まあ、休暇中の旅行だと思うことにしよう」


「義兄さんと旅行、楽しみです!」


「ただし、ソフィアを捕まえるのは、俺一人で行う。いい?」


「はい。でも、義兄さんが危なくなったら、いつでも助けますからね?」


「俺はこれでも大戦の七英雄だよ。公爵令嬢に負けたりはしないさ」


「……そうですね。義兄さんは無敵ですから」


 クレハはふわりと微笑み、銀色の髪が揺れた。


 そして、俺は、クレハの手料理を堪能して、そして部屋に戻って眠ることにした。

 早速、明日の朝から出発だ。


 俺はベッドに寝転がり、考えた。

 公爵令嬢のソフィア。

 かつてこの国で最も高貴な地位につく予定だった少女。だが、未来の王妃の地位も、家族も、すべてを失った。

 ソフィアはいま、何を考え、どんな思いで逃亡しているのだろう?


 そして、俺はそのソフィアを殺すことはできるのだろうか? 俺は戦場で無数の人を殺したが、処刑人になったことはない。


 俺は天井へと手を伸ばした。ソフィアは王太子の婚約者の地位を失い、俺も宮廷魔導師団の副団長の地位を失った。そのソフィアを俺は処刑しようとしている。

 ソフィアを首尾よく抹殺したとして、その後に、いったい俺はどうすればよいというのだろう?


 王女ルシアは、任務に成功すれば、宮廷魔導師団への復帰もありうると言った。ルシア自身は、本心からそれを望んでくれているのかもしれない。けれど、国王陛下たちが俺に不信感を持っているのに、状況がそれを許すだろうか?


 何より、俺自身も宮廷魔導師団を率いて、王のために働きたいとは思えない。かといって、俺はそれ以外の生き方を知らないのだ。


 戦争のときは、俺は英雄扱いされ、必要とされていた。これから、俺は誰に、どんなふうに必要とされればいいのだろう?


 こんこん、と寝室の扉を叩く音がする。こんな時間に誰だろう、なんて思うこともない。

 この家には、たった一人しか家族はいないんだから。


 俺が扉を開けると、薄い青色の寝間着姿のクレハがいた。枕を抱きしめ、恥ずかしそうに俺を上目遣いに見つめる。


「すみません。こんな時間に……その……眠れなくて……」


「何か不安がある?」


 俺が尋ねると、クレハは顔を赤くして、首を横に振った。


「明日からの義兄さんとの旅が楽しみで……興奮しすぎて眠れないんです」


「ああ、なるほど」


 俺はくすっと笑い、クレハも「えへへ」と笑った。


「紅茶でも淹れるよ」


「はい!」


 クレハは嬉しそうにうなずいた。少なくとも、ここに一人、俺を必要とする人間はいる。

 ともかく、無事に任務を終わらせることにしよう。これからどうするかを考えるのは、それからでも遅くない。


 ソフィアとの出会いが、俺とクレハの、そして王国の運命を大きく変えることになるとは、このときは思いもしなかった。

次回はたぶん戦闘回。


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