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LAST LORD  作者: トミ
第三章 往路にて
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シバの村2

 夜明けの気配がして、クライブは目を覚ました。レンデにいた時は、工房の朝が早かったから、すっかり早起きが癖になってしまっていた。

 この部屋には、厚いガラスが嵌め込まれた小さな木窓が一つあるだけなので、かなり暗い。外を覗くと、黒い木立の向こうに薄紫色の空が見えた。

 窓を押し開けると、古い木枠の蝶番が、渇いた音を立てた。澄んだ冷気が頬を撫でる。そのまま景色を眺めようと身を乗り出しかけて、思いとどまる。


「朝まぐれと夕まぐれに、南の空を見てはならない」


 昨日、テトにも村長にも繰り返し言われた言葉を思い出したのだ。それを言うときの彼らは、厳しい面持ちをしていた。

 この窓は北向きなので、首を回した所で南は見えない。それでも、なんとなく顔を出すのは躊躇われて、窓を閉じた。寝巻きのまま外気に当たったせいか、クライブは寒くなって身震いした。まだ秋だというのに、この寒さだ。いったい、冬にはどのくらい冷えるのだろう。彼は、寒いのが苦手なティナのことを思い出し、少し気の毒になった。

 もう一度横になってみたが、冷気にあたってすっかり目が冴えてしまっていた。と、階下で人が歩き回る気配がした。もう、誰か起きているのだろうか。

 クライブが着替えて階段を降りると、リビングのかまどには、もう火が入っていた。奥の台所から、誰かが立ち働く音が聞こえる。

 しゅうしゅうと音が聞こえた。かまどの上で、丸くて大きなヤカンが湯気を吹き出していた。その音を聞きつけてパタパタと出てきた丸顔の中年の女性が、クライブに気づいて目をぱちりとした。


「あら、あら。おはようございます、クライブ様。ずいぶん早起きですねぇ。夕べは眠れましたか?」


 そう言って、ヤカンのように丸っこい顔をニコニコさせてくれる。彼女はキイナ。村長の娘だ。おちょぼ口がイナ村長によく似ている。昨日は突然村にやって来たクライブに嫌な顔一つせず、食事や寝所の世話をしてくれた。

 クライブは、何か手伝えることはないか聞いたが、いいえ座っていて下さいと白湯を出されてしまった。一口飲むと、染み渡るように身体が温まるのを感じた。口当たりの優しい、美味しい白湯だ。クライブはリィネの村を思い出した。

 彼はしばらく、ストーブを眺めていたが、座っているのもなんだか邪魔になる気がして、少し体を動かしてきます、と声をかけて外へ出た。

 戸口を出て、ひやりとした空気の中で伸びをする。家の裏手が広くなっていたので、そこで剣を抜いて素振りをすることにした。リィネ村を出てから、剣を抜くことが少なくなってしまった。たまには訓練しないと腕がなまってしまいそうだ。

 少しの間素振りをして、身体が暖まる頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。家に戻って戸口を開けると、いい匂いが漂った。朝ごはんの支度が出来たようだ。


「おはようございます!」


 クライブがリビングへ入るやいなや、元気な声が飛んできた。見ると、木の盆に、お粥の入った木皿を乗せた少年が立っていた。十二、三歳くらいだろうか。よく日に焼けていて、にいっと笑った口元にえくぼが可愛い。快活そうな様子がなんとなく、リィネ村のエッジを思い出させる。

 少年の髪色はクライブと同じ、黒い色をしていた。魔力を持たない者の色だ。

 よく見ると、その後ろに、彼と同じくらいの少年がこそこそと隠れてこちらを伺っている。こちらも黒髪だ。クライブは少し驚いた。リィネ村では、黒髪はクライブ一人だけだったのだ。村を出てから何人か見かけたが、やはり珍しい髪色ではあった。


「おはよう。」


 挨拶を返すと、少年はテーブルに盆を置いてくれた。


「朝ごはん、どうぞ!」


 そう言って、少年はまたニカッと笑った。そんな彼の後ろで、もう一人の少年は恥ずかしそうにもじもじしている。


「ありがとう。君も。」


 クライブは礼を言って、後ろの少年にも声をかけた。そして、彼の顔を覗いて、おやと眉を持ち上げた。盆を持ってきた少年とそっくりな顔をしている。


「おれ、オト!こいつは弟のイト。おれたち、双子なんだぁ。よろしく、にいちゃん。」


 オトが元気にそう言って、後ろのイトは恥ずかしそうにぺこりとした。なるほど、双子ならば、髪色も顔も同じなのも頷ける。だが、ずいぶん性格は違うらしい。彼らの後ろから、いつの間にかやってきていたキイナが声をかけた。


「クライブ様、その子達はあたしの息子達です。昨夜は紹介出来なかったのですが、どうしても巡礼の勇者様に会いたいとうるさくって。」


 とすると、村長の孫たちにあたるのか。クライブは頷いて、彼らによろしくと挨拶した。


「親のあたしが言うのもなんだけど、この子達は幼いながらに腕の良い狩人でねぇ。昨日の夕飯の山バシも、この子達が獲ってきたのですよ。」


「山バシ?」


「鳥ですよ。ほら、山にいて、クチバシがあるでしょう。」


 キイナは、昔の人も単純な名前をつけたもんだと笑った。クライブも笑った。


「昨日の鍋は美味しかった。ありがとうな。」


 双子に声をかけると、オトは得意げに笑って鼻をかいた。イトも、兄に隠れて照れたように笑った。クライブはイトが笑ってくれて嬉しかった。


「にいちゃん、朝食がすんだら、おれたちが村を案内してあげる!」


 胸を張ってオトが言って、隣のイトがはにかんだように口をもそもそさせた。


「クライブ様は勇者様の末裔なのだから、失礼のないようにね。」


 クライブは、そう畏まらないで欲しいと言おうとしたのだが、鈴のような楽しげな声に先を越された。


「そんな、かしこまらなくてもいいよ。ねっ!」


 やっと起きてきたらしいティナが、階段を軽やかに下りてきた。最後の一段をポンと飛ばし、身軽に着地する。風の耳飾りがチャリンと鳴った。


「わ、そっくり!キミ達、兄弟?双子なの?」


 そして挨拶もそこそこに、少年達に絡み始めた。オトは、突然舞い降りたティナに目をぱちくりさせたが、すぐにニコニコと話しかけた。


「うん、おれ、オト!こっちはイト!ねえちゃん、獣人?尻尾、触ってもいい?」


「これ!オト!失礼でしょうが!」


 ティナが答える前に、母親から雷をくらって、オトは飛び上がった。イトと、ティナまで一緒に飛び上がった。

 ひええと戸口から逃げ出して行く二人を、キイナは腰に手を当てて睨みつけた。それから困った顔で振り向いて、ティナに頭を下げた。


「全く…。ティナ様、すいません。」


「んーん、いいよいいよ!気にしないで、仲良くして欲しいな。キイナさんも。」


 ティナは、全く気にしていない様子で笑っている。キイナは恐縮ですとばかりに、手をもじもじさせた。その仕草は、イトに似ていた。


「クライブ様もティナ様も、驕ったところがなくて本当にお優しいですねぇ。じゃあ、お言葉に甘えて、気さくに話させて貰おうかしら。ふふ、実は、村長の娘として、勇者様をもてなさなくちゃって少し気合い過ぎちゃってたのよ。」


 キイナはそう言うと、手を口に当てて、可笑しそうに笑った。昨日から客人扱いに、少し疲れてしまっていたクライブは、安心したのだった。


「助かるよ。一冬をここで過ごす訳だし…。仕事も手伝いたいから。」


「そうですか。では、そうしましょう。あら、でも息子達が失礼なことをしたら、ガツンと叱ってくれて良いですからね!」


 そう言ってキイナは、拳を振り上げて見せた。快活で、楽しいおばちゃんだ。二人は笑って、朝ごはんに取り掛かった。

 昨日のスープで煮込んだというお粥は、とても美味しかった。ピリリとした木の実の粉末が入っている。不思議な風味だが、優しい味わいのお粥によく合うし、身体が暖まるようだった。

 あっという間に平らげてしまって、二人はキイナに礼を言った。


「そういえば、村長は?」


「母さんなら、カント様の所です。カント様は村の占い師で、色々な助言をして下さるの。」


 カント様については、昨日の夕飯の席で、村長から名前を聞いた。村の長老で、とても知識が豊富なので、シバでは大事な決め事は、カント様に相談して行うらしい。


「そうか、じゃあ、挨拶に伺ったら方がいいな。おれ達が会いに行っても迷惑じゃないかな?」


「ええ。母さんもそのつもりで、後でクライブ様達を案内するようにと、息子達に言いつけて行きましたから。」


 そこで、ちょうどタイミングを見計らったように、カタリと音がした。見やると、戸口から、こそこそとオトが伺っているのが見えた。キイナが、呆れたように肩をすくめる。ティナがケラケラと鈴のような声で笑った。それでバレたことに気付いたオトが、戸の影から顔をひょっこりと出した。


「あのお、さっきはごめんなさい…。朝ごはん、食べ終わった?」


 おずおずとそう言ったオトだが、ティナが怒っていないらしいのを見ると、ニコニコと側に寄ってきた。イトはまだ戸口の側でもじもじしている。


「おれ達、ばあちゃんに村の案内を頼まれてんだ。先ずは、カント様のとこに挨拶にいこうよ。」


 そう言って、オトはクライブの手を引いた。


「ありがとう。よろしく頼むよ。」


 クライブが答えて立ち上がると、オトは嬉しそうにニコニコした。素直で可愛らしい少年だ。


「ちゃんとご案内するんだよ。失礼のないように!」


 何度目かの小言を言われ、オトは、はあいと頭をかいた。彼に手を引かれて、外へ出る。少年の手はクライブよりも小さいが、右手の親指の付け根に硬いタコがあった。弓を使うのだろう。そういえば、狩人だと言っていたっけ。

 そんなことを考えながら戸口を出ると、ティナがこっそりと双子に耳打ちするのが聞こえた。


「ねえねえ、後で、ちょっとだけなら尻尾を触ってもいいよ。」


 何かと思えば、そんなことを言っている。


「いいの?やった!」


 オトはガッツポーズをしてはしゃいだ。彼らのやり取りが面白くて、クライブは笑った。


「母ちゃんには、内緒にしてね…。」


 イトは、まだキイナに怒られることを恐れているのか、おずおずと付け加えた。


「はやくはやく!」


 オトが先に駆け出して、道の先で振り返って呼んだ。クライブは妹の幼い頃を思い出し、微笑ましく思った。

 故郷を離れて、じき一年になる。妹は元気だろうか。アスカは何をしているだろう。

 故郷に帰るのは、もう少し先になりそうだ。歩き出しながら、クライブはひと時リィネ村に想いを馳せた。

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