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LAST LORD  作者: トミ
第三章 往路にて
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シバの村1

 それからの村までの道のりは、なかなか険しいものだった。傾斜のきつい、岩ばかりの道が続いている。それでも雪ロバは、ぶるんぶるんと荒い息を吐きながら、一行と荷物を乗せた荷馬車を引き、坂道をがしがし登っていく。頼もしいことだ。

 急な勾配のある曲がり道では、荷馬車が倒れてしまうのではないかとハラハラしたし、荷馬車ギリギリの幅しかない崖っぷちの道を通った際なんかは、肝が冷えた。

 その度に、テトは慣れた様子で手綱を操り、荷馬車を先へと進めて行く。ティナはというと、すごいねぇと気軽そうに笑っている。彼らを見ていると、クライブは、自分は思っているより怖がりなのかもしれないと思った。

 高く登るにつれ、白刃山から吹き下ろす風は強く、冷たくなっていく。クライブは、はためくマントを手繰り寄せた。


「この辺は、土が硬くて風が強いから、高い木が育たねえんだ。もう少し行けば林に入るからよ。そしたらすぐシバの村だ。あとちょっとの辛抱だよ。」


 寒がりなティナは、マントを巻き込んでみのむしのようになってしまっている。


「風が強くて、しんどいこともあるんだねぇ。ここには風の精霊様がいないからかなぁ。」


 彼女はそう言ってから、首までマントに埋まってしまった。コモルでは、風は優しく恵みを運んでくるものだった。この土地の風には、それとは違う厳しさがある。

 だんだんと近くなってくる白刃山は、より高く、大きく見えた。聳え立つ灰色の岩山は、頂が雪で白く染まっていた。まさしく、掲げられた白刃のようだ。

 山の麓の、勾配が急になる手前。例えるなら剣の柄の部分は、針葉樹の林になっていた。馬車が木々の間に入ると、少し風が和らいで、クライブはほっとした。座っているだけなのに、ずいぶんと疲れた。雪ロバがいなければ、たどり着けなかったかもしれない。


「もう昼だが、あと少しで村に着く。このまま向かっちまおう。」


 テトの言った通り、林に入って少し進み、木立の道を曲がると唐突に、村が現れた。太い丸太を組んで作られた、クライブの背より高い壁に囲まれている。

 村は、丸太の壁に囲まれており、門も丈夫そうな厚い板で作られている。その頑強な様子にクライブは驚いたが、狼や熊を避ける為だと聞いて納得した。

 村の入り口に荷馬車が着くと、どこから見ていたのだろう。両開きな門戸が開き、二人の男が出てきた。

 彼らは、クライブとティナを見て、驚いたようだった。怪訝な顔をする彼らに、テトはリィネの末裔の方が巡礼に来たのだと説明した。彼らは、ははあ、と言って頷いた。驚いたのか納得したのかわからないが、怪しい者ではないことは伝わったようである。

 それでも、彼らはテトと話している間、こっちを、ちらちら見てきていた。来訪者は珍しいらしい。クライブとティナは、少しそわそわしながら荷馬車の傍で待っていた。

 少しして、門番の男の内一人が村の中へ走り出し、テトがこちらに歩いて戻ってきた。


「先に、村長に話を伝えて貰うよう頼んでおいた。荷馬車を停めてから、俺が案内しよう。もう少し、荷馬車に座っててくれ。」


 お言葉に甘えて、二人は荷馬車に乗り込む。テトが雪ロバの首を叩くと、手綱を引いて歩き出した。もうすぐ食べ物のある小屋で休めるのを知っているのだろう、雪ロバの足取りは軽快で、どこか嬉しげだ。長い道のりに耐えた荷馬車は、巡礼者の二人を乗せ、ゴトゴトと村の中へ進み出して行った。


 シバの村は、テトの言う通り素朴で小さな村のようだ。小さな畑を通り過ぎると、家畜小屋があった。柵の中で、雪ロバが三頭、干し草を喰んでいる。荷馬車を引いている雪ロバが、そちらに向かいそうになって、手綱でテトに引き戻され、不満そうに鼻息を吐いた。

 家畜小屋の近くにあった倉庫に荷馬車を停める。ここからは徒歩だ。ティナは、ありがとうと雪ロバの背を撫でた。荷下ろしを任せられた倉庫番の男は、獣人が珍しいのか、目を丸くして彼女を見ていた。

 三人は、村長の家に向けて、ゆるやかな坂道を歩き出した。歩きながら、クライブは村の奥へ続く小道を見上げる。山の傾斜をそのまま使っているのだろうか、道の先へ行くにつれ、小高くなっている。三角屋根の木造りの家屋が立ち並んでいるのが見えた。

 午前中、ずっと荷馬車に座っていたので、歩き出すと身体がほぐれて気持ち良い。隣で、ティナがうーんと伸びをした。しかし、すぐに背を丸めてマントの前を手繰り寄せた。


「道中ほどないけど、ここも寒いねぇ。」


 そう言ってぶるりと身を震わせる。確かに、日は高く、晴れてはいるが、山の空気は冷たい。クライブも身体が冷えてしまっていた。そろそろ腹に何か入れたい。


「この村には、勇者リィネの伝説がよく伝わっていてね。リィネからの巡礼者は歓迎してもらえるだろう。村長のことだから、昼飯を準備してくれてると思うぜ。」


 彼の考えを見透かしたようにテトが言ったので、クライブは少し可笑しくなった。


「アタシも、お腹ぺこぺこ!」


 ティナも同様だったようで、急に元気を取り戻し、軽快に歩き出した。その様子を見てテトが笑った。

 村長の家は、上り坂を登った先にあった。石垣に囲まれていて、他の家よりも大きいが、三角屋根は同じだ。石垣の門の柱に、テトの帽子と同じ赤い紋様が描かれていた。シバの村のシンボルマークだろうか。

 テトが戸を叩いて中に入り、クライブとティナも続いて戸をくぐる。村長の家の一階は広く、中央に大きなテーブルがあった。部屋の奥で暖炉がパチパチと燃えている。リィネ村の宿屋と似ている作りだ。おそらく、村の集会所も兼ねているのだろう。

 そのテーブルの周りには、十人程度の男達が集まっていた。彼らが一斉にこちらを向く。クライブは、もしかすると歓迎されないのかと少し身構えた。


「村長、ただいま戻りました。こちらは、勇者リィネの末裔であるクライブ殿と、その従者のティナ殿。見聞を広げる為、巡礼の旅の途中でシバを訪れたとのことです。」


 テトが声を張ってみんなにそう告げ、クライブとティナは思わず背筋を伸ばした。


「まあまあ、それはそれは。よくおいでくださいました。」


 彼らの中から、思いがけず、柔らかい声が聞こえたので、旅人の二人はキョトンとした。よく見ると、テーブルの一番奥に、小柄な老婆が腰掛けていた。大柄な男達に隠れて、すっかり見落としていた。


「わたしがシバの村の村長をしている、イナと言います。」


 イナ村長はそう言うと、しわしわの口元をすぼませてニコリと笑った。丸顔の、優しそうなおばあちゃんだ。白髪を頭の上でお団子にして、赤い飾りのついたカンザシで留めている。暖かそうな毛皮のガウンを羽織っていた。


「滞在中は、この家に泊まって下さいね。そんなに、かしこらまずに。」


 背筋を伸ばしたままの二人に、村長は優しい声で言った。老婆は細い目を、ますます細めて微笑みかける。目尻の皺がぷくりと伸びて、柔和な印象を与えた。


「クライブ様、よろしければ巡礼の証を見せて頂けますか?」


 イナ村長に請われて、クライブは胸元から巡礼の証を取り出し、差し出した。透明な水晶にリィネの紋章が掘り込まれたそれは、内に青、緑、赤に輝く結晶を閉じ込めている。三つの精霊のほこらを巡り、水、風、火の魔力を宿した証だ。


「これは、間違いなくリィネの紋章。ありがたや、ありがたや。この村に勇者の末裔様がいらっしゃるなど、何年ぶりでしょう。」


 そう言って、手を擦り合わせて拝むようにして感謝を述べた。クライブは大変恐縮したが、喜んで貰えて嬉しいと思った。


「旦那、良ければ、俺たちにも巡礼の証を見せて貰えないか?」


 周りの男たちの一人が、クライブに声をかける。彼は門のところにいた男だ。


「もちろん、どうぞ。」


 彼らの前に巡礼の証が回ると、おおっとどよめきが起こった。体格の良い男達が、揃ってずいとテーブルに屈んで覗き込んだので、かなり威圧感を感じる。彼らは一様に、ははあ、なるほど、と感心したように頷いている。

 どうやら、テトの言う通り、巡礼者というものはこの村では歓迎される存在らしい。クライブは一安心して、先祖達に感謝をした。


「カント様に、お伝えした方がいいかい?」


「明日の朝でいいだろう。もうお休みになられている。」


「掟のことは?」


「もう伝えてあるよ。」


 男達があれやこれやと口に出し、テトが答えていく。クライブは隣で聞きながら、テトはこの村でなかなか顔がきく存在なのかもしれないと思った。


「さあ、みな、クライブ様もお疲れでしょう。しばらく滞在されるとのことですから、お話はまたにしましょう。」


 イナ村長が皆に声をかけ、この場は解散となった。一同、どやどやと挨拶をしては退出していく。立ち上がると、男達は皆背が高くがっしりとしている。厳しい山での生活で鍛えられるのだろう。

 そんな彼らが、小柄でおっとりしたイナ村長に従っているのが、なんとも可笑しくて微笑ましい。


「クライブ様、滞在中はこの家でお休み下さい。二階に部屋を用意いたします。今、食事のご用意をさせておりますからね。」


 それを聞いて、隣のティナが尻尾を嬉しそうにそわそわさせた。確かに、奥からいい匂いが漂ってきている。


「そうそう、クライブ様。掟のことはテトから聞かれましたでしょうか?」


「はい、聞きました。白刃山では、朝まぐれと夕まぐれに、南の空を眺めてはならないと。」


 クライブが答えると、イナ村長は安心したように頷いた。


「それは安心しました。外では馴染みのない決まりごとでしょうが、村に滞在中はくれぐれも守って下さるよう。お客人に何かあっては大変ですからねぇ。面倒でしょうが、ご容赦くださいね。」


 そう言って、老婆は優しく微笑んだ。口をすぼませて笑う様子が可愛らしい。小柄で優しげな人だ。この柔和さが村の皆をまとめているのだろう。


「冬の間、よろしくお願いします。」


 クライブは改めて挨拶をし、隣のティナが慌てて一緒に頭を下げた。こうして、クライブの巡礼の旅の合間、一冬のシバの村での暮らしが始まったのである。

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