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LAST LORD  作者: トミ
第三章 往路にて
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旅次3

 荷馬車が、乾いた大地をゴロゴロと進んでいく。荷台には、レンデで買い込んだ品物を詰めた木箱や樽が、所狭しと重ねられている。その上に、ティナが器用にバランスを取りながら座っていた。

 クライブはというと、箱の間の狭い空間に腰を降ろしていた。顔の横で、相棒の縞模様の尻尾が、パタパタと機嫌良く揺れている。背もたれにしている木箱からは、ぷんと強い果実の臭いがする。

 荷馬車は木製の四角い箱に車輪をつけただけの簡単な作りだ。車体にはヤニが塗り込まれ、黒く艶が出ている。古びた車輪には、丈夫な金属の輪が鋲で打ち付けられている。小さいが、山道を任せるのに安心感がある作りだ。

 車輪がゴトリと音を立て、灰茶色の硬い土の上に掠れた轍を残した。引いているのは一頭の雪ロバだ。雪ロバの脚は太く、蹄も平たい。背はクライブよりも低いが、これだけの重さの荷馬車を一頭で引いている。コモルのボボと体型は似ているが、おっとりとしたボボと違って、雪ロバは気が強いようだ。ティナが出発前に撫でようとして、噛みつかれそうになってしまっていた。


「旦那、北の森の向こうに、高い岩山が見えるかい。」


 商人が手綱を取りながら、先日と違って砕けた口調で話しかけた。元々、丁寧な口調には慣れてないらしく、長く同行するなら気さくに話して良いかと申し出があったのだ。クライブとしても、その方が助かる。彼は、名をテトというらしい。


「あの、雪が積もっている所かい?」


 クライブは前方の一際高い山を仰ぎ見て、答えた。エスト島の北側から東側にかけては、高い山々が連なっている。北の端は特に高く、その頂きは、まだ秋の初めだというのに、頂上が白く染まっていた。


「ああ。白刃山の、いわゆる白刃の部分さ。あっしらの村ぁ、あの柄の部分にあるのさ。」


「高いね。島中が見渡せそう!」


 そう返事をしたのはティナだ。これから行く土地が寒いらしいと聞いてむすくれていたが、初めて乗るロバ馬車が楽しいようで、すぐに機嫌が良くなった。気まぐれなことだ。


「そうだ。見渡すといえば、これだけは言っておかなくちゃならねえ。」


 テトが、思い出したように声を上げた。


「うちの村には、よそと違った掟があってな、村にいる間は、お二人にも守ってもらわなきゃならねえ。」


 彼はそう言うと、顔だけ振り向いた。先程と変わって、まじめな顔をしている。


「朝まぐれと夕まぐれに、南の空を見てはならない」


 彼が声の調子を落として言ったので、クライブは少しどきりとした。ティナが尻尾をピンと緊張させたのがわかる。


「悪い、悪い。怖がらせるつもりじゃないんだ。」


 テトが二人の様子を見て、安心させるように笑った。目を細めると、彼の目尻に刻まれたシワがより深くなった。


「そんなに怖がることはねえ。村じゃ高見櫓には目隠しを付けてるし、南向きの窓もねえからな。うっかり見えることはないし、難しいこたぁねえよ。」


 テトは笑いながらも、その目に真剣な光を湛えて言った。


「だがまぁ、ちゃんと守ってくれよ。昔から、村のもんは皆これを守ってる。白刃山は高い。場所によっちゃあ魔の山が見えちまうんだよ。」


 魔の山。それはエスト島の中央に位置する山だ。さほど標高はなく、他の高い山々に囲まれているから、平地からは見えることはない。だから、クライブも、島の者たちもほとんどその山を見たことがない。見たことはないが、存在を知らない者はいない。その名前をそら寒く感じるのも、魔という不穏な響きの為だけではない。


 「魔の山に入ってはならない」


 これは、この島に生まれた者なら幼い頃から皆言われてきたことだ。かつての勇者リィネの伝説。勇者リィネが魔と戦い、打ち倒したという、その場所こそ、魔の山なのである。魔の者が滅びた後も、魔の巣食っていたそこは草木が生えず、生き物も住まない黒い岩山なのだという。

 図太いいたずら小僧も、「魔の山へ連れて行くぞ」と言われると震え上がって大人しくなる。恐ろしい場所として認識されていた。勇者伝説の強く残るリィネ村では、特に禁忌の場所として伝えられている。

 周りをぐるりと高い山脈に囲まれている、その形もまた何か悪いものを閉じ込めているようで、クライブは恐ろしいと感じるのだった。掟がなくとも、見たいと思うものではない。


「ねえ、なんで朝と夕方なの?」


「昼と夜の境目だからな。魔の山からは、闇がやってくると言われている。闇は境目から、こちらの世界に来るんだ。朝に見ると心を奪われ、夕に見ると心に闇が入り込むと言われているのさ。」


 闇。境目。その言葉に、クライブはどきりとした。幼い頃、ベッドの下の暗がりや、戸板の隙間の影を怖いと思っていたっけ。


「そうじゃなかったら見てもいいの?」


 ティナは生意気にもそう訊ねたが、尻尾はピンと緊張したように伸びたままだ。


「掟では、そうだけどな。それでも、好んで見るやつはいねえよ。お嬢ちゃんも、やめときな。」


 ティナは、今度は素直に、はあいと返事をした。クライブも、そうしようと思った。


 それから、一行を乗せた荷馬車は、緩やかな斜面をしばらく登った後、林の縁をぐるりと回ってから川沿いの道に出た。道が平坦になった所に小さな山小屋があった。今日はここで一泊するらしい。明日から山道に入ると、道が険しくなるそうだ。

 テトが綱を外してやると、雪ロバはゆっくりと川へ向かい、水を飲み始めた。ごくり、ごくりと大きく喉を鳴らす。ティナは、その音が面白いと、隣で眺めている。今朝噛まれかけたというのに、懲りない。


「きゃっ」


 雪ロバが、急にぶしゅうと鼻息を吐いたのに驚いて、ティナが小さく飛び退いた。テトが、あっはっはと大口を開けて笑う。


「今のは、怒ったんじゃねえよ。山へ戻ってきたのが嬉しいのさ。こいつには、レンデは暑すぎるからなぁ。」


 クライブも一緒に笑った。それから、ちょうどいい石に腰掛けて、南の空を見上げた。白刃山へ登る前に、方角を覚えておこうと思ったのだ。もうずいぶん高く登ってきた。空気が澄んでいるからか、レンデにいた時よりも空が高く見える。目線を下ろすと、来た道がずいぶんと遠く、下の方に見えた。

 そんなクライブに、荷台からテントを引っ張り出しながらテトが言った。


「今のうちに見ときな。春になるまでは、ここを下ることもねぇからなぁ。」


「春まで?」


 クライブは、ティナとほとんど同時に声を上げた。


「ああ。秋は短い。じきに雪が降り出す。今回がこの季節最後の商いだ。俺も帰ったら、冬に向けて色々やることがあるしな。」


 クライブとティナは顔を見合わせた。彼らとしては、少しの間滞在したら山を降りるつもりでいたのだ。荷馬車が出ないのならば、厳しいだろうが歩いて山を降りなければならない。

 しかし、そんなクライブの考えを見越したようにテトが付け加えた。


「雪が降り始めたら、山越えなんてとても無理さ。荷馬車でも、歩いてもな。遭難するか、落っこちちまうか…雪狼も出るしな。」


 そう言って、テトが、困ったように頭を掻く。


「すまんな。つい、そのつもりでいると思ってよ。どうする?今なら引き返してもいいんだが…。」


 ティナは苦い顔をしていたが、クライブと目が合うと仕方ないというように手を広げて口角を上げた。彼がなんと返事をするか、わかっているのだ。

 クライブは従者に申し訳なさと感謝を感じながら、返事をした。


「いや、このままシバへ向かうよ。長くなるけれど、一冬の間、よろしく。」


 一度きりの巡礼の旅だ。村の皆は心配するかもしれないが、俺はこの旅で、多くを知りたい。この先の、自分の行く道を決めるためにも。

 岩を洗うせせらぎの音が聞こえる。高い空を、雲が千切れながら流れて行く。風は、まだ秋だというのに冷たく、峨峨として聳える白刃山は、クライブに恐れと望みとを抱かせた。

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