祭りの夜2
少女はしばしの間リィネの剣の刃の輝きに見入っていた。刀身に映る松明の炎が橙にきらめく。その色にエールが何かを思い出しかけた時、テンガンが口を開いた。
「実はな、この剣はアスカの作なのさ。俺も少々手伝ったがな。」
顔を上げると、村一番の鍛治師は口の端を引き上げてにやりと笑った。
「仕上げまで、この俺が見てたからな。リィネの剣として文句ない出来だぜ。」
鍛冶についてはあまり人を褒めない彼がそう言うからには、本当に良い出来なのだろう。
「あの子、一生懸命打っていたわよ。若い頃のこの人を思い出すわ。ふふ見た目は全然似てないけどね。」
テルナが少女のように笑うと、テンガンはぼりぼりと頭を掻いた。
「この俺を超える鍛治師になるなんざ言ってたがなぁ。百年早いぜ。」
いかついテンガン親方は、そう言ってはいるが、どことなく嬉しそうだ。
エールは改めて、手にした剣を眺めた。アスカから鍛治修行に精を出していると聞いていたが、そんなに腕を上げていたのか。
エールも村の一員として、リィネの剣作りに携わることの名誉はよく知っている。最近遊びに誘っても釣れないと、拗ねていたのを恥ずかしく思った。
それと同時に、悔しくも思った。エールも剣に魔法に、鍛錬はしてきたつもりだが、将来どうなりたいかなんて、考えたこともなかった。親友は努力し、目的へと進んでいたのだ。それに気付きもしなかったなんて。
人知れず自己嫌悪に陥るエールだったが、そうと気付かない村長がのんきな声をあげた。
「そういえば、そのアスカはどこかのう?来ると思っておったんじゃが。」
村長の問いに、テルナが答える。
「あら、あの子ならきっとクライブのところよ。最近、あの二人仲がいいもの。」
「なにっ!!」
奥方の言葉にいち早く反応したのはテンガンだ。
「なんだと、母ちゃん!まさかあの二人が、できてるってのか!?」
「あら、イヤだよあんたったら。私は仲がいいって言っただけですよ。」
泡を食ってまくし立てる夫に対し、テルナはすまして答える。
「むうう…アスカ、父さんとずっと鍛冶屋をやるよな…。」
テンガンはジョッキを睨んだまま、ぶつぶつ言い始めた。
頑固で堅物と評判のテンガンが、驚いたりしょげたりしているのが可笑しくて、一同は笑った。
最近アスカとクライブがよく話しているのはエールも知っている。テンガンには申し訳ないが、エールはアスカが本当の姉さんになったらいいなと思っているのだ。
村長がブドウ酒のグラスを置いてフゴフゴと笑った。もう随分と飲んでいるようだ。
「エールよ、年寄りの用事はもう終わりじゃ。お前も祭りを楽しんできなさい。もうすぐ花火も上がるしのう。」
「はい!」
エールは剣を鞘にしまうと、テーブルの年配者達におじきをして祭りの喧騒の中に歩き出した。
辺りはすっかり暗くなり、道の途中途中に松明の灯りが浮かび上がっている。秋の虫の声が耳に心地よい。広場の方から、涼しい風に乗って楽しげな音楽が流れてくる。そういえば、祭りの為にミーア族の楽団を呼んでるといってたっけ。
まずはそちらを覗いてみよう。そう思って広場に向かう角を曲がる所で、赤毛の少年が駆け込んできた。ぶつかりそうになって、エールはぴょんと飛び退いたが、彼はつんのめり、勢い余って尻もちをついた。
「おわ!すんません!」
泡を食って謝罪する彼に、エールは声をあげて笑った。よく知った顔だったのである。
「あ、エールさん!」
少年もエールの姿を認めると破顔した。彼はテンガンの鍛冶場で見習いとして働いているエッジだ。アスカの弟分のような存在で、エールとも仲が良い。
「大丈夫?」
エールが手を差し伸べると、少年は恐縮しながら手を取った。
エッジは今日も仕事をしていたのだろう。煤けた皮のエプロンをして、赤いバンダナの下に人懐こそうな目をくりくりさせている。
「エールさん!優勝おめでとうございます!決勝戦、すごかったッス!」
立ち上がるや、エッジは拳を握りしめて熱っぽく言った。その声量は、叫んだという方がしっくりくる。
「クライブさんとエールさんが戦うことになった時は、どっちを応援したらいいやら焦ったッスけど…二人とも、さすがお強いッスね〜!」
エッジは目をきらきらさせ、身振り手振りを加えながら、決勝戦での二人の剣と魔法の技を褒め称え始めた。細かい手合いまでよく覚えているものだ。慕ってくれるのは嬉しいが、エールはいつもむず痒い気持ちになる。声が大きいのもあって、恥ずかしい。
だが当のエッジは全く気付かず、エールとの出会いまで遡って褒め続けてくれている。
と、エッジがエールの持つ剣に目を止めた。
「あっ、それリィネの剣ッスね!アスカさんの最高傑作ッスよ!エールさん、是非抜いて見せて下さい!」
「あ、うん。」
促されて、剣を抜いて見せる。エールは話題が変わったのにホッとしていた。そして、ふと思いついて言った。
「あれ、エッジはアスカが打ったの知ってるんだね。」
エッジならば、アスカがリィネの剣を作っていることを言いふらしそうなものだと思ったのだ。
「はい、アスカさん親方と工房にこもって、真剣に取り組んでたッスから。でも決勝戦当日までは内緒にしてってアスカさんに言われてて。くぅー!アスカさん、やっぱいい仕事するッス!おれも、こんな剣が打てるようになるかなぁ…。」
エッジは眩しそうにリィネの剣を眺めている。
「うん、きっとなれるよ。エッジなら。頑張り屋だもん。」
エールは本当にそう思って言ったのだ。彼もまた頑張り屋なのをよく知っている。
「ありがとうございます!あ、おれ片付け終わったら親方に報告しに来いって言われてたんでした。じゃ、おれ行きます!エールさん、良かったら後で祭り一緒に回りましょう!」
言い終わる前に、エッジはもう駆け出していた。まるで嵐のようだと、エールは一人笑った。彼はいつも慌ただしくて、危なっかしくもあるが、見ているとみんな笑顔になる。
エールは広場に向けてゆっくり歩き出した。
広場は松明が特に多く灯され、出店の灯りもあって遠くから見ると闇に浮かんだ蜃気楼のようだ。
ひんやりとした夜風が祭りの熱気に火照った頬を撫でる。心地良い。
歩きながら、何故アスカはリィネの剣を打っているのを内緒にして欲しがっていたのだろう、と考えた。
先程のテルナとテンガンのやり取りを思い出し、エールは、アスカは本当はクライブにこの剣を持って欲しかったのではないだろうかと思った。