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LAST LORD  作者: トミ
第三章 往路にて
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旅次2

 ティナはスキップするように軽やかに歩き、ある店の前で立ち止まった。その店は立ち並ぶ露天の一番端にあった。興味を引いたのは、まず店主が変わった格好をしていたからだ。

 被っている帽子は草で編んであって、先が尖っている。朱に塗られた縁は反り返っていた。着ている服も見たことのない感じだ。白い生地の上の赤い紋様は、風の精霊様の紋様とどことなく似ている気もするが、初めて見るものだった。

 初めて見るものはなんだって面白い。ティナはアーモンド型の紫色の瞳を楽しそうに細め、長い尻尾をゆらゆらさせた。


「いらっしゃい。」


 店主は暇そうにぼんやりしていたが、寄ってきたティナに気付くと、帽子のツバを指で持ち上げてニカリとした。大柄な男のヒトだ。よく日に焼けた肌をして、目尻に傷が入っている。旗ビトの年齢はわかりにくいが、多分、若くはないのだろうとティナは思った。


「へえ、これも草で編んであるんだ!」


 ティナは、敷物の上に並べられていた商品の中から、ブーツを手に取った。麻の服ならコモル村でも作っているし、蔦で籠を作ったりもするけど、これは初めて見る。乾燥した細い草を編んで作ってあるようだ。なんという植物だろう。


「結構丈夫そう。ね、クライブ。」


 追いついてきたクライブに振り返りながら言うと、彼も頷いて興味深そうに露天を見渡した。

 よく見ると、商品を並べてある敷物も草で編んである。ティナは感心してまた尻尾を揺らした。


「ああ、珍しいでしょう。俺の故郷の特産品でね、なかなか丈夫だし、しなやかで使っている内に身体に馴染むんだ。夏は蒸れにくいし、冬も意外と暖かいと、人気なんですよ。一つどうです?」


 商人にそう言われると、欲しくなってくる。ニッカリ笑う彼の顔には、白い歯と笑い皺がよく目立った。彼は強面だが、どこか親しみやすい雰囲気のヒトだ。隣を見ると、クライブは何か思案するような顔をしている。今の革のブーツもまだ使えそうだけど、買い替えるつもりなのだろうか?


「これらは初めて見る品です。あなたの故郷で作られたのですか?」


 クライブが商人に、丁寧な言葉を使って問いかけた。コモル村ではこのような話し方をする人はいないし、クライブもティナと二人のときは使わない。理由はよくわからないが、旗ビトの多い町では、礼儀としてある程度必要なのだという。クライブも、この町に来て使い始めたようだった。

 ティナはどうにも苦手なので、必要な時はなるべくクライブに話してもらうようにしている。


「あっしの村で作ってる品ですよ。シバの村といってね、島の北側の端っこにある、小さい村でさ。」


 ティナは、ふうんと相槌を打った。ティナは他の町のことはよく知らない。幼い頃に、一度だけ父とレンデまで来たことはあるけれど、それ以外ではコモルを出たこともないのだ。エスト島の地図は長老の家に貼ってあるが、それもあまり真剣に見たことはなかった。しかし、隣のクライブには知っている名前だったようだ。彼はシバの村、と頷いた。


「シバの村、ですか。地図で名前だけ見たことがあります。こんな品を初めて見るので、異国のものかと思いました。どのような村なのですか?」


「うちの村に興味があるんですかい、旦那。シバは、ここから北の山奥にあって…。」


 クライブが店主と話し始めてしまったので、ティナは敷物の上にまばらに並べられた売り物を眺めた。他の露天が、限られたスペースに溢れんばかりに商品を並べているのに比べると、品物の数は少ないようだ。そのなかから、白い布生地に目が止まって、手に取った。柔らかく滑らかな手触りの布だ。ティナは欲しいと思ったが、値札を見るとかなりの高値が付いていて、そっと手を離した。


「冬の寒さが厳しくてね。暖かい時期にここで稼いで、色々買い込んで帰るんでさ。」


 商人とクライブはまだ話し込んでいる。ティナは一つあくびをした。


「あの、そのシバの村へはいつごろ戻るのですか?」


 しかしクライブがそう訊ねたのを聞いて、ティナは口を閉じて、ピコンと耳を動かした。もしかして、また?


「俺たちも、シバの村へ同行させて貰うことはできないでしょうか?」


 クライブが続けて言ったので、商人は目を剥き、ティナは、やっぱりと天を仰いだ。クライブは、旅の当初から、行ったことのない場所や見たことないものをたくさん知りたいと繰り返し言っていた。ティナとしても、初めての所は面白くて好きだし、寄り道の多い旅路になることは了承してついてきたのだが、ここまでとは。

 コモル村を出てから、オルガの村とセトの港町を始め、旅程からかなり外れた所にある小さな村や関所も巡って旅をしてきた。そろそろこの町も出発しようかと話していたけど、真実の滝へ向けての話だと思っていた。


「いやいや、旦那。確かにあっしはもう何日かしたらシバへ帰る予定だけど、なぁ。」


 商人は困ったように笑って頭をかいた。クライブが言ったことが冗談かどうか測りかねているようだった。


「山奥の、なーんもない村ですよ。寒いし、不便だ。観光に来る客なんていねえ。客人をもてなすような宿もねえですし。」


 まあ、急に行きたいと言われても困るだろう。ティナもそう思う。今までも小さい村ほど、滞在したいと言うと稀有なものを見る目で見られたものだ。経験上、変人と思われているのは予想できた。しかし、クライブはめげない。


「構いません。俺はリィネの村から来た、クライブといいます。巡礼の旅の傍ら、色々な村を回っているのです。」


 クライブは胸元から巡礼の証を引っ張り出し、商人に見せた。


「客人扱いは必要ありません。共に働かせて貰いながら、自分の知らない人々の暮らしを知り、見聞を広めたいと思っているのです。」


 巡礼の証を見ると、商人がピタリと止まった。次いで、クライブのことをまじまじと見た。その瞳を、髪を。腰に下げたリィネの剣、その柄に刻まれた紋章を。


「するってぇと、旦那は巡礼の旅人さんか。」


 クライブは、巡礼の証を差し出したまま、はい、と頷いた。男は、顔を近づけて、またじっとそれを見た後、仕方ないといった具合で頷いた。手のひらで自分の頭を撫でた。


「勇者リィネの末裔の頼みとあっちゃあ、断れねえなあ。うちの村のもんは、よそ者はあんまり歓迎しねえんですが、巡礼の旅の方なら、別でさ。」

 リィネの紋章の力は、シバの者にも有効であったようだ。この信頼を築いてきたであろう歴代の勇者達には感謝すべきなのだろうが、ティナは肩をすくめて尻尾をぶらぶらさせた。仕方ない。旅はもう少し長くなりそうだ。

 クライブは、早くも興奮した様子で商人と旅立ちの打ち合わせを始めてしまった。彼は、いつもは落ち着いていて頭も良いとティナは思うのだが、こういうことになると急に子供っぽくなる。ワクワクするのは良いことだけど。

 彼女が耳をパタリと動かすと、緑色のピアスが高く小気味良い音を立てた。まあ、好奇心が強いのは、ティナも同じである。コモルの森の生活も好きだけど、もうしばらく旅を楽しむのも悪くないかもしれない。

 切り替えの早い彼女は、早くも楽しむ方向に考えていた。すべてを楽しむことが、長生きの秘訣だと、おばあちゃんも言っていたし。

 それに、頑張ってお仕事を手伝ったら、あの高級な布を少し貰えるかもしれないし。ティナは現金にもそんなことを考えてニンマリとしたのである。

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