旅次1
火の山から煙が立ち昇っている。それは登るほどに薄くなり、ゆっくりと、たなびくように東へ流れていく。向こう側に、青が透けて見えた。今日も良い天気だ。
ここ、レンデの町は、エスト島の西側に位置している石造りの町だ。島一番の港を待ち、人の交流が多い。火の精霊のほこらを祭る火山の麓にあり、鉱山からは鉄鉱石の他、火の魔力を含む紅魔鉄が採掘される。鍛治や石細工の工房も多く、まさしく石と鉄の町といえるだろう。
夏の終わり頃、クライブとティナは、そんな工房の一つで働いていた。流石に、弟子入りする訳でもない流れ者は、鍛治を教わることはできなかったが、荷運びや掃除に雑用等、仕事は多々あるものだ。
それに、リィネの紋章が掘り込まれた巡礼の証は、エスト島において"しっかりした身元"の証明にもなるようだった。ティナが待つ、コモルの戦士の証も同じだ。
特に年配の職人などには心証が良いらしく、二人は、歳を取った親方の取り仕切る、小さいが年季の入った鍛治工房で世話になっていたのだった。
夏の間、工房の手伝いをして忙しく過ごした二人だが、そろそろ真実の滝へ向けて出発しようかと考えていた。ここから一つ山を超えたら、真実の滝まで長い距離、平原を歩くことになる。洗礼を済ませたら、また来た道を戻らねばならない。その間、何日も野宿することになるだろう。寒くなる前に出発したかった。
ある日、クライブは午後から休みを貰い、ティナと連れ立って市場へ出掛けた。旅立つにあたって必要なものを買いに来たのだ。
ここには様々な露天が立ち並んでいる。島の外から来た商人の店もあり、見ているだけでも面白い。
今世話になっている工房では、ボタン、ブローチなどの装飾品を主に作っている。クライブは今までアクセサリー類にあまり興味はなかったが、熟練の職人が、造形を凝らして作った品は素人目にも素晴らしく、しだいに興味を持って眺めるようになった。
「わ、これ綺麗。お土産に帰って帰ろうかなぁ。」
宝飾屋の前で、転がる鈴のような声を上げたのはティナだ。彼女はコモルの戦士らしく、コモルの木と皮で作った胸当てをつけ、麻と皮の腰巻きをしている。その上から、コモルの紋章の入った赤い布を巻いていた。耳には、緑色のピアス、足首には木のビーズのアンクレットをつけていて、彼女がスキップをする度に、それが快い音を立てる。
彼女は、猫を模した金属の飾りのブローチを手に取り、色んな角度から眺めていた。瞳に小さな宝石を埋め込まれた赤金の猫は、ティナの指先で軽やかに弄ばれ、まるで踊る猫のように見えた。
猫といえば、その顔つきや、しなやかな身体がミーア族と似ている。クライブは、それを言うのは失礼かなと思い、今まで言わないでいたのだが、
「この猫、おばあちゃんに似てる!」
本人達は全く気にしていないようだ。クライブは思わず声を出して笑った。連れが笑ったので、彼女もまたカラカラと笑った。
この楽しい旅の従者、ティナはミーア族とキース族との間に産まれたハーフで、彼らはそういった者をミアキスと呼んでいる。母親がコモル村のキース族。父親は旅芸人のミーア族らしい。普段は母親と一緒にコモルの森で暮らしていて、父親は年に数回、一座の皆とコモルに帰ってくる。その時は家族で仲睦まじく過ごすそうだ。
ティナは、父親のミーアの血を強く受け継いだらしい。スラリとした体躯と、細く長い四肢に、ピンと立った長い耳。身体のぶち模様もミーア族に多い特徴だ。目元から鼻筋にかけて赤いラインが走っているが、これは模様ではなくミーア族がよくする化粧である。
さて、一通り必要な買い物が終わった二人は、時折り店先を冷やかしながら歩いた。数日後には、この町ともしばらくお別れだ。感慨深さを感じながら歩くクライブの傍ら、ティナはスキップをするように足を運んでいる。
彼女はいつも機嫌良く、ニコニコしている。たまに、軽薄に感じる程に気まぐれなのにはハラハラさせられるが、誰とでもすぐ打ち解ける愛想の良さには、かなり助かられていると思う。
先程のブローチをいつの間にか購入したらしく、腰のポーチに赤金の猫が鎮座している。クライブの目線に気づいたティナは、ポーチを自慢げに揺らしてニコリとした。
「おばあちゃんにあげるまでは、ここにいて貰うの。」
彼女がピコンと耳を動かすと、緑色のピアスがカチャリと鳴った。それで、クライブはふと、ティナが火の魔法の使い手であることを思い出した。コモルの森の民は、風の使い手が多い。キース族達で魔力を持つ者はほとんどがそうだ。魔法を強めたりする道具や武器、通称魔具と呼ばれる装備品も、火属性のものは少ないだろう。
だが、今いるここは火の精霊の膝下の町だ。彼は店の棚から紅魔鉄のリングを手に取り、連れに声を掛けた。
「ティナ、君も何か買わないか?このピアスなんてどうだ?ほら、火の精霊の守りがあると書いてあるよ。」
その言葉にクライブの手元を覗き込んだティナは、しかしすぐに首を振った。
「ううん、今着けてるピアス、戦士になったときに長老に貰ったやつだから。風の精霊様のご加護があるんだって。」
クライブはそうか、と頷いて火のピアスを棚に戻した。見た目はミーア族寄りで、火の魔力を持ち、さらにお調子者の彼女だが、コモル村の民として生きてきたのだ。戦士である彼女にも、風の精霊の守りビトとしての思いは強くあるのだろう。
クライブの故郷における水の精霊様と同じだ。魔力を持たないクライブだが、精霊様への信仰は強く根付いている。
それならピアス以外で何かいいものがないかな、とクライブは目をめぐらせた。旅が寄り道ばかりでなかなか進まないのは、自分のわがままだ。機嫌良く付き合ってくれる従者に、何か買ってあげたいと思ったのだ。
「あ、あっちに変わったお店があるよ!」
しかし、当の従者は楽しげな声を上げると、すぐに駆け出してしまった。クライブは苦笑した。気まぐれな所は、ミーア族らしい。
クライブも、後に続いて歩き出す。ティナが、こっちこっちと手招きして呼んでいる。彼女が弾むと、風の精霊の加護を受けたピアスが高く軽やかな音を立てた。




