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LAST LORD  作者: トミ
第二章 コモルの戦士達
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外伝 アビの奮闘 後半

 コモル村のキッチンに、ばっこんばっこんと、派手な音が響き渡っていた。

 アビは、レンデの商人から買い付けた粉で作った生地をこねていた。平らな場所にひたすら叩きつけると良い…と商人は言っていたはずだ。

 彼は、その怪力をこれでもかと奮い、生地をこねた。眼光は鋭く、歯を食いしばり、厚い木のまな板に生地を叩きつける様子はかなりの迫力だ。しかし彼をよく知る村のおばちゃん達は、クスクスと笑いながらそれを見守っている。


「アビちゃん、がんばってるねぇ。」


「お母さん、喜んでくれるといいわね。」


 アビは今、村の食堂のキッチンの一角を借り、パン作りに精を出している。見知らぬ料理に、食堂のおばちゃん達も興味深々で、レシピを読むのを手伝ってくれた。アビには難しい所もあったから、とても助かった。


「ふう、これくらいで良いかな…と」


 十分過ぎるほどにこねた生地を丸めて、皿に乗せる。レシピには、生地をしばらく寝かせると書いてあった。寝かせるというのは、ただ置いておけばいいらしい。食堂のおばちゃん達が教えてくれて助かった。でなければ、アビは生地を布団に入れてしまっていたかもしれない。


「よし、この間に、辛い料理を作るぞ!」


 まず、野菜を細かく切る。これはアビにも簡単なことだった。野菜を使った料理は、普段もよく作るのだ。次は、ひき肉。


「おばちゃーん、ひき肉機、貸りるねー!」


 キッチンの台の端には、ハンドルの付いた四角い装置がある。上から覗くと、中に細かい金属の歯がいくつも付いている。ここに肉を入れてハンドルを回すとひき肉になって下に出てくる仕組みだ。

村ビト達がシンプルにひき肉機と呼ぶこれは、コモル村に一人だけ住む平原のヒトの青年が作ったものだ。

 元はレンデの鍛冶屋で、様々な金属製品を作っていたらしいが、商人達に付いて道具の売り込みに来た折、コモル村の生活がいたく気に入り、引っ越してきてしまったらしい。彼はキース族には難しい細かい道具を作ったり、修理したりしてくれるので、皆助かっている。

 このひき肉機は、ハンドルを回すのにかなり力が必要で、レンデでは全く売れなかったそうだ。だが腕力のあるキース族達には、とても便利な機械で、コモル村では重宝している。


「アビちゃん、ついでにこのお肉もひき肉にしてくれる?今日はお肉のパイにしようと思ってねえ。」


「はーい!」


 アビは元気に返事をして、力を込めてハンドルを回した。おばちゃん達が助かるわと笑う。少年は、みんなの役に立てて嬉しいと思う。ただ、歯が回っているのがちょっと怖いから、あんまり覗き込まないようにするのだった。


「お疲れ様。ありがとうね、アビちゃん。」


 ボウルいっぱいにひき肉を作り終える頃、おばちゃん達がそう言って蜂蜜を入れた甘いお茶をふるまってくれた。木のスプーンでかき混ぜながら飲み干すと、甘みに舌の奥がじんわりとする。それで、アビはまた元気を出して料理に取り掛かるのだった。

 まず、さっき細かく切った野菜を大きな鉄のフライパンに入れ、油で炒める。レシピに書いてあった牛脂は置いてなくて困ったけれど、おばちゃん達のアドバイスでコッツ油を使うことにした。

 続けてにひき肉を入れると、じゅわじゅわといい匂いが立ち上る。食堂のおばちゃん達は、毎日お料理をしながら、よく晩御飯の時間まで我慢できるものだ。食いしん坊なアビには、大変な精神力が必要だろう。

 さて、いよいよスパイスだ。商人から買った小瓶を開けると、鼻の奥が少しピリピリした。くしゃみが出ないように気をつけながら、フライパンに小瓶の中身を振りかける。よく混ぜて完成だ。後はパンを焼くだけである。

 生地を千切り、平たく伸ばす。それを、油を塗ったフライパンに乗せて焼くのだ。アビは、かまどを使わなくていいのかしらと思ったが、しばらくするとパンが膨らみ、美味しそうな臭いが漂ってきた。


「おおい、アビ。やっとるかあ。」


 そこへ、食堂の扉を明け、アビの父が顔を出した。彼はひくひくと鼻を動かし、ニッコリと笑った。美味しそうな匂いをかぐと、みんな笑顔になるものだ。


「アビ、ついさっき、母ちゃん帰ってきたぞ。」


 彼は、その言葉にわかりやすく目をキラキラさせた息子に笑いながら、続けて言った。


「聞いだぞ。母ちゃんの誕生日に料理作っとるらしいな。お前は本当にいい子だなぁ。母ちゃん、喜ぶべ。」


 父に褒められて、アビはわさわさと尻尾を揺らした。


「うん、母ちゃんは辛いものが好きだから、辛いお料理を作ってるんだ。」


「ほう、なるほどなぁ。そしたら白酒も持って来てやらないとなぁ。」


 父ちゃんはそう言ってまた笑った。白酒はコモルで作られている酒だ。その季節に取れた色んな木の実を、樹液と共に漬け込んで作るシンプルなもので、その作り方から、時期によって味わいが違う。大人の飲み物なので、アビはまだ飲んだことがないが、不思議と、旬の食材に合う味に仕上がるらしい。

 母ちゃんはこのお酒が大好きで、狩りから帰って来た日は必ず晩酌をするのだ。


「母ちゃんは今、洗濯場に行っとるでな。呼んでくるから待っとけぇ。」


 それを聞いて、アビの尻尾の揺れが大きくなった。父を見送って、張り切って仕上げに取り掛かった。

 そうして料理を皿に盛り付けて、ちょうど準備が整った頃、食堂の扉が開いた。


「ただいまー、アビ。」


「母ちゃん!」


 二日ぶりの母の帰還に、アビは破顔して駆け寄った。彼女はミーア族で、身長はアビと同じくらい高いが、肩幅は半分くらいだから、アビと並ぶと小さく見える。それでも、彼女は息子の頭をわしわしと撫でた。


「いい子にしてた?あら、なんかいい匂いがするね。」


「お料理作ったんだ。レンデの商人さんから教わった、辛いやつだよ。」


 アビは得意げに鼻をフンスと鳴らして言った。母ちゃんの背中を押してテーブルに着いてもらう。


「母ちゃん、誕生日おめでとう!」


「ありがとう、アビ。」


 母ちゃんは、うまい、うまいと言って食べてくれた。辛いのが苦手なアビは、味見をしてなくて少し不安だったのだけど、安心したのだった。

 たくさん作ったからと、食堂のおばちゃん達にも振る舞ったけど、甘党が多いキース族達には、少し辛かったようだ。

 残りは帰ってから母ちゃんの酒の肴にすると、器に貰って帰ることにした。

 帰り道、アビは父ちゃんと母ちゃんと並んで歩いた。アビを真ん中に、両親が手を繋いでくれた。


「今回の狩りでは山鳥がたくさん獲れた。しばらくは美味しい鳥料理が食べれるよ。」


「やったあ。」


 アビは声を上げて喜んだ。村で飼っている鶏も美味しいけれど、山鳥は歯応えがあって好きだ。狩人達が狩った獲物は食堂でまとめて捌いて、皆んなの食事に使われるけれど、少しばかり自分で持ち帰って良いことになっている。明日は家族で鳥料理が食べられるだろう。


「綺麗な羽があったら、パウロにいちゃんにあげたいなぁ。」


 アビは、兄のように慕っている少年の名前を言った。二人とも、コモル村では珍しい一人っ子で、二つ年上のパウロは、子供の頃からよくアビと遊んでくれている。彼は鳥の羽を集めてはアクセサリーにする趣味があるのだ。

 母ちゃんは、それはいいねえと笑った。しばらく、三人は繋いだ手をぶらぶらと揺らして歩いた。


「アビ、あんた、また大きくなったね。」


 母ちゃんが唐突にそう言った。母ちゃんとは二日ぶりな訳で、そう変わっていないけれど、狩りから帰るとほとんど必ずそう言われるのだ。


「アビは母ちゃんに似て、背が高いからなぁ。」


「それに、父ちゃんに似て、がっしりして来たよ。」


 それに続く両親のやり取りも、毎回、ほぼ同じだ。それでも、アビは嬉しく思う。両親は種族が違うこともあって、全然似てないけれど、二人とも自分を愛してくれている。アビも両親が大好きだった。

 彼らはコモルの森で、この幸せな日常が続くことを信じて疑わない。

 畑の側にある我が家が近づくにつれ、土の匂いがしてきた。夕暮れ迫る凸凹な三人の影が揺らめき歩いていた。

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