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LAST LORD  作者: トミ
第二章 コモルの戦士達
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夜3

 湿った地面の上をひたひたと二人分の足音が進んでいく。石造りの通路は寒くて、鼻先は冷え切ってしまっている。サブは、小さく身震いした。

 友人の肩を借りながら、サブは何故こんなことになっているのか考えた。身体中が軋むように痛いし、ひどく疲れている。

 歩きながら、ちらりと隣を歩くパウロの顔を見る。暗くてわかりにくいが、沈んだ面持ちでいるようだ。何か知っているのだろう。色々と訊ねたいと思ったが、何を聞いたものか、頭が混乱していた。

 通路は真っ暗で、二人のポケットから漏れ出す光だけが、ぼんやりと薄緑に足元を照らしている。光量が少なくて行く先は見えないが、真っ暗闇よりよほどましだ。

 先程、シルフールの間から、夜光石を少しだけ拝借してきた。罰当たりかと思ったが、壁が崩れて散らばった分ならいいだろうと、少しだけ貰うことにしたのだ。

 何故、シルフールの間は壊れていたのだろう。どうして自分はここにいるのだろう。なんで怪我をしている?何も覚えてないなんてことがあるのか。

 もしかすると頭を打ったか何かして、記憶が飛んでいるのだろうか。サブはそう思って、少し考えてみることにした。

 今日は朝から柳の森まで遠出して、ライカ婆さんに会いに行ったはずだ。そこで彼女に占って貰ったのはいいのだが、不穏で曖昧なことを言われて、苛立ちながら帰ってきた。

 柳の森は遠いし、道も悪い。夕方帰ってくる頃にはすっかり疲れてしまっていた。

 そこまで考えて思い出した。帰り道に家の近くでパウロに会って、明日朝早くからほこらに行く約束をしたのだ。

 それで、早めに布団に入ったというのに、なかなか寝付けなくて…。それから、どうしたんだっけ?

 わからない。考えあぐねて、サブはため息をついた。わからないといえば、先程シルフールの間で見た黒い塊もそうだ。あんなものは見たことがない。真っ黒でどろどろとして、嫌な臭いがした…。

 あの臭いを思い返しただけで気分が悪くなるようで、サブは顔をしかめた。さっき通路の入り口から振り返って見た時、どろどろは最初よりも小さくなっているようだった。形も崩れ、熱いパンに吸い込まれていくバターのように、地面に溶け出して行っているように見えた。


「なあ、パウロ。」


 サブは、ついに我慢ならなくなって、隣を歩く友人に声をかけた。彼もまた考え事をしていたのか、ふいをつかれたようにびくりとした。そこで気付いたのだが、パウロも怪我をしているようだ。ずっと肩を借りるのは悪い気がする。


「もう、自分で歩ける。ありがとう。」


 ひとまず礼を言って、掴んだ肩をほどいた。まだ身体は痛むが、先程よりもしっかり歩けそうだ。友人に並んで歩き出しながら、続けて質問をする。


「なあ、さっきの、あれは何なんだ?シルフールの間に、黒いどろどろしたものがあったろ。」


 聞きたいことは色々あったが、とりあえず、一番わからないものから訊ねることにした。しかし、聞かれたパウロはうーんと難しい顔をして頭をかいた。


「うーん、いやぁ、オイラにも何だか…。」


 どうやら、彼にもわからないらしい。歯切れ悪く言い淀んだ後で、彼は続けた。


「…なあサブ、最近何か変なものでも食べたか?腹具合はどう?」


 サブは、首をかしげて眉を上げた。黒い塊の正体がわからなかった上に、なんとも、まぬけな質問が返ってきたからだ。


「いや別に…なんでだよ?」


 パウロは再び、うーんと言葉を濁した。何か言いにくいことがあるのだろうか。おれの腹の具合と、あの黒いどろどろと何の関連があるというのだろう。


「いや…。それより、オイラも聞きたいことがあったんだ。」


 パウロの言葉に、サブは再び、今度は不満げに眉を持ち上げた。こっちだって、まだ聞きたいことがたくさんあるっていうのに。


「ほこら掃除の日のことさ。サブが最初に精霊像のとこに行っただろ。そこで、何かあったのか?」


 サブはピタリと足を止めた。

 そうだった。何故忘れていたんだろう。今夜はなかなか寝付けなくて、あの日のことを考えていたのだ。頭の奥がズキリとした。


「サブ?」


 パウロが数歩先で立ち止まり、心配そうに問いかけてくる。


「ああ。ちょっと…待ってくれ。」


 痛みと共に、少しずつ思い出してきた。夜風に当たって考えている内に、たまらなくなってきて、身支度をして夜の森を歩き出したことを。おれは、精霊像があった場所をもう一度確かめたかったのだ。

 痛む頭を抑えると、たんこぶがあることに今更気がついた。ああ、やっぱり、頭を打ったせいで記憶が飛んでいたんだ。そうに違いない。

 ここ数日、時折ふつふつと変に気持ちが湧き上がってくる時があった。ぐらぐらと腹のたぎるような怒りかと思えば、底冷えのするような暗い気持ちだったりした。

 それを顕著に感じたのは、モリカマキリと対峙したときだ。荒らされた畑を見て、許せないと思った。犯人を追って走り始めると、その思いはしだいに強く、止められなくなっていった。

 頭が真っ白になって、気がつくと、モリカマキリをバラバラに殺めた後だった。自分でも恐ろしいと感じる程の、苛烈な怒りだった。

 全ては、壊れた精霊像の所に行ってからおかしくなったのだ。もう一度、あの場所に行けば何かわかる気がする。行かなければ。そう思うと、パウロとの約束も忘れて走り出していた。


「夜、の足音…。」


 サブは、震える声で、思わず呟いていた。口に出してから、少し考えて思い出した。そうだ、ライカ婆さんの占いでそんな言葉を聞いたのだった。婆さんは何で言ってたっけ?


「夜の足音が迫っている。それはどこから来ると思う?」


 老婆の言葉を思い返しながら、ささやくような声で呟いた。占いの意味はわからなかったが、おれだって、わからないなりに考えてみたのだ。


「なんだって?」


 困惑顔をしたパウロも、自然と声を落として訊ねた。二人は、気付かない内に声を潜めて会話をしていた。まるで、何かに聞かれることを恐れてでもいるかのように。


「あの時…声が聞こえたんだ。」


 サブは、パウロの顔を見て言った。夜光石の灯りが、白毛の親友の顔を銀色に浮かび上がらせている。


「おれは、ずっともどかしく思っていたんだ。長老も師匠も、先輩の戦士達もさ。ここんとこ、けっこう前から森の様子が変だって、皆言ってんのに、何で何もしないんだろうって…。」


 パウロは黙って聞いている。


「ほこら掃除の日、精霊像が壊されているのを見て、怒りを感じた。そりゃ、もちろん壊したやつにだけど…。皆が何もしないから、コモルの戦士達が舐められてるからこんなことが起きたんじゃないかって。」


 そうだ。おれは怒っていたのだ。


「こんな大事件だって、もしかしたら皆、本気で解決しようとしないんじゃないか。だったら、おれがなんとかしなきゃ。絶対に犯人を捕まえてやるって思った。」


 これは義憤だ。正しい怒りなのだと奮い立っていた。


「その時、壊れた精霊像の台座の所から嫌な臭いがして。しゃがみこんで調べようとしたんだ。そしたら…」


 サブは下を向いて、手のひらをぎゅっと握った。こんなこと言ったら、おかしいと思われそうだし、自分でも気のせいだと思い込もうとしていた。


「声が聞こえたんだ。」


 その時だった。首の後ろの毛がざわりとした。二人は弾かれたように振り返り、後ろの暗闇を見た。

 そこには真っ暗な通路が見えるだけだ。何の音がする訳でもない。しかし、その奥に何かがいるような気がした。何かが蠢いているような、そんな恐怖を感じる。

 二人とも、先程地面に溶け出していた黒い塊を思い浮かべていた。あの良くない何かが、追いかけてきているのではないか。


「とにかく、今は外に出よう。」


 二人はどちらともなく頷き、できるだけ静かに歩き出した。この暗闇で音を立てるのはいけない気がしたのだ。黙りこくって先を急ぎながら、二人は同じ言葉を思い浮かべていた。


 夜の足音が迫っている。それは、どこから来ると思う?

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