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LAST LORD  作者: トミ
第二章 コモルの戦士達
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 悪臭が鼻をつき、どす黒い炎が立ち登る。淡く優しい緑色に満たされていたシルフールの間に、淀んだ紫色の蒸気が染みのように広がってゆく。

 その発生源となっているのは、若きキース族の戦士だ。誰より正義感が強くまじめで、風の精霊に仕える戦士であることを誇りに思っていた。

 今は、この聖なる精霊の間において、採光窓から差し込む美しい光さえ、彼に届くことはない。その身の内から湧き上がるのは黒き炎と、言いようのない憎しみだけだ。


「うう、ぐるう。」


 サブは低く唸り、背負っていた武器を乱暴に抜いた。無理やりに引き抜いたので、留めていた皮のベルトが千切れ、弾け飛んだ。

 彼は紫の蒸気をまとい、鼻に皺を寄せ、牙を剥き出しにしている。落ち窪んだ目の奥は水色の不気味な輝きを放っている。そこに確かな憎しみを感じた。

 彼はもう一つ唸り声を上げると、ゆらりと木刀を振り上げた。ひりつくような殺気に、パウロは思わず後ずさる。


「サブ!おい、しっかりしろよ!」


 パウロは震える声を張り上げて叫んだ。その必死の呼び声に、一瞬、サブの水色の瞳の奥が揺らいだように見えた。しかし。


ぶおんっ!


 重たい風音と共に、硬い木刀が容赦なく振り下ろされ、パウロは慌てて身をかわした。


どごんっ!


 乱暴な剣撃は、パウロの鼻先を掠めて地面にぶち当たり、そこにえぐれた跡を残した。すさまじい力だ。明らかに普段の彼の腕力を超えている。

 サブのいつもの大剣は先の戦いで折れてしまっている為、今振るっているのは古びた木刀だ。といっても、キース族の戦士の為に作られた、太く硬く、重たい代物である。まともに食らえば絶命しかねないだろう。

 サブが唸りながらこちらを向いた。憤怒の表情のままで、涎をだらだらと垂らしている。とても会話は出来なさそうだ。

 一体なぜ、という思いがパウロの頭の中をぐるぐる回っていた。先日のモリカマキリと同じ現象のように見えるが、あれだって原因も何もわかっていないままだ。果たして、親友を元に戻すことはできるのか?

 考えている間に、唸り声が聞こえてハッとした。サブはもう一撃を振るうべく武器を持ち上げている。パウロは大急ぎで大ブーメランを構えた。


ガァンッ!


 振り下ろされた木刀を、大ブーメランの背で受け止める。その重さに膝がきしむのを感じつつ、なんとか踏みとどまった。サブを包む紫の蒸気は悪臭を伴っており、鼻の奥がヒリヒリとした。

 サブとは、子供の頃から遊びに訓練にと、いつも張り合ってきた。手合わせしても勝ったり負けたり、彼らの実力はほぼ互角だ。

 サブの力が増している今、勝てるのかわからない。さらには、向こうは殺す気で来ているようなのだ。

 そこまで考えて涙がこぼれそうになり、パウロは不安を噛みつぶすように歯を食いしばった。

 今は、なんとかこの場を切り抜けなければ。死んでしまっては、サブを助けることも、誰かに知らせることも出来なくなってしまう。

 パウロは武器を僅かに斜めに傾けると、押し流すように相手の武器を滑らせて離脱した。


ズガン。


 受け流された大剣が、再び地面をえぐる。サブが苛立つように唸り声を上げた。

 パウロは荒く息をしていた。手のひらがじんじんする。攻撃をそう何度も受け流すことはできないだろう。逃げて助けを呼びに行く?だが、このままの親友を置いていってはいけない気がする。それに、この状態のサブが村まで追ってきたらどうするんだ…。

 考えている間に、サブは低く唸りながら起き上がり、向き直った。そして、再び高く剣を持ち上げた。

 その動作を見て、パウロは身構えながら、おやと思った。単調だなと感じたのだ。さっきから似たような攻撃ばかりだ。それに剣撃は早いが、空振りした後の動作は遅い。

 彼は少し冷静さを取り戻してきていた。年若いとはいえ、コモルの戦士となる為に訓練を積んできたのだ。

 どうやら、サブは力は増しているが、動きは乱雑になっているようだ。ならば、隙をついて勝てるかもしれない。

 パウロは心を決め、真っ直ぐに大ブーメランを構えて叫んだ。


「来いっ!」


 その言葉が聞こえているのかいないのか、サブは突進するように斬りかかってきた。彼の後に、黒い炎が後を引くようにたなびく。


「がおおおっ!」


 怒りの咆哮と共に木刀が振り下ろされた。だが腕力に任せた一撃だ。体重が乗り切っていない。師匠のジオに見られたら、怒鳴り飛ばされるだろう。こんな時だというのに、パウロはそんなことを考えて口の端で笑った。

 迎え撃つ大ブーメランが風をまとう。切り上げるようにしてサブの大剣とぶつかった瞬間。彼は風を解放した。同時に身体をバネのように使い、相手の武器を弾き返す。

 攻撃を弾かれ、サブが剣を持ち上げた姿勢でよろめいた。今だ。


「うおおっ!」


 パウロは迷いなく大ブーメランを投げ捨てると、拳を強く握った。そして、力いっぱいに、サブの手首を殴りつけた。

 渾身の打撃に、サブが木刀を取り落とした。そして相手が落とした武器に目を向けた一瞬、パウロはすかさず、その横腹を蹴り飛ばした。


「があああっ!」


 サブは怒りに吠えながら転倒した。ぐるると喉を鳴らしながら、地面を引っ掻くようにもがいて手をつく。

 パウロはその間に大ブーメランを拾い上げ、油断なく構えを取っていた。弾き飛ばしたサブの木刀は、パウロを挟んで部屋の反対側に転がっている。狙い通りにいき、彼はよし、と唸った。

 シルフールの間には風の魔素が満ちている。うまくすれば、風の魔法でサブを捕らえられるかもしれない。そうして、なんとか気絶させることが出来れば…。


「がおおおおっ!」


 突然、サブが吠えた。怒りを孕んだ咆哮はドーム状の天井に反響し、ビリビリとパウロのヒゲを揺らした。両手を地についたまま、歯を剥き出しにしたサブは、荒ぶる獣そのもののようだ。

 その怒りに呼応するように、背中から黒い炎が上がった。身にまとう蒸気も、心なしか濃くなっているように感じる。

 いや、気のせいではない。パウロはどきりとした。先程から、少しずつサブを包む紫の蒸気と、黒い炎が増しているのだ。

 急がなければ。そう感じた。何故かはわからないが、このままだとよくない気がする。


「ぐうう…」


 サブの体から、ぶわりと黒い炎が吹き出した。彼の両手がざりりと強く地を掴む。丸めた背中に力がこもり、筋肉が盛り上がる。揺らめく紫の蒸気が、渦を巻くように凝縮して濃くなった。彼の黒毛の身体が、その中に沈むようにして霞む。水色の瞳だけがぼんやりと光って見えた。

 パウロは、毛がブワリと逆立つのを感じた。サブを中心に、この空間の魔素が集まっているのを感じる。しかし、風の魔素とは、こんなにも禍々しいものだったか?

 膨れ上がった魔力が、サブの身体へと急速に凝縮していく。彼の口の端から、黒い炎がチラチラと漏れ出ていた。

 攻撃が来る!直感したパウロは、大ブーメランを身体の前に構えて集中した。


風の精霊シルフールの名の下に命ずる…風の魔素よ、我が盾となり、我を守れ!


 詠唱が終わるとほぼ同時に、衝撃が起こった。サブを中心に、極限まで凝縮させた空気が爆発したのだ。

 パウロは、見えない硬い岩にぶち当たったかと思った。目も開けていられない。ごうごうと風が通り抜ける。風の盾を貼っていなければ、身体がバラバラになっていたかもしれない。パウロは轟音の中、足の爪を地面に食い込ませ、大ブーメランを掴む手に力を込めた。しかし、そうして踏ん張ったのは数瞬のことだった。めちゃくちゃな方向に吹き荒れる暴風に煽られ、吹き飛ばされてしまった。

 パウロは、シルフールの間の硬い土の壁に背中から叩きつけられた。白い木の根に覆われた天蓋から、パラパラと細かい土のカケラが降り注いだ。

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