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LAST LORD  作者: トミ
第一章 旅立ち
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祭りの夜1

 西の空に薄い雲がかかり、ピンクに染まっている。剣術大会が終わり、太陽が沈む頃、今日のリィネ村は活気に包まれていた。

 祭り広場では若い男女が踊り、今日だけ遅くまで遊ぶことを許された子供達が、大はしゃぎで走り回っている。

 あちこちに松明が燃やされ、屋外にいくつも並べられたテーブルに、料理や飲み物が所狭しと置かれている。それらを食べる者、料理を運んでくる者、歌や踊りに興じる者達で、村は大変な賑わいだ。秋の夜風は冷たくなってきたが、今日ばかりは人々の熱気を冷ますことは難しいだろう。


 その喧騒から少し外れた場所、村長宅の庭で、エールはテーブルについていた。村長夫妻、鍛冶屋のテンガンと共に食卓を囲んでいる。芝生の上に置かれたテーブルには、所狭しとご馳走が並べられている。

 しかし、それらを前にしてエールは頰を膨らませ、憮然とした面持ちで顎をテーブルに乗せていたのだった。


「いい加減に機嫌を直したらどうだい?」


 金髪の熟年の女性が、丸ごとの鶏の蒸し焼きを持ってきた。彼女は空いた皿をガチャガチャと重ねて脇へ押しやると、大皿をテーブルにどんと置いた。よっこらせ、とテンガンの隣に腰掛ける。

 彼女はテルナ。アスカの母で、リィネ村一の鍛治師であるテンガンの妻だ。

 なんでも若い頃は火山の町レンデで踊り子をしていたらしく、歳を取った今もとても美人だ。金色の髪も含めて、アスカは間違いなくテルナに似たのであろう。ただ、踊り子時代と比べずいぶんと恰幅は良くなったようだが。


「だってぇ…」


 湯気の立つ鶏の背中越しに、エールは恨めしそうな声を上げる。


「私、今日まですごく鍛錬してきたのに、真剣勝負だったのに…クライブ、最後絶対に手加減してた。ひどいよ。ねえ、村長?」


 話を振られた村長は、とぼけたように眉を持ち上げて見せた。


「はて、わしもお前さんの最後の技には驚かされたからのう。クライブも驚いて、調子が狂ったんじゃろう。」


 それでもエールは納得いかない様子で、足元の草を蹴っている。村長夫人のペルーナも、夫に続いて声をかけた。


「本当に、お前の魔法の技は、もう私から教えることはないほどだよ。クライブは剣の腕が立つし、お前たち兄妹は勇者の血を濃く残しているんだろうねぇ。リィネの者として誇りに思うよ。」


 そう諭すように言って、ペルーナは愛しいものを見つめるように柔らかく微笑んで言った。この優しい老婦人は、年配の者の中でも特に魔法に熟練しており、長らく若者達に魔法の指導をしている。エールに魔法を教えてくれた師でもある。彼女は教え子を心から愛し、誇らしく思っているのだ。

 エールは急に自分の子供っぽい所作が恥ずかしくなって、背筋を伸ばした。


「ありがとう…でも、ちゃんと自分の実力で優勝したかったな。」


 テルナが、切り分けた鶏肉を皿によそってくれる。


「ほら、もう文句言わないの。怒りながら食べるのは良くないよ!それに、私は十分実力での優勝だと思うけど。ねえ、あんた。」


 それまで黙って飲んでいたテンガンが、おう、とドラのような大声で返事をしてジョッキを置いた。


「それに、もしクライブが試合に手心を加えてたとしても、責めるのは酷だぜ。あいつはお前さんを可愛がってるからな。それでなくても、実の妹に剣を向けるなんてできねえさ。」


 エールはまだ納得できないでいる。


「クライブはいつもからかったり馬鹿にしたりしてくるし、私は全然可愛がられてないよ。」


 テンガンはがっはっは!と大声を上げて笑った。


「お前、それが可愛がられてるってんだよ!真面目なあいつが、そんな風に出来るのも可愛い妹だからだろう。」


 村長夫妻も、テルナもニコニコしているので、エールはまた恥ずかしくなってきた。

 そうかな、と呟いて鶏肉にかぶりつく。エールの好きなモモの部分だ。肉汁と香草の香りが口の中に広がる。急にお腹が空いていることを思い出し、あっという間に皿が空になった。エールはもう少し食べたくて、今度は自分でおかわりをよそった。

 テルナは、少女が機嫌を直したので満足したようだ。

 村長夫妻もテンガン夫妻も、幼な子の頃に親を亡くしたエールに何かと気をつけて世話を焼いているのだが、やや甘やかしすぎているきらいがある。


「じゃあ、村長そろそろ…」


 テルナが村長に目配せする。


「うん?なんじゃったかのう?」


 村長が首をかしげる。白く長い髭は、今口元だけブドウ酒色に染められている。


「あなた、剣ですよ!剣術大会の優勝者に送る。その為にエールを呼んだんでしょう。」


 夫人に背中を叩かれ、村長はむせた。


「おお、そうじゃったな!いや、忘れてはおらんぞ。」


 優勝したエール本人もすっかり忘れていた。


「そうだ、テンガンさんの剣だよね。そっか、優勝したから貰えるんだ。やったぁ!みんなに自慢出来るよ。私、いつか巡礼の旅に出るときはリィネの剣を持って行きたかったの!」


 エールはもうすっかり上機嫌だ。

 テンガンは田舎のリィネ村に住んでなお、鍛冶の盛んなレンデの町でも名前が知られる程の名工だ。

 剣術大会の優勝者に贈られる剣は、リィネの剣と呼ばれていて、毎年テンガンが気合いを入れて打つので、剣士たちがこぞって欲しがる名剣なのである。


「それでは、エール、こっちに来なさい。」


 村長は立ち上がって、テーブルの下から一振りの剣を取り出した。

 エールも立ち上がり、村長に向かい合う。


「剣術大会の優勝者エールに、リィネの剣を送る。」


 村長がうやうやしく剣を両手で差し出した。

 剣の柄にはリィネの紋章が彫られている。この柄は岩を食べる山羊、ズガンゴートの角で作られている。これだけでもなかなかの高級品だ。

 エールは剣を受け取ると、革製の鞘から抜きはなった。

 いつの間にか、太陽は山の向こうに遠ざかり、辺りは暗くなっていた。西の空に紫の薄い雲がかかっている。

 松明の明かりを受け、リィネの剣がオレンジにきらめいた。

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