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LAST LORD  作者: トミ
第二章 コモルの戦士達
37/53

 パウロは、巨木の森から走って村に戻った。まだ興奮が冷めやらないままに、飛ばして走ったのであっという間だった。村はずれまで来ると、彼は息を弾ませながら、木々の隙間から空を見上げた。

 日が沈んだばかりの空は、薄い雲をたなびかせ、きれいな青とピンクに染まっている。黒い木立のシルエットと相まって、ずっと眺めていたいような美しさだが、これが見られる時間は短い。木々に切り取られた視界の東の淵には、もう星が輝き始めている。

 じき暗くなるだろう。それでも、もう一度サブの家を訪ねてみようと思った。今日の内に、少しでも友人と話しておきたかった。

 杉婆の声の響きが、まだ胸に残っている。今日、オイラは森の古木と話をしたんだ。古来より、キース族は森の声を聞くことが出来たという。パウロは、本当のキース族の風使いになれた気がして、胸がどきどきした。

 思わず笑みを浮かべながら、少しヤキモキした気持ちでもいた。誰かに話したくてたまらないが、軽々しく自慢するには神秘的で大切な出来事のように感じたのだ。

 とにかく、今は急がなければ日が暮れてしまう。そう思って足早にサブの家に向かっている途中、花の小道に差し掛かった所で本人に会った。


「あ、サブ!」


「ようパウロ。ちょうど、お前ん家に行く所だったんだよ。」


 彼もまた、パウロの家に行く途中だったらしい。


「キッツさんに会ってきたんだろ?長老に聞いた。怪我、どうだった?」


「うん、まぁ、元気そうだった。もう大丈夫だと思う。」


「そっか、良かった。」


 答えながら、パウロはそわそわと尻尾を動かしていた。杉婆のこと、サブになら話してもいいかな。


「結局さ、長老や大人達も、どうしたらいいかはわからないんだよな。」


 ふと、サブが足元を見てぽつりと言った。パウロはその沈んだ調子が気になって、友人に目を向けた。彼はこちらを見ると、少し間を置いてから続けた。


「今日さ、ジオさんや長老や…。ミーア族の婆さんの話も聞いていたんだ。ほら、柳の木に住んでるライカさん。」


 とすると、友人はかなり遠くまで足を伸ばしていたらしい。ライカには、パウロも一度会ったことがある。森のミーア族では一番の年長で、ひょうきんで楽しいおばあさんだった。

 彼女の住む川辺の古い柳の木は、古木が多い南東の森の中でも、特に歳を重ねている。杉婆と同じように、柳爺さんと呼ばれて親しまれている。パウロは、もしかしたら柳爺さんとも話が出来るかもしれないな。と思った。今度話しかけてみよう。


「皆、原因はわからないって言うけど…なあ、やっぱり精霊様の像が壊されたことが関係あるんじゃねえかな。ほら、ここんとこの森の異変のことだよ。」


 サブはいつになく真剣な様子だ。今日一日、色々考えていたのかもしれない。パウロは、自慢話をしたくて浮ついていた自分をこっそりと恥じた。

 そういえば、昨日異形の生き物に襲われたばかりだったのだ。


「なあ、明日さ、もう一度風のほこらを調べに行ってみないか?何もねえかもしれないけどさ。」


 だから、サブが半ば予想していたことを言った時、パウロはすぐに返事をした。


「うん。そうだな、行こう。」


 勢いで言ってから、急いで付け加える。


「でも長老達に言ってから行こう。勝手なことをして、何かあったらまた怒られちゃうからさ。」


 その言葉にサブは頷いてから、ニヤリと笑った。今日初めての笑顔だ。


「だな。昨日のジオさん、めちゃくちゃ怖かったしな。」


「うん、オイラ今にも咬みつかれるかと思ったよ。」


 そう言って少年達はお互いに、声を出して笑い合った。それからサブは元気を出したように背筋を伸ばすと、威勢よく言った。


「ようし!じゃあ明日、早起きして行こうぜ。迎えに行くから起きてろよ!」


「うん、また明日。」


 サブはきびすを返し、来た道を戻っていく。その黒い背中に、まばらに木々の影が落ちる。昼間は新緑の中に様々な色を散りばめている花々も、今は花びらを閉じてセピア色の黄昏に沈んでいた。

 日が落ちると、森の中にある村はすぐに真っ暗になる。その為、村ビト達は、夕方になると家路を急ぎ、日が落ちればさっさと寝てしまうのだ。オイラも、もう帰ろう。

 結局、今日もこないだのこと聞けなかったな。歩き出しながら、パウロはぼんやりと考えていた。あの日、ほこらでサブがまとっていた黒い霧のこと。彼自身を包むように立ち登る炎と嫌な臭いを、サブも覚えているのか。あの異形の女王モリカマキリも、似たものをまとっていた…。

 そこまで考えて、彼はぶんぶんと首を振った。何か、嫌な考えになってしまいそうだったのだ。

 パウロが長老やキッツに相談しなかったのは、サブに断らずにそれをするのは、親友の信頼を損ねる行為のような気がしたからだ。

 少年は肩を落として嘆息した。ちゃんと、サブと話さないといけない。明日ほこらに行った時、今度こそ、もう一度聞いてみよう。その後で長老や大人達に相談してみよう。そう強く決意して、家路に着いた。

 しかし、パウロが親友に直接そのことを訊ねる日が来ることは、もうなかったのである。



 その日の夜のことだ。なかなか寝付けなかったパウロは、自宅の木の上で夜空を眺めていた。いつも夜は早々に寝てしまうパウロは、夜空が真っ黒ではなく、波のように濃淡がかっていることに今更気づいたのだった。

 空はどこまで続いているんだろう。吸い込まれそうな濃紺に、散りばめられた星々が瞬いている。それに、今夜は満月だ。月に腕をかざすと、その白い毛先が銀色に輝いた。早寝早起きがモットーの彼だが、たまには星空を眺めるのも悪くない。

 昔長老に聞いたおとぎ話には、風に乗って空を飛ぶ獣人族が出てきた。オイラも風に乗って少しなら滑空出来るけれど、もし星に手が届くほどに高く飛ぶことが出来たら気持ちいいだろうなあ。

 パウロは、ポケットに手を入れて、小さな小瓶を取り出した。ほこら掃除に出る時にチャコに貰ったものだ。中の木の実は残りわずかだが、食いしん坊のパウロとしてはかなり節約して食べたと言えよう。

 瓶の中身をひとつまみ取って口に放り込み、再び小瓶をポケットにしまった。最後の残りは明日、サブと分けよう。

 夕方、彼と別れた時のことを思い出す。友人はいつになく考え込んでいるようだった。いつもは考えるより先に走り出すような、せっかちな奴なのだ。

 サブが、コモルの戦士であることと、森を守るキース族であることを誰よりも誇りに思っていることを、パウロはよく知っている。勇者一族の従者を務め、森を守り、風の精霊様に仕えるコモルの戦士。それなのに、風のほこらを荒らされて何も出来ないばかりか、己の油断で仲間を負傷させてしまったのだ。パウロだって少なからず落ち込んでいる。

 子供の頃も、あいつは長老の長い伝説の話を、飽きもせず何度も聞いていたっけ。今度、オイラもまた聞かせてもらおうかな。

 とりとめもないことを考えていると、少し眠くなってきて、パウロは一つ大きなあくびをした。そろそろ寝ようかな。

 その時、視界の端で何か動くものを見つけた。道を何者かが歩いてくる。パウロはさっと姿勢を低くして、目を凝らした。長老の家で聞いた、怪しい人物の話を思い出したのだ。

 さわりと夜風が吹いた。宵闇に、木立の影が揺れる。木々に隠れてしまう直前、その者の姿を満月が一瞬だけ照らし出した。小柄で、ピンと立った耳に巻いた尻尾。背中に大剣を背負っている。サブだ。パウロはどきりとした。こんな時間に、武器を持ってどこへ行くのだろう?

 もはや彼の目はすっかり覚めていた。枝の上に立ち、たった今サブが通って行った方向を見つめる。あっちには巨木の森へ、風のほこらへと向かう道が続いているはずだ。

 パウロは口を結ぶと、ひらりと身を翻した。屋根伝いに部屋に戻ると、手早く胸当てと手甲を身につける。そして戸口に立てていた大ブーメランを担ぐと、月明かりの中に飛び出して行った。

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