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LAST LORD  作者: トミ
第二章 コモルの戦士達
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コモルの戦士達2

 翌朝、パウロは花の小道を歩いていた。この道は、開けていて日当たりが良く、風通しも良い。春になると、草に木に、花がたくさん咲く。小さな花々は華美ではないが可愛らしい。村ビト達の間で春の散歩コースとして人気だ。パウロもこの道が大好きで、昨日あんなことがあったにも関わらず、歩いていると明るい気持ちになった。

 日の光の中、花の間をずんぐりしたコモルハナバチが蜜を集めてせわしなく働いている。彼らを避けてぴょんとステップを踏むとふわりと甘い香りが立ち上り、パウロはお腹がぐうと鳴った。

 昨夜は疲れているというのに、なかなか寝付けなかった。それで今朝はすっかり寝坊してしまい、朝食を食べ損ねてしまったのだ。サブが呼びに来ないということは、彼も同じく寝坊しているのだろう。ならば、一緒に森で木の実でも探して食べよう。そう思って、友人の家に向かった。

 サブの家は花の小道のすぐ側にある。大きな切り株の家に、兄弟達と四人で暮らしているのだ。


「おーい、サブ!」


 ほぼ切り株そのままの形を残した家は、入り口だけ塗装した丸太で補強してある。太い丸太は、拳で叩くと硬い音がした。最近塗り直したのか、淡い緑の塗料がムラなく塗られている。これはコモル村では最もよく使われる塗料で、草の実を潰し、油と混ぜて作られるものだ。


「はいはーい!あ、パウロ!」


 元気に顔を出したのは、四兄弟の末っ子のヨルンだ。灰色と黒のまだら模様に、半ばから垂れた大きな耳をしている。鼻先が短く背も低いため、幼く見えるが来年には十四歳になる。ふだんは長兄と斧を担いで木こりをしている力持ちだ。因みに、サブは兄弟の三番目にあたる。


「サブなら、朝早くから出掛けたよ。」


「あれ、そうなのか。てっきり、寝坊してんのかと思ったよ。」


 意外な返答に、パウロはきょとんとして鼻をかいた。


「どっか行くとか、言ってなかったか?」


「うーん、何も。ぼくは、パウロのとこに行ったのかなぁと思ってたんだけど。」


 首を振るヨルンに礼を言って、パウロは彼の家を後にした。いないものは仕方がない。とうちゃんとも話したいし、先にそっちに会いに行こう。そう思って足を長老の家に向けた。

 キッツは、長老の家にいなかった。ここにいると落ち着かないからと、巨木の森の小屋に帰ってしまったらしい。怪我をしているというのに、自由な人だ。パウロはゆっくり朝食を取るのを諦め、小瓶の木の実をつまみながら森へと歩き出した。


 巨木の森の木々は皆、年を経た古木達ばかりで、枝ぶりも立派だ。そのほとんどが常葉樹で、一年を通して昼間でも薄暗い。その深緑の高い天井を仰ぐと、木の葉の隙間に、ちらちらと白い輝きが見えた。太陽が真上にあるのだ。

 朝が遅かったから、歩いている間にお昼になってしまった。そう思うと、さっき木の実を食べたばかりだというのに、パウロのお腹がまた鳴った。とうちゃんの小屋で何か食べさせて貰おう。そうと決めて少年は足を早めた。


「とうちゃーん?」


 しかし、森の小屋には誰もいなかった。またしても空振りに終わったかと、パウロは落胆して肩を落とした。

 その足元に、コツンと小枝が落ちてきた。上を見やると、杉婆の高い枝の上から白毛のキース族の手が覗いている。樹上のヒトはその手をおどけたようにひらひらと振ると、手招きをするようにして引っ込めた。上がってこいと呼んでいるようだ。パウロは笑顔を浮かべ、太い幹を登り始めた。

 コモル杉は、枝葉を広く伸ばし、その幹をうねらせながら力強く伸びる。年を経ている杉婆の幹は、表面がごつごつとして、イボだらけだ。しかし乾いてはおらず、幹をしっかりと掴むと、手のひらに力強い生命力を感じる。その暖かさに、思わず笑みがこぼれた。子供の頃、よくこの木の下で遊んだものだ。パウロはこの老木が大好きだった。

 先程見上げた枝は、下で見た印象よりもずっと太くてしっかりしていた。十人くらいで座ってお昼をとっても平気だろう。その枝の上に顔を出すと、キッツが仰向けに、足を組んで寝転んでいた。


「おう、パウロ。」


 彼は顔だけこちらに向け、手をひらひら振って簡単な挨拶をした。頭から右目にかけて包帯を巻いているが、もう血はにじんでいない。パウロは枝によじ登ると、父の側に腰掛けた。


「とうちゃん、怪我はもういいのか?」


「まあな。長老の薬はよく効くよ。」


「そっか、良かった。」


 簡単なやり取りの後、二人はしばらく黙っていた。キッツは気持ち良さそうに目を閉じている。パウロはというと、座ったまま足をぶらぶらと遊ばせていた。足を宙に投げ出すと、苔の上を走ってきて湿った足に心地よい。パウロの黒い足裏の肉球を、そよ風がふわりと撫でた。

 ほこら掃除の日から、風は弱まったままだ。時折、止んでしまうことすらある。やっぱり、精霊様の像が壊されたせいなのだろうか。皆で作り直したら、元に戻ったりしないかな。パウロは思いつきを父に訊ねてみようと口を開いて、ふと止まった。それより先に言うべきことがあったのを思い出したのだ。


「昨日はありがとう。助けてくれて。」


 それに対してキッツは、おう、と短く返事をしただけだった。パウロはそんな父に小さく微笑む。かあちゃんは、とうちゃんのこと無愛想だってよく言うけど、オイラはそこがちょっとカッコいいと思ってるんだ。

 優しい風が吹き、二人のフサフサの白毛を撫でた。寝転がったままの父の耳飾りが、風に揺れている。


「この辺は、いつもいい風が吹いてるなあ。今でも、変わらなくて安心したよ。」


 なんとなく、もう少し父と話したくて他愛のないことを言った。キッツに憧れてはいるが、パウロはどちらかというとお喋りな方なのである。


「いや…今となっては、この森に以前と変わらない、なんてものはない。」


 しかし、思いの外真面目な声が返ってきたので、パウロは目を丸くして父を見た。彼は起き上がると、息子の隣に、片膝を立てて腰かけた。


「実際、千年に渡り止むことのなかった精霊の風は止まってしまっている。今ここに風が吹いているのは、杉婆が風を分けてくれているからだ。」


「え!」


 またも予想外の言葉に、パウロは驚いて父を見た。


「杉婆って、魔法が使えるのか?」


 息子の問いに、キッツは高い梢を見上げると、眩しそうに目を細めて返事をした。


「魔法というより、もっと原初的なものだな。あれから、コモルの風は日に日に弱くなる一方だ。だがいつもこの辺りにはそよ風が吹いている。杉婆が、枝葉の間に蓄えた風の魔力を、森に流してくれているのさ。気になるなら、自分で聞いてみろよ。」


 キッツがなんでもないことのように言うので、パウロはまたぞろ驚いて目をくりくりさせた。もう、オイラの目はコッツの実みたいにまん丸になっているんじゃないだろうか。


「杉婆に?とうちゃんは杉婆とお話できるのか?」


 できるのなら、自分も話してみたい。尻尾をわさわさと振り、食い気味に問うパウロに、キッツはふっと笑ってみせた。


「ああ。お前にも声が聞こえるだろ?」


 そう言われたパウロは、急いで目を閉じ、耳を澄ませてみた。しかし垂れた耳をぴくぴくと動かして集中しても、聞こえて来るのは葉擦れの音ばかりだ。その心地よい音を聞きながら、パウロは少しがっかりした気持ちになった。そもそも杉婆に口はないのに、どうやって喋るんだろう?


「耳で聞くんじゃない、パウロ。お前自身が杉婆の一部になったと思うんだ。木と一つになって、それから自分の中の声を聞くんだよ。」


 心を見透かしたように言われて、少年は首をかしげた。木と、一つになる?うーんと唸りながら、再び目を閉じ、言われた通りに集中する。オイラは杉婆で…。杉婆の一部のオイラの中に…。


「杉婆、オイラはパウロだよ。何かお話してくれよ。」


 目をぎゅっと閉じ、一生懸命に呼びかける息子を、キッツは楽しそうに見ていた。ふわりと優しい風が吹き、父子の回りをくるくると吹き遊ぶ。木の葉が舞い、風を含んだ枝葉が二人を包むようにさわさわと揺れた。



ーあんたを、よく知っているよ。



 葉擦れの音に混じり、ふいに声が聞こえた。それは、パウロの腹の奥の方から静かに響いてくるようだった。老婆の声のようでもあり、かあちゃんの声のようでもある。優しい声だった。



ーあんたが産まれた時からずっと、あんたを見ていたよ。立派な風使いになったもんだねえ、パウロ。



 パウロは目を開けて父を見た。少年は今、喜びと驚きに目をキラキラさせ、顔全体で笑っている。キッツはそんな息子に、頷きかけて言った。


「杉婆は、おれたちの先祖の代から森と、コモル村を見守ってきてくれたんだよ。」


 パウロは、はあーっと大きな息を吐いた。感動していた。初めて話が出来たことも、杉婆がずっと見ていてくれたことも嬉しかった。


「杉婆、今吹いている風は杉婆の魔法なのか?」


 パウロが問いかけると、周囲に茂った葉がさざめき、木漏れ日が笑みのように溢れ落ちた。


ーあんた達のように、強く魔素を呼び集めることはできないよ。あれは言の葉を持つ者の特権さね。


ーあたしはここで、勇者リィネの時代から、千年の時をコモルの風に吹かれていたんだ。その風を、ほんの少しだけ精霊様にお返ししているだけだよ。



「そっか。杉婆は、すごく長く生きてるんだよな。すごいな。」


 パウロは興奮冷めやらぬ様子で、もう何度目かの長い息を吐いた。杉婆の声を聞くのは気持ち良い。身体の奥が振動するような、暖かくなるような感じがするのだ。


「杉婆の風は、おれたちのように、魔素に呼びかけて魔法の力とする技と少し違うんだ。自然のままの魔素、魔力そのもののような…。森の木達は皆そんな力を持っている。長く生きた木は特にな。」


「ふうん。オイラ、魔素とかあんまり深く考えたことないけど…。すごいんだな。」


 難しいことはわからないが、パウロはただただ感心していた。それに、キッツがこんなに長く、感情を込めて話すのは珍しい。父がこの森を愛しているのだとよくわかる。それを、パウロは嬉しいと思った。

 少年は座ったまま、後ろ手をついてふーっと息をついた。思ったより疲れていた。もっと杉婆とたくさん話したい。しかし、パウロにはまだ、集中しないと杉婆の声を聞くのは難しいようだ。


「そろそろ降りようか。昼メシでも食っていけよ。」


 父の提案に、パウロのお腹がぐううと鳴った。


「やったあ!すっかり忘れてたけど、オイラお腹減ってたんだよ!」


 少年はぴょんと飛び跳ねるように立ち上がると、杉婆の方を向いた。どっちが顔かわからないので、なんとなく幹の上の方に向かって話しかける。


「杉婆、話せてすげー嬉しかったよ!それと、風をありがとう。またな!」


 それから、二人はでこぼこの幹を器用にも、するすると滑るように下った。食いしん坊のキース族の頭は、もうすっかり食事のことに切り替わっていた。

 パウロは、遠慮なく頂いた。朝から木の実を少ししか食べていなかったのだ。硬いパンに、鹿肉とキノコの入った油っこいスープを浸して食べる。くせはあるが、パウロは父の作るこのスープが好きだ。

 お次はパンに蜜をかけ、かじりつく。そうやって交互に口に入れると、何個でも食べられそうだ。

 結局、パウロは袋一杯のパンを食べてしまった。息子がよく食べるのは嬉しいが、この食料でしばらく過ごすつもりだったキッツは、苦笑するばかりだ。


「もう夕方だ。泊まって行けよ。」


 父がそう誘ってくれたが、パウロは断ることにした。もっと色々話したい気持ちもあったが、サブのことが気がかりだったのだ。今日の内に、少しでも会っておかないといけない気がした。


「ありがとう。でも、サブと話したいことがあるんだ。それに、ちょっと走りたいから。」


 実をいうと、パウロは思いっきり走り回りたい気持ちだったのだ。杉婆の声を聞けるようになったことと、立派な風使いと言われたのが嬉しくて、昨今の事件にまつわる不安を頭の隅に追いやってしまっていた。


 元気に走っていく息子を見送った後、キッツは小屋の脇の、杉婆の根っこの上にしばらく座っていた。

 彼は残された左目を閉じ、杉婆の根に触れる。夕刻迫る巨木の森は冷たく湿った空気に満たされているが、手の平に、優しい老木のぬくもりを感じた。



ーあの子はあんたを越えて、素晴らしい風使いになるだろう。



「それがあいつにとって、良いことならいいんだが。」


 再び開いた彼の目には、不安げな光が揺れていた。歴戦の戦士であるキッツもまた、かつてない森の異変の前に迷い、困惑しているのだった。

 そして、彼らの他にも、少年を見送っている者がいた。その者の目尻の毛は老いて薄くなり、刻まれた深い皺が見て取れる。


「時が近づいておる。風の子らに試練の時が。たとえ望むまいとも…。」


 先程、父子が登っていた高い枝の上に、小柄な老人があぐらをかいて座っていた。つばの広い帽子を深く被っている。彼がわずかに面を上げると、焦茶色の目が厳しくぎらりと光った。


「全く酷なことをするものよ。のう、リィネよ。」


 老人のささやくような声は風に吹かれ、葉擦れの音と共に、夕闇の木立の隙間へと紛れて行った。

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