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LAST LORD  作者: トミ
第二章 コモルの戦士達
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コモルの戦士達1

 パウロとサブ、キッツは村へ向かって歩いていた。長老に報告と、キッツの手当をしなくてはいけない。彼は今腰巻きの布を千切って包帯がわりに巻き、息子の肩を借りて歩いている。パウロは、父の負傷を苦く思いながらも、命に別状はなさそうで、本当に良かったと思った。

 彼らは黙りがちに歩いた。それぞれに、先程見た光景を思い浮かべ、沈んだ気持ちでいた。キッツによって倒された異形の女王カマキリの死骸。それは、くすぶるような紫の蒸気を上げながら縮み、消し炭のようになっていったのである。森の地面に、嫌な匂いと黒ずんだしみがこびりつき、地面にもう草木が育たないのではないかと思われるような不快な残滓を残したのであった。

 村が見えてくると、パウロはほっとした。春の木漏れ日は暖かく、柔らかな草を踏んで歩くと、優しい緑の臭いがした。顔を上げると、新緑の木立のそばを小さな蝶が横切る。ここは、のどかなコモル村だ。先程の戦いも、恐ろしい光景も、夢だったかのように思えた。

 その時パウロのお腹がぐうと鳴って、キッツが笑った。サブも呆れたように笑っている。ちょうど昼時のようだ。驚いたことに、半日も経っていなかった。

 畑の近くまで来ると、アビが落ち着かなげにうろうろしているのが見えた。心配してくれていたのだろう。パウロ達に気付いた彼は、安堵したような笑顔で駆け寄ってきた。


「パウロにいちゃん!って、うきゃああああああ!」


「ア、アビ!」


 一旦パウロに嬉しそうな顔を向けたアビだが、すぐ負傷しているキッツに気づき、悲鳴を上げた。傷口には布を巻いていたのだが、血がいけなかったらしい。彼はそのまま後ろにひっくり返り、どしんと地響きを立てて大の字に伸びてしまった。

 慌てるパウロの後ろで、当のキッツは吹き出した。笑うと傷に響くのか、頭を押さえて面白そうに笑っている。のんきなものだ。

 サブが肩を叩いて声を掛けたが、大柄な少年は完全に気絶してしまっていた。白目を剥いて、口の端から長い舌が出ている。ちょっと怖い。

 そこに、ちょうど他の戦士達が数名やって来た。キッツ同様、パウロとサブの遠吠えを聞き、駆けつけようと来てくれたらしい。彼らも、キッツの負傷には驚いていた。父は、手練れの戦士であったのだ。

 ちょうどいいとばかりに、図体の大きいアビを運ぶ重労働を戦士達に任せ、パウロ達三人は長老の家に向かったのである。



「くぅーん、モリカマキリがのぅ…。」


 キッツの手当てをしながら、パウロ達の話を聞いた長老は長いため息をついた。


「このようなことは聞いたことがないわい。昨日、精霊様に祈りを捧げたばかりだというのにのぅ…。」


 長老はしばらく唸って考えていた。唸りながらも手を動かし、血止めの軟膏をたっぷり取ってキッツの傷口に塗り込む。長老秘伝の薬だ。しみるのか、薬を塗りたくられながらキッツはうめき声を上げていたが、すっかり出血は止まったようだ。それでパウロはとりあえず一安心したのだった。

 そこに、扉が開き、トリムが顔を出した。


「パウロ、サブ!チャコから聞いたぜ。悪ぃな、大変なことになって…って、うわ!キッツさん!どうしたんだその怪我!」


 来るなり大騒ぎをしている。そんなトリムだが、パウロからモリカマキリの説明を聞くと、すっかり落ち込んでしまった。


「すまん。そんな大事になっていたとは。オレが軽い気持ちで頼んだばっかりに…。」


 普段はお調子者の彼が、しょんぼりとうなだれる。頭の毛玉も、心なしかしょげて見える。しかし、長老はわさわさと体を揺すって叱るように言った。


「そうれ、しょげている場合か。トリム、村の戦士を集めて来てくれんか。これは皆で話し合わねばならぬことのようじゃ。」


 緊急会議を開くということだ。変わらないやり方を重んじるキース族達が、此度の異変によって、やっと重い腰を上げた瞬間だった。

 トリムが駆け出して行き、パウロ達は皆が集まるまで、少し休ませてもらうことになった。

 奥の部屋で、ござの上に寝転ぶと、ちょうど壁にかかったタペストリーが目に入った。古びた布はごわごわとして、すっかり色褪せているが、模様は今でもはっきり見てとれる。

 タペストリーには全体を覆うような黒い渦巻きが描かれており、それを割くように、天から光が刺している。その中心に一人のヒトが剣を掲げている。勇者リィネが闇から人々を救ったシーンだ。

 コモル村で勇者リィネの伝説を知らない者はいない。何しろ、勇者の従者一族の村なのだ。

 パウロはコモル村を出たことはないが、島の他の町にも、何らかの形でこのレリーフがあるのだと長老は言っていた。

 パウロは、ふと、そこに描かれた黒い渦巻きが、モリカマキリが纏っていた黒い炎に似ているように思った。

 程なく、コモルの戦士達が集まったと長老が呼びにきた。集会所に行くと、戦士達が大きな丸太のテーブルにまわりに揃ってあぐらをかいて座っている。その誰も怖い顔をしていた。

 さて、集まってはみたものの、キース族達は皆同じように唸り声を上げるばかりだ。モリカマキリがこのような暴れ方をしたことはなかった。ましてや、生き物が紫の蒸気をまとい、姿を変じるなど聞いたこともない。果たして、あれはモリカマキリだったのか?

 誰も、あの生き物がなんなのか、今後どうすれば防げるのか思いつかず、結局、何も決まらなかった。村周辺の警戒を強めることにしようと長老が言い、お開きになった。

 森で暮らすミーア族達にも気をつけるようにと伝令を送ることになり、数人の若い戦士が駆け出して行った。荒らされた畑の片付けもしなくてはならない。そうして最初の戦士会議は、一旦解散となった。キッツは引き続き奥の部屋で休むことにして、長老とジオ、パウロ達三人が場に残った。

 パウロとサブは、まず勝手に行動したことを怒られた。ジオは本気で怒っていて、牙をむき出しに憤怒の表情で怒鳴り、ものすごく怖かった。

 それから今日の出来事を何度もあれこれ質問され、やっと夕方解放されたのであった。

 夕暮れのコモル村を歩きながら、二人はしばらく無言だった。不安もあったし、疲れていた。

 ふと顔を上げてみると、高い木の葉が赤みを帯びた黄金色に照らされている。ここからは見えないが、まだ日が出ているのだ。きっと、今日の夕陽もきれいなんだろうな。しかし、今のパウロは木に登って日暮れを眺める気になれなかった。

 とぼとぼと歩く内、やがて森全体を染め上げていた黄金色が陰り、太陽が地平に沈んだことを告げた。


「キッツさんの怪我、大丈夫かな。」


 サブがぽつりと言った。キース族は平原のヒト達に比べて怪我の治りが早い。長老の家で軟膏を塗ってもらって、すぐ出血は止まった。だが長老の、失明は避けられないだろうという言葉に二人はショックを受けていた。もしかしたら、戦士を引退することになるかもしれない。


「わかんない…。そうだ。助けてくれたお礼を言うの、忘れてたな。」


 パウロがそう言ってため息をつくと、サブも力なく返事を返した。程なく、二人は足を止めた。各々の家路へ向かう別れ道に来ていた。


「今日は、なんか…ごめんな。」


 サブがぼそりと言った。目を見張るパウロに友人は言いにくそうに付け加えた。


「ほら、おれが突っ走ったせいでさ…。」


 いつもキュッと上を向いた尻尾が心なしか垂れている。彼らしくもない。パウロはかぶりを振って答えた。


「ううん。もしあれが村まで来てたら大変だった。誰も死ななくて、良かったじゃないか。」


 返事をしながら、パウロはそわそわと尻尾を揺らした。女王カマキリの出現ですっかり忘れていた。あの時、サブに昨日のほこらでの出来事を聞こうとしていたのを思い出したのだ。


「今日は疲れたよ。…また、明日な。」


「ん、うん。ああ…。」


 しかしパウロが何も言い出せない内に、サブは背中を向けて歩き出してしまった。

 仕方ない。今日は色んなことがあったのだ。もう少し気持ちが落ち着いてから、改めて聞けば良い。

 自身も自宅へと歩き出したパウロは、途中で一度振り返った。夕闇が迫る花の小道の向こうに、サブの姿が遠ざかってゆく。黒毛の友人の姿はすぐに暗がりに溶け込み、見えなくなってしまう。それを見送ってから、彼は今日何度目かのため息をつき、とぼとぼと家路についたのだった。

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