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LAST LORD  作者: トミ
第二章 コモルの戦士達
32/53

畑荒らし1

「とうちゃん、精霊様ってどこにいるの?」


 幼い頃、父に訊ねたことがある。キッツはちょうど、巨木の森の杉婆の枝で日課の昼寝をしている所だった。わざわざ昼寝中に訪ねたのは、ここまで登れるようになったことを見て欲しかったからだ。

 太い枝の上に仰向けで寝転がっていたキッツは、片目を開けて息子の姿をみとめると、前に聞いた時と同じ返答をした。


「精霊様はどこにでもいる。いつもオレ達を見ているよ。」


 それを聞いたパウロは不満げに口を尖らせる。


「でも、オイラ見たことないよ。いっぱい探したのに。」


 何日も森を行ったり来たりしては、大きな白い鳥の姿を探したのだ。けれど森のどこにも、精霊の姿を見つけることは出来なかった。


「そうか?」


 キッツはどっこいしょ、と身を起こしてあぐらをかくと、幼い息子の隣に座った。


「コモルの風はシルフール様の羽ばたきだ。今ここに吹いている風が、精霊様がいるっていう証拠だろう。」


 当然のように父は言うが、パウロは納得いかなくて、しかめ面をして首を傾げた。


「でもー」


 反論しようとした時、ふいに突風が吹いた。小さなパウロは、キッツに首根っこを掴まれなければ、危うく吹き飛ばされていたかもしれない。

 風は父子の周りを舞い遊ぶように渦巻いた後、東の空へと吹き抜けて行った。

 目をぱちぱちさせる息子を右手にぶら下げたまま、キッツは声を上げて笑った。


「ほらな。ちゃんとここにいるってさ!」


 精霊の姿は見えなかったけど、父があんまり楽しそうに笑うので、パウロも一緒に笑った。杉婆の葉がザワザワと揺れて、まるで一緒に笑っているようだった。



「はーあ…。」


 現在、パウロは食堂でため息をついていた。食いしん坊の彼が食事中にせつない気持ちになるなんて、由々しき事態だ。

 理由はわかっている。昨日のほこらでの出来事だ。彼は初めて精霊様の像を見るのを、すごくすごく楽しみにしていたのだった。

 幼い頃、森を走り回って探した姿をやっと見ることが出来る気がして、嬉しかったのだ。それなのに…。

 パウロは何度目か、ううん、と唸るような声を上げて首を振った。一体、誰があんなひどいことをしたのだろう。


「おっ、パウロ。今日は早いじゃねえか。」


 ぼんやりしていた所に声をかけられて、ドキリとした。振り向くと、ピンと立った耳にきゅっと巻いた尻尾。気が短いが面倒見の良い、黒毛の親友の姿があった。


「おはよう、サブ。」


 友人は、おう、と返事をしてパウロの隣に座った。背負っていた大剣をテーブルの傍に立て掛ける。

 パウロは、再びため息をついた。今度は安堵のため息だ。昨日、黒い炎をまとったサブの幻覚を見たことを思い出す。

 あれは見間違いだ。あれから、サブはずっとサブのままだ。それでも、パウロは彼に会う度に、いつもと変わらぬことを確認してしまうのだ。


「なあ、昨日のこと、パウロはどう思う?」


 ぼんやりしていたパウロは、サブに問いかけられて、一瞬ぽかんとした。昨日のこと、とは精霊像が壊された事件のことだろう。


「うん?どうって…。すごく残念だよ。悔しい。」


 パンをもごもご噛みながら答える。サブは同意するように頷きながらも、もどかしそうに付け加えた。


「そりゃあ、皆そうさ。おれが言ってんのは、犯人のことだよ。」


 きょとんとして目を見張るパウロに、サブはずいと顔を近づけ、声をひそめて言った。


「おれは、あの変なじいさんが怪しいと思うんだけどさ。」


「ええ?」


 予想外のサブの考えに、パウロはすっとんきょうな声を上げた。


「だって、あのヒトはキース族だぞ。そんなことしないだろ。」


 今は森の外に住む仲間も多くいるけれど、コモルの森はキース族達の故郷だ。この地を守る風の精霊を汚すようなことを、仲間がするとは思えなかった。


「おれだってそう思いたいけどさ…。じいさんキース族らしくないっていうか、変わり者だったし、なんか思わせぶりなこと言ってたろ。」


「うーん…。」


 パウロは腕組みをして考え込んだ。偏屈そうな老人の顔を思い出してみる。


「オイラは、違うと思うけどなあ…。」


 確かに、変なヒトではあった。でも、悪人ではない…と思う。うまく言えないが、そんな気がした。


「あっ!サブ、パウロ!」


 鈴のような高い声が響いた。見ると、食堂の入り口から、薄茶色の小柄な少女が顔を覗かせている。チャコだ。パウロとサブが手を振ると、小走りに駆け寄って来た。


「今いい?ちょっと、畑に来て欲しいの。困ったことになって…。」


 どうやら慌てているようだ。走って来たのか、息を切らしていた。


「今、それどころじゃねえよ。昨日の事件のことは知ってるだろ。今から戦士の会議があんだよ。」


 普段から言葉遣いの荒いサブだが、女の子に向かってなんでそんなひどいことが言えるのか、とパウロは腹立たしく思った。サブには思いやりと優しさが足りないと思う。


「うん、でも…。」


 チャコは俯いて言い淀んだ。よほど困っているらしい。ならば自分が手伝おう。パウロが鼻息荒く言おうとした時、ポンと肩に手を置かれた。


「ああ、じゃ俺が長老達に言っといてやるよ。サブとパウロは遅れて来ますってな。」


 見ると、いつの間にやって来たのか、トリムがいた。


「コッツ畑は村の大事なもんだしなぁ。若き戦士諸君、行ってきてやってくれや。」


 彼は冗談っぽくそう言うとニッと笑い、パンを口に放り込んだ。こんな時だというのに、軽いヒトだ。

 サブが不機嫌そうな顔をする。この先輩はいつも飄々として楽しくて、パウロは好きなのだが、真面目なサブは度々、苛ついてしまうらしい。


「にいちゃんが来てくれても、いいんだけどね?」


 チャコが三白眼で睨まれて、兄はそそくさと立ち上がった。


「俺はほら、昨日門番やってて現場にいなかったし、ちゃんと会議に出ないと、な。」


 そして、ちゃっかりと残りのパンを手に取ると、いかにも急いでいる風に、よろしく頼むよと手を振って行ってしまった。


「もう…。にいちゃんってば。」


 憤慨するチャコに、パウロは笑いかけた。


「いいよ、チャコ。オイラ達が行くからさ。」


 サブも腕組みして鼻を鳴らす。彼もなんだかんだ面倒見は良いのだ。


「仕方ねえな。一体どうしたんだよ?」


 村ビトの安全を守り、悩みを解決するのも、戦士の重要な仕事だ。トリムの言う通り、コッツ畑は村の大切な財産でもある。

 戦士の二人はチャコに案内され、張り切って畑へと走ったのである。



 畑に着くと、少年達は目を見張って辺りを見回した。思わず無言になる。コッツ畑は、二人が思っていたより困ったことになっていたのだ。


「お前なあ。先にこれを言えよ。」


 やがて、サブが飽きれたように言った。


「ごめん…。昨日の事件の後だから、大変かと思って…。」


 チャコはしょんぼりとしている。


「そりゃそうだけどさあ…。」


 畑は見事に荒らされていた。枝や葉がそこらじゅうに散乱している。コッツの実は食い荒らされ、熟れていない実まで踏みつけられている。枝や幹は、鋭い刃物のようなもので切り裂かれていた。

 ここの畑は、村の中に点在する中でも小さいものだが、決して軽視していい事件ではないだろう。


「あっ!パウロにいちゃあん!」


 ボロボロの畑の中、途方に暮れて座り込んでいた一人の村ビトが、三人に気付いて立ち上がった。べそをかきながら、ドタバタと駆け寄ってくる。


「アビ!大丈夫か?大変なことになってるな。」


 パウロに声をかけられると、彼はうんうんと頷いて鼻をすすった。ぽろぽろと大粒の涙が溢れている。しゃがみ込んで泣く少年を、パウロはよしよしと撫でた。パウロの方は屈む必要はない。アビは、でかいのだ。

 彼はチャコと共に畑仕事をしている十歳の少年である。パウロより四つ年下だが、背は倍近くある。加えて、がっしりと筋肉もついており、成人する頃にはどこまで大きくなってしまうのか、楽しみでもあり恐ろしくもあった。

 アビは、ミーア族とキース族のハーフだ。先祖を同じくする二つの種族は、似通っている部分が多く、結婚して子を成すこともある。そうして産まれたハーフを、わかりやすくミアキスと呼んでいる。

 普通ミアキスは、両親どちらかの性質を強く受け継ぐことが多い。ただアビは珍しく、ミーア族の身長と、キース族の体格をどちらも受け継いでいるのだった。

 他にも、ミーア族のようなピンと立った長い耳にシュッと伸びた鼻先に、キース族特有のフサフサな体毛を持ち、アビには両種族の特徴が混在している。目の周りには黒い模様があって、この模様のせいで、目を吊り上げて激怒しているように見えるが、実際は臆病で大人しい気性である。

 見た目に反して気弱で泣き虫なアビは、優しいパウロによく懐いている。体は大きいが、可愛い弟分だ。


「戦士が二人も来てくれたからね、もう大丈夫よ。」


「うん!よかったぁ。」


 チャコの言葉に、アビの顔がぱっと明るくなる。この辺りは単純なキース族らしい。


「まかせてよ。オイラ達が畑荒らしをやっつけてやるから。」


 弟分に頼られ、期待されているとあっては頑張らなければ。パウロは胸を叩くと、サブと二人、腰をかがめて鼻をひくつかせながら辺りを調べ始めたのだった。

 そして、すぐにピンと来た。この臭いには覚えがある。


「モリカマキリか。」


 サブにもわかったらしい。二人で顔を見合わせ、頷く。モリカマキリは群れで生活する大型の虫だ。普段は森の奥の方に生息していて、村の近くまで来ることはほとんどない。鋭い鎌のような触腕があり、小さな生き物を捉えて食べる。

 基本的に肉食だが、木の実を食べることもあるようだ。春の繁殖期で、食べものを求めているのかもしれない。


「それにしても、なんでこんなになるんだ?喧嘩でもしたのかなぁ…。」


 食べ物を取るだけなら、木や蕾をズタズタにする意味がわからない。よく見ると、この春に芽吹いたばかりの若木までが踏みつけられており、パウロは憤りを感じた。まるで生命を憎んでいるかのような荒らし方だ。


「まだそんなに時間経ってねえな。…お、あっちだ!」


「えっ、おいサブ!」


 サブが早速追跡を始めようとしたので、パウロは慌てて友人の腕を掴んだ。


「モリカマキリだろ?この様子じゃ群れかもしれないし、危ないよ。他の戦士達も呼んでこよう。」


 群れでなくても、モリカマキリは危険な生き物に数えられる。応援を呼びに行くのが当然と思えた。しかし、サブは振り返ると、きっとパウロを睨みつけた。


「ふざけんな!こんだけ畑を荒らされて、それでもコモルの戦士か!この弱虫!」


 サブが吠えるように怒鳴り声を上げた。その剣幕に驚くパウロの手を振り払い、さらに声を上げる。


「おれが、ぶっ倒してきてやる!おれが村を守るんだ!」


 サブは高らかにそう言うと、走り出して行った。パウロは、その背中を呆然として見送った。友人の突然の激昂に驚いていた。

 普段から短気なサブだが、あの怒り方はいつもと違う気がする。急すぎるし、それに…。

 パウロは少なからずショックを受けていた。今まであんな目で睨まれたことなんて、なかったのに。

 昨日の出来事が頭をよぎる。あれは見間違いじゃなかったのか?もしかしてシルフールの間で、サブに何かがあったのだろうか?


「パウロちゃん、大丈夫?」


 チャコが気遣うように声をかけてきて、ハッとした。アビも怯えているようだ。


「うん、大丈夫だ。」


 そうだ。パウロは戦士なのだ。ショックを受けてぼんやりしている場合じゃない。今はやるべきことがある。サブが危ないかもしれないんだ。


「オイラはサブを追いかけるよ。二人は、長老の家に行って伝えてくれないか?戦士達が集まってるはずだから。」


 チャコが頷いたのを確認し、パウロは走り出した。

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