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LAST LORD  作者: トミ
第二章 コモルの戦士達
31/53

風のほこら3

 風のほこらの中へ走り込むと、ひんやりと気持ち良い空気が鼻先を撫でた。内部の通路は、灰色の硬い石を組んで作られていた。土を盛り上げただけの外見の印象に反し、しっかりとした作りだ。

 他にこのような建造物はコモルの森にはない。明らかに旗のヒト達の建築様式だが、通路の柱部分にはコモルの風を表す掘り込みやキース族のレリーフがあり、コモルの民の伝統を尊重して作られているようだった。

 先程のキッツの話を思い出したパウロは少し足を緩め、それを眺めるのを楽しんで進んだ。一番乗りは親友に譲ってやろう。

 これだけの量の石をレンデから運んできたなんて、昔のヒト達はさぞ大変だっただろう。

 色の濃い土を固めた地面はひんやりとして、感触が心地よかった。暗く長く続く通路は、緩やかなカーブを描いた下り坂になっていて、思ったより奥まで続いているようだ。

 進むに連れ、道の先からババユリの臭いが漂ってきて、パウロは首をかしげた。コモルハナバチが巣でも作っているのだろうか。甘ったるい臭いが鼻の奥につんとして、鼻の良いキース族には、むせかえるほどだ。もし巣があったら、ハチ達にはかわいそうだが、きれいに掃除してしまおう。そう決めて足を早めた。

 程なく、開けた場所に出た。そこはドーム状の広い空間で、湾曲した大きな木の柱が四本、部屋の隅から天井中央にかけて壁を支えている。壁は土で固められていた。通路とは随分違った赴きの部屋だ。

 天井には太い木の根が、天井を支えるように広がっている。風の木は、根っこまで白っぽいんだなとパウロは思った。その合間に埋まりかけている採光窓から、優しい明かりが差し込んでいる。

 採光窓には緑色の透明な石が嵌め込まれており、それを通して投げ込まれた日光が部屋中を鮮やかな緑色に染め上げていた。壁には入り口のものより純度の高い夜光石がはめ込まれている。ここは風のほこらの最奥部、シルフールの間だ。


 しかし、その幻想的な様子にパウロが目を奪われたのは一瞬のことだった。

 彼は、目を見開いて幼い頃からの親友の背中を見てた。そして、それが本当に彼の知る幼馴染なのか信じられないでいた。

 サブは、部屋の中央にある石の祭壇の上で、こちらに背中を向けて立っている。その体から、黒紫色の蒸気のようなものが立ち上っていたのだ。

 それだけではない。滲むような殺気、憎しみのようなものが伝わってくる。

 サブが何事かを呻くように呟いた。低く掠れた声はパウロには聞き取れなかったが、良い内容の言葉とは思えなかった。

 声を掛けようか迷っている間に、友人を包む蒸気は濃さを増し、黒い炎となって、おどろおどろしく立ち上った。

 微かに悪臭がした。どろりとしたような、この世の好ましくないものを凝り固めたような、不快な臭いだった。その臭いは、黒い炎の中心にいるサブから漂ってくるのだ。彼とは、さっきまで一緒に走っていた。重たい扉を押し開けて、笑い合ったのに。何が起こってるんだ?

 パウロは立ち尽くし、震えていた。鼻も喉も乾いている。それでも、やっとのことで掠れた声を出し、友人の名を呼んだ。


「サ、サブ…。」


 その時、後から長老と戦士達の足音が聞こえてきて、はっと振り向いた。


「これ!箒を持ってから行かぬか。全く…。」


 ぶつくさ言いながらやってきた長老だが、シルフールの間に入ると、すぐ驚きの声を上げた。


「これは、なんということじゃ!」


 いつも毛の下に隠れて見えない長老の目が、少し見えている。


「精霊様の像が…!」


 続いて、長老の後にやって来たジオが声を上げた。パウロにはその意味がわからなかった。何を言ってるんだ?そんなことよりも、サブがどうにかなっちゃったんだ。そう叫ぼうとしたその時だった。


「長老!大変だ、精霊像が!」


 パウロは飛び上がって驚いた。声を上げたのがサブだったからだ。

 振り返ると、そこには親友がいた。紫の蒸気も黒い炎も出ていない。慌てているが、良く知っているいつものサブだ。

 パウロは目を瞬いて友人を見た。まだ胸がドキドキしていた。


「精霊様の像が粉々だ!」


 戦士達の慌てる声が耳に入り、ハッと我に帰る。皆、何の話をしているんだ?そこでやっと、パウロも仲間たちの目線の先に目を向けた。

 ここに入るのは初めてだが、シルフールの間のことは、父や長老から聞いてよく知っていた。部屋の中央には祭壇があって、そこには白い石で作られた美しい精霊像があるはずだった。

 それが、見当たらない。部屋の中央、像があったはずの台座に、シルフールの足の部分だけが残っている。辺りには、白い石のかけらが散らばっていた。

 その中に、精霊シルフールの頭の形のものを見つけ、ようやくパウロも理解した。精霊像が壊れてしまったのだ。


 その後は慌ただしかった。先程は誰も気付かなかったが、よくよく確認してみると、最近ほこらの入り口の扉を動かした跡が見つかったのである。

 千年近くも姿を保っていた石像が、自然に粉々になるものではない。何者かが精霊像を破壊したのは明らかだった。戦士達は怒り悲しんだが、誰しもが面目ないやら、恥ずかしいやらで反省しきりだった。

 近頃の森の異変と無関係な出来事とは思えない。その異変を感じつつも、危機感を持って行動を起こそうという者はほとんどいなかったのだ。大らかで楽観的なキース族達の気質が災いしたといえよう。

 キッツは特に責任を感じているのか、沈んだ表情で黙り込んでいる。無理もない。ほこらの管理を任されていたのだ。

 彼によると、昨年の掃除の日から誰もここに入っていないし、昨日ほこらの前まで見回った時は異常はなかったという。

 扉の跡までは見ていないが、少なくともババユリの臭いはしなかったそうだ。

 ここの鍵を持っているのはキッツと長老だけだ。ただ、大雑把な作りの錠は、手先の器用なヒトならば道具を使って解錠できるかもしれない。

 シルフールの間には、臭いのきつい香料がまかれていて、鼻の効くキース族達にも、何者がいたのかわからなかった。つまりは、犯人を見つけることは難しいかもしれない、ということだ。

 皆落胆したが、それでも、長老は少し考えてから、戦士達に指示を出した。


「モーリー、ジオ、ペイペはこの周辺を嗅ぎ回ってくれ。犯人がまだ近くにいるかもしれん。ハッピはミーア族の衆に伝えて、捜索に協力してもらってくれ。パウロとサブは急ぎ村に戻れ。怪しい者がいたらすぐに報告するようにと、皆に伝えるんじゃ。」


 比較的若く、足の速い戦士達に、走り回る仕事が与えられた。彼らは面目を回復するように、それぞれの仕事に駆け出して行く。パウロとサブも、村にトンボ帰りだ。

 若い戦士達が走り去ると、長老は残された者に向き直り、寂しそうに言った。


「さて、わしらはここの片付けじゃ。…シルフールの間を、荒らされたままにはできぬからのぅ。」


 そして、長老はひとつ長いため息をついた。彼らコモルの民の歴史の中でも、最大の失態に他ならなかった。



「くそっ!一体誰がやったんだ。絶対許さねえ!」


 サブは走りながら、怒りを露わに牙を剥き出しにしていた。


「なあ、サブ。さっきさ…。」


 パウロは黙ったまま隣を走っていたが、躊躇いがちに友人に呼びかけた。胸が不安に満たされている。精霊像のことでひと時の間忘れていたが、先程シルフールの間で見た親友の姿を思い出していたのだ。


「なんだよ?」


 サブが鼻にシワを寄せたまま、こちらを見やる。イライラを抑えきれないといった感じだ。それでも彼からは今、コモルのキース族の臭い。サブの臭いがする。嫌な臭いはしない。


「いや、何でもない。」


 きっと見間違えだったのだ。急に暗い所から明るくなったから、目が眩んだのだろう。そう思うことにして、パウロはこの不安を仕舞い込むことにした。

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