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LAST LORD  作者: トミ
第二章 コモルの戦士達
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風のほこら2

 パウロとサブが風のほこらに到着した時、まだ掃除は始まっていなかった。なんでも、掃除道具を入れている石の蔵の建て付けが悪く、手間取っていたらしい。

 謎の老人に怒られたこともあり、あの後は普通に走ってきた二人だったが、そこまで遅刻せずにすんだことに安堵した。

 結局、あの老人は何者だったのだろう。名前も聞かなかったが、村の者ではないようだった。森で一人暮らしているのだろうか。だとしたら、余程の変人なのだろう。コモルの森は豊かだが、その分危険な生物も多い。気ままな単独暮らしを好むミーア族でも、コモルの森ではグループで生活している者がほとんどだ。


「おお、お前達か。遅かったのぅ。」


 二人が皆の輪に近づくと、長老が声をかけてきた。相変わらずフサフサの体は、尻尾がなければどちらを向いているのかも分からないだろう。この体でよくここまで走ってこられたものだ。ふさふさの体毛に隠れて、足がどこにあるかわからないくらいなのに。

 長老の体には細かい葉っぱと草の実が大量にくっついて、下半分はほぼ緑色になっている。丸っこいシルエットも相まって、まるで新種のボボみたいだ。

 笑いを堪えながらそれをサブに耳打ちすると、友人は吹き出しそうになって咳き込んだ。それで長老を直視できなくなってしまったらしいサブは、横を向いて歯を食いしばっている。笑いを堪えているのだろうが、ずいぶん獰猛な顔になっている。それが可笑しくて、パウロはもう吹き出してしまった。

 サブに小突かれたが、幸い当の長老は気付かなかったようだ。毛に絡まった葉を丁寧に抜き取るのに夢中になっている。きれいにしたって、どうせ帰り道でも葉っぱまみれになるのに。パウロはそう思ったが言わないでおいた。代わりに、今朝から気になっていることを訊ねることにした。


「そうだ長老、今日の風って変じゃない?吹いたり止んだりさ。」


 訊ねられると、長老は毛繕いの手を止めて答えた。


「おお、うむ。先ほど皆とも話しておった所じゃ。確かに、今日は風が弱い。それが何故かは、わしにもわからん。」


 二人の少年は顔を見合わせた。長老でもわからないのならば、若輩者のパウロとサブにわかるはずもない。コモルに風が吹かなくなったら、どうなってしまうのだろう。浮かない顔をする若者達に、長老は大らかに笑いかけた。


「じゃが今日は、奇しくもほこらに戦士達が集まる日じゃ。そこで、皆で精霊様にお伺いすることにしようと思ってのお。」


 二人の少年は目を瞬き、今日何度目か顔を見合わせた。精霊様に、お伺いする?そんなことが出来るのか。


「長老、精霊様とお話出来るのか?」


 サブが期待に満ちた目で問いかける。パウロも同じだ。コモルの地を守る風の精霊シルフール。会えるものなら会ってみたい。


「いやいや、直接お話する訳ではないがの。精霊様の祭壇の前で祈りを捧げるのじゃ。戦士一同、心を込めてのぉ。きっと、悪いことからお守りくださる。今までもそうじゃった。この森は風の精霊様の加護を受けておるのじゃから。」


 少年達はちょっとがっりしながらも、ふうんと頷いた。

 ここ最近の森の異変についても、風が吹かないことについても、長老や大人達が以外と大らかに構えているし、大丈夫なのだろう。そこで、パウロ達も心配するのを止めることにした。楽観的で切り替えが早いのは彼らの民族性だ。

 そうしている内に、ようやく倉庫の扉が開き、長老が忙しく支持を出し始めた。別に道具を出すのに支持などいらないのだが、長老は弾力のあるけむくじゃらのボールのように走り回っている。行事があると張り切りすぎるヒトなのだ。

 倉庫の方は手が足りているようで、手持ち無沙汰になった二人は、風のほこらを仰ぎ見ていた。

 昨年秋に戦士になったばかりのパウロとサブは、この春初めて中に入る。風のほこらを守るコモルの民の中でも、中に入ることが出来るのは戦士だけだ。直接シルフールの像を拝めるのも、彼らの特権である。若い戦士達は自然と気持ちが高揚して、尻尾を揺らした。

 風のほこらと呼ばれるそれは、一般的な建造物ではない。土をお椀状に盛り上げて作った小さな丘に、風のほこらが作られた際に植えられたという大きな木が、それを包むように根を這わせ、ほこら全体が木そのもののようだった。

 それは白っぽい薄緑色の幹に、鮮やかな緑色の葉をつけた美しい大木で、広いコモルの森でも他に類を見ない。

 コモル村の者達は、この木を風の木、または鳥の木と呼んでいる。風の精霊シルフールが大きな白い鳥の姿をしていると言われている為だ。

 巨木の森の木々ほど高くはないが、艶やかな幹は太く、経てきた年月を感じさせる。

 木の根に包まれた丘の中央に、土に埋まるようにして、苔むした石の扉があった。

 一枚の岩から削り出した大きな扉で、中央には、緑色の塗料でコモルの紋章が描かれている。風のほこらの入り口だ。

 ふと、パウロは鼻をひくつかせた。甘ったるいような、変わった臭いがする。花の臭いだろうか?


「なぁ、なんか、甘い臭いがするよ。ほこらって、いつもこうなのかな?」


 パウロは隣の友人に問いを投げたのだが、答えたのは懐かしい声だった。


「これはババユリの臭いだろう。この辺りに群生しているんだが、普段はここまで臭わない。まあ、コモルハナバチが蜜でも溢したのかな。」


 振り向くと、白毛の戦士がこちらに歩いてくる所だった。他の戦士達同様、木と革を組み合わせた簡素な胸当てに、草で染めた布の腰巻きをしている。背負う武器はパウロと同じ大ブーメランだ。彼の名はキッツ。パウロの父である。


「とうちゃん!」


 パウロが顔を輝かせて駆け寄ると、彼はニヤリと笑って、息子の頭をくしゃくしゃと撫でた。背丈がほとんど変わらなくなった今でも、変わらない挨拶だ。


「久しぶりだな、パウロ。」


 キッツはパウロと同じく白い毛色で、体格も同じくらい。顔立ちもよく似ている。ただ、キッツは耳に赤い羽の耳飾りを着けている。

 パウロが戦士の装いをするようになってから、二人は頻繁に間違われ、それを面倒がる父にパウロが作ってプレゼントしたものだ。

無精者で面倒くさがり、滅多に村にも帰らない彼だが、村では一二を争う風の使い手である。パウロはこの父に憧れて戦士になったのだ。


「うん。とうちゃん元気だった?」


 パウロが答えると、キッツは口の橋を引き上げて笑ってみせた。


「まぁな。お前達は見るからに元気そうだな。」


 パウロはサブと二人、頭をかきながら、照れたように笑った。

 そんな二人に、キッツは優しい目を向けて語り始めた。


「風のほこらの扉は、レンデの石を運んできたものだそうだ。鎖と錠もな。装飾に使われる塗料や布なんかは、リィネやセトのものだな。素材だけじゃない。キース族とミーア族と旗のヒト、たくさんの職人、魔法使い達。当時のヒト達が、島の全てを上げて作り上げたものなんだ。」


 キッツが風のほこらを見た。二人の少年も風のほこらを見た。


「水のほこらも、火のほこらもそうだ。三つのほこらは、島に住む皆で作ったものだ。俺たち皆の宝だよ。」


 キッツはそう言うと、懐かしむように目を閉じた。昔、巡礼の旅の従者として巡ったほこらのことを思い返しているのかもしれない。

 パウロとサブは、当時のほこらを作った人々に思いを馳せ、そして、風のほこらを守る戦士の一員であることを誇りに感じたのであった。

 そこに、やっと掃除の準備が整ったらしく、長老が皆に声をかけた。


「では、いよいよ始めようとするかのぉ。皆、集まってくれ。」


 ほこらの前に集まった戦士は九人。村で留守番のトリムを合わせると、コモルの戦士は現在ちょうど十人だ。

 少ないようだが、父達の代はもっと少なかったらしく、キッツなどは三度も巡礼の旅の従者に選ばれたのだという。


「では、キッツ。鍵を開けてくれ。」


 呼ばれたキッツがポケットから古びた鍵を取り出し、扉に向かう。

 鍵といっても、扉の左右に立つ柱に太い鎖を回しただけの簡単で無骨でなものだ。鎖は大岩の前で交差し、錠で止められてある。

 鍵を差し込んで回すと、乾いた音がして錠が開いた。黒く重たい鎖が、地面に落ちる。じゃらじゃらと擦れる音と、鉄錆の臭いがした。


「では…そうじゃのぅ。今年初めて参加のサブとパウロに頼もうかの。扉を押して開けてくれ。」


 大きな石の扉はかなり重たくて、開けるのは一仕事だった。それでも、新人戦士の二人はうんと張り切って扉を押し、ぽっかりと四角い穴が開いたのだった。

 少年達は肩で息をしながらも、いよいよ待ち望んだほこらに入れる喜びに笑い合った。

扉の向こうには、灰色の石造りの通路が奥へと続いている。


「よしよし。では、始めるとしようかのぅ。」


 満足そうに頷いた長老だったが、ふと鼻をひくつかせると、首をかしげた。


「んむ?」


 長老が振り向き、ジオと顔を合わせる。どうしたのだろう。


「ようし、おれが一番乗りだ!」


 その様子に気付かなかったらしいサブは、一人先にほこらに駆け込んで行った。


「あ、待てよ!」


 長老達の様子が少し気になったが、パウロも友人に続いてほこらの中へ走り出した。

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