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LAST LORD  作者: トミ
第一章 旅立ち
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剣術大会2

 エールは飛ぶように走った。肩に掛けた青い布がはためく。太陽を見ると、試合の開始時刻は過ぎてしまっていた。そこで、近道することにして、道を逸れ、村の石碑の裏手の道に足を進めた。

 村の外れに昔からある石碑は、年月に朽ち、ひび割れて所々欠けてしまっている。リィネ村の紋章の下に、何かの模様と文字ようなものが彫ってあるが、雨風に削れてほとんど読み取ることは出来なくなっていた。

 石碑は古い時代に作られたもので、村の者でもその由緒を知るものはもはやいない。村長によると、リィネ村を興したときに建てられたのではないかとのことだ。

 少女はそれを囲う壁の、欠けて低くなっている箇所を一跳びに飛び越えた。なんとなく失敬な気がして、石碑にちょっと頭を下げる。

 通り過ぎざま石碑が視界に入ったときに、何かエールの頭に閃くものがあった。つい最近、何処か別の場所でこの石碑に似た何かを見たような気がしたのだ。でも、どこでだろう。

 それよりも、今は急がなくては。エールは気になりながらも足を止めることなく駆けた。村長宅の脇を走り抜け、小さな流れを飛び越え、大会の会場が見える頃には、石碑のこともすっかり忘れていた。

 やっと会場に着くと、エールは息を弾ませ、扉を開け放った。あまりに勢いよく開けたので、扉付近の人々が驚いて飛び退く。


「おわぁ!」


 驚いた声と、ごんと鈍い音がした。扉を誰かにぶつけてしまったらしい。


「ご、ごめん!大丈夫!?」


 慌てて覗き込むと、扉の陰から、肌をふさふさの白い毛に覆われた少年が現れた。垂れた耳の先は薄く茶色がかっていて、尻尾がある。西のコモルの森に住む獣人、キース族だ。

 彼は黒い鼻先をひくひくさせると、面白そうに目を丸くしてこちらを見た。


「平気平気。びっくりしたけど。オイラ頑丈なんだ!」


 そう言うと、彼はにかっと笑って、大きなけむくじゃらの掌を広げて見せた。気の良さそうな少年だ。


「おーい、エールが来たぞ!」


「エール、ほら急げよ!」


 扉の近くにいた村人が口々に呼ばわり、エールはそうだった、と顔を上げた。

 壇上を見ると、相手の剣士ラッドがしかめ面でこちらを見ている。村長もこちらに歩いてくるのが見えた。恐縮するエールに、キース族の少年は元気よく声をかける。


「準決勝の選手って君なんだ!試合、頑張ってなっ!」


 少年に肩をぽんと叩かれ、彼に礼を言いながらエールは壇上に急いだ。途端に村長の大声が飛んでくる。


「エールよ、剣術大会の試合に遅刻するとは何事じゃ!」


 予想はしていたことだが、エールは思わず首をすくめる。


「ごめんなさい!ラッド、みんなもごめん!」


 頭を下げながら恐る恐る周りを見渡すと、村人達は野次を飛ばしつつも、笑っている者が多くて、エールは少し安心したのだった。対戦相手のラッドも肩をすくめて苦笑いしている。


「とにかく、早く支度をしなよ。」


 エールは剣の鞘をひっ摑んだまま走って来たのである。急いで剣をベルトに挟み、何回か軽くトントン跳んで、試合に気持ちを向ける。


「うん、大丈夫!」


「走ってきだんだろ?そんなすぐ始めていいのか?」


「私は切り替えが早いの。さ、負けないからね!」


 エールとラッドは、壇上の中央で向かい合って立った。剣は試合用に刃を落としてあるものだが、場合によっては大怪我は免れない。二人とも、自然と真剣な表情になる。先ほどまで軽口を叩いていたのが嘘のようだ。

 会場も静まり、皆の目が二人の剣士に注がれている。その様子を見て、村長が声を張り上げた。


「では、選手は向かい合って礼!」


 号令に合わせて礼をした後、二人は少し距離を取り、剣を抜き放った。


「これより剣術大会、準決勝を始める!選手はリィネ村のエール、同じくリィネ村のラッド!…構えっ!」


 お互いが基本の構えを取ったのを見て、村長が手刀を切るように手を下ろした。


「始めっ!!」


 わっと歓声が湧いた。剣のぶつかり合う音が響く。

 どちらかが仕掛ける度に、観客から歓声や声援が上がり、剣の打ち合う音と相まって演習場の高い天井に反響する。

 勝負が決まるのは早かった。エールがバックステップしながら、薙ぎ払うように放った水の魔法、サパを放つ。それを剣で受けたラッドがよろめいた隙に、一気に間合いを詰めて剣を振り抜いたのだ。

 キィンと高い音がした。ラッドの剣が弾き飛ばされ、くるくると回転しながら、演習場の脇の厚みのある床板の隙間に突き刺さった。どかっと重たい音がして、側にいた観客達が悲鳴を上げ飛び退く。幸い誰にも怪我はなかったようだ。


「勝者、エール!」


 大きな歓声が起こり、エールは思わずガッツポーズをした。観客の中にアスカの顔を見つけ、こぶしを掲げて見せる。

 試合の勝利に喜びながら、エールは既視感のようなものを感じていた。なんだか最近、似たような戦い方をしなかったっけ。誰かと手合わせた時のことだろうか…。


「では、選手は向き合って、礼!」


 村長の声に我に返り、あわてて演習場の真ん中へと進み出て、礼をする。ラッドは心底悔しそうだ。


「では一刻置いて決勝戦を始める。それまで選手は準備をして待機しておきなさい。くれぐれも遅れぬようにの。」


 村長は特にエールをじっと見て言ったので、会場から笑いが起こり、エールはばつが悪そうに首をすくめたのである。


 壇上から下がって水を飲んでいると、ラッドが話しかけてきた。


「エール、腕を上げたじゃないか。俺はこの日の為にうんと鍛錬したのにさ。決勝戦でクライブを倒すのは、この俺だと思ったのになぁ。」


 エールは得意げに顎を持ち上げて答える。


「ふふん。私だって頑張ったからね。それより、やっぱりクライブ勝ち上がってるんだ。良かった。私も、クライブと戦えるのを楽しみに鍛錬してきたんだもの。」


 寝ていて先の試合を見逃してしまったエールは、決勝の相手を今知ったのだった。しかし、エールは兄であるクライブの決勝戦進出を疑ってはいなかった。


「なんだよ、エールはよく手合わせしてるんじゃないか。」


「クライブいつも、何だかんだ理由をつけてはぐらかすの。すぐ手加減するし。でも祭りの決勝戦じゃそうはいかないでしょ。本気で勝負したいんだ。」


「ふうん。あいつも、妹相手じゃやりにくいのかね。ま、優勝はクライブだと思うけど、お前も魔法を使えばいい線いくと思うぜ。決勝戦頑張れよ!」


 そう言うとラッドは軽く手を振って観客達の中に紛れていった。

 クライブは、若くしてリィネ村一番と評判の剣士だ。リィネ村の若者達の間では負け知らずで、落ち着いた物腰から年配者達の信頼も厚い。ただ、彼はリィネ村の者としては珍しく、魔力を持たないのであった。

 対して、エールは魔法に長けており、水の魔力を操る技はなかなかだと自負している。そんな二人が兄妹なのだから、不思議なものだとエールは思う。

 そういえば、アスカはどこにいるのかな、とエールは首を巡らせた。幼馴染はすぐに見つかった。クライブも一緒だ。

 リィネ村の者は大抵茶髪か濃い灰色、または青みがかった緑の髪をしている。その中にいて長い金髪のアスカはよく目立つ。クライブは黒髪だが、こちらはもっと珍しい毛色だ。

 二人は、先ほど試合をした広間を隔てて向かい側にいて、何か話をしている。

 クライブは精悍な顔をしており、切れ長の目に繊細そうな光を湛えていて、エールは我が兄ながら格好いいと思う。美人のアスカと並んでいると絵になる…。

 と、クライブが視線に気付いてこちらを見た。妹に気付くと、片手を上げて笑って見せる。エールも、挑戦的に見えるように笑って見せた。確かめるように剣の柄を握りしめる。今日こそは絶対に負けないんだから!

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