プロローグ
コモル村に住むキース族の少年、パウロは自宅の屋根の上に座っていた。夜明け前の森は薄暗く、毛色の白い彼の姿は濃紺の朝もやの中に薄青く浮かび上がって見えた。
彼の家は木の上にある。友人達に手伝って貰って作ったもので、太い枝の上に、いくつも丸太を縛って土台にし、板を渡している。側面は布がかかっているだけで、風通しが良すぎる程だが、全身に毛皮を持つキース族の家としてはこれが一般的だ。雨は乾燥させた葉っぱを何枚も敷いた屋根と、その上に広がる木の葉が防いでくれる。多少降り込む分は気にしない。入り口は高い所にあるので、ゴツゴツした丸太を渡しただけのハシゴをかけていた。この簡素な家を、パウロはとても気に入っている。
彼は少しずつ白んで行く空を、わくわくするような気持ちで見つめていた。この場所で夜明けを見るのがとても好きなのだ。木々も、日の出を待ち望むようにさわさわと囁いている。
間も無く、こんもりした木々の屋根から、ピカリと太陽が顔を出した。パウロは眩しさに目を細め、フサフサの尻尾を振った。光の矢を受け、彼の白い毛並みが金色に輝いた。
パウロはふいにピュウと口笛を吹いた。一陣の風が吹く。風は楽しげにくるくると回り、彼の垂れた大きな耳をパタパタとなびかせた。風が森の奥へ駆け抜けて行くと、パウロはにっこりした。今日もいい天気になりそうだ。
少しずつ明るくなって行く中、パウロはしばらく木の上で空を眺めていた。この場所は開けていて、よく空が見える。それも、この家を気に入っているポイントなのだ。
村のあちこちでは、村の者たちが起き出し、色んな音がし始めた。ザブリと水を汲む音。食堂でカタカタトントンと料理をしている音。パタパタ騒がしい足音は子供達だ。
「あれ?」
ふいにパウロは首を巡らせた。一瞬、風が変わったように感じたのだ。黒い鼻をひくひくさせ、細いヒゲをピンと伸ばす。そうしてしばらく集中していたが、吹くのはいつもと変わらない、コモルの風だ。気のせいだったのだろうか?
「おーい、パウロ!朝めし食いにいこうぜー!」
木の下から友人のサブが呼んでいる。コモル村には大きな食堂があって、朝と夕は皆そこで食事を取る。村人達は食堂と呼んでいるが、壁などはなく、屋根の下にテーブルを並べただけの場所だ。
「おー!すぐ行く!」
パウロは元気に返事をすると、屋根の側の太い枝の上に飛び乗り、そこから思い切り良く飛び降りた。枝が大きくしなり、木の葉が舞い散る。飛びおりざま、彼は機嫌良くピュッと口笛を吹いた。たちまち風が吹き上げ、舞い散った木の葉が空へとさらわれていく。風は木々の上を楽しげに飛び越え、木の葉をくるくると舞い遊ばせながら東の地へと吹き去ってゆくのだった。




