外伝 伝説の鍛治師への道 後編
エッジを乗せた一座の馬車は、レンデの町を出ると港町セトに向かった。セトで少しの間休んでから、山を越えて島の南側へ向かうのだ。
路銀稼ぎに道端で歌や曲芸を披露するミーアの若者達を、エッジは目を見張って眺めた。ミーア族達は長身でしなやかな身体を持ち、ピンと立った耳に長い尻尾を持つ。軽やかにくるくると舞う踊り子の娘を見て、こんな動きが出来るヒトがいるのかと感嘆した。世界には知らないことがたくさんある。
一座の者は皆、気のいい者達だった。リィネ村の鍛治師に弟子入りすると決意し、次の日には故郷を出たというエッジを面白がり、彼をいたく気に入ってくれた。
本来ならばセトを出ると、次は森の村コモルに向かう予定だったが、先にリィネ村へ向かってくれるそうだ。夢を応援してくれる獣人達に、エッジは涙を流して感謝をした。
それから馬車に揺られ、野宿をし、十日ほど経っただろうか。山を越え、平原を進み、峠を抜けて、エッジはついにリィネ村へたどり着いたのである。
旅の間、エッジは芸人達がショーで使う道具の手入れをしていた。手際が良いと褒められて、満更でもない。このまま一緒に旅しないかとも誘われたが、丁寧にお礼を言って断った。エッジの夢は、鍛治師になることだから。
ミーア達に別れを告げると、少年は早速走り出した。最初に出会った村人に声をかけ、伝説の鍛治師の家はどこかと訊ねる。因みにレンデで会った旅人は伝説の鍛治師とは言っていない。凄腕の師匠を空想するあまり、エッジの中でいつの間にか伝説となっていたのである。
村人は目と口を丸くしてエッジを見た。初めて会う子供に、突拍子もないことを聞かれたのである。それでも、エッジがミーアの一団と共に来たのだと告げると、村一番の鍛治師がいるという工房を教えてくれた。
エッジは村人に礼を言うと、すぐさま走り出した。村人はあっという間に遠ざかる少年の背中に、嵐のようだとため息をついた。
教えられた建物は、小川の側の水車のある小屋だった。テンガンの鍛冶屋、と看板が出ている。エッジの憧れる親方は、テンガンと言うらしい。いかにも鉄を打っていそうな無骨な名前に、エッジはまた好感を持った。
そっと扉を開けて入ると、そこは店になっていた。カウンターに金髪の女の子が座って、商品の剣を磨いている。店の奥の鉄の扉が開け放たれていて、そこから熱気が漂っている。向こうが鍛治場のようだ。
早速覗き込みたい気持ちを抑えつつ、エッジは女の子に元気よく挨拶をして名乗った。礼儀はきちんとしておかなければ。
何事かと目を見張る彼女に、続けて伝説の鍛治師はいるかと訪ねた。自分は弟子にして貰いに来たのだと。すると、彼女が返答に困っている間に、鉄の扉の向こうから足音が近づいてきた。
エッジが期待と共に振り向くと、麻のバンダナを巻いた中年の男が現れた。鍛治師がよく使う厚い革のエプロンに手袋をしている。厚い胸板に、首も腕も太く、がっしりした体つきだ。今は腕まくりをしていて、腕の筋肉が盛り上がって見えた。
男はアゴと鼻の下に髭を生やし、いかにも偏屈そうに口をへの字に曲げている。大きな鼻に浮いた汗を拭うと、エッジにじろりと鋭い視線を投げてよこした。
彼が間違いなくテンガン親方だと確信したエッジは、走り寄って強引に握手をした。そして、リィネの剣を見て彼に憧れ、弟子にして貰う為に来たのだとまくしたてた。
一刻も経たず、エッジは叩き出された。弟子を取る気はない。出て行け。と簡潔に言い渡され、目と鼻の先で扉を閉められてしまったのである。
しかし、少年は笑みを浮かべ、喜びに打ち震えていた。親方の、いかにも職人気質な頑固親父といった風体に感動していた。伝説の鍛治師は、やっぱりこうでなくちゃ。
めげずに勢いよく扉を開け、もう一度同じことを頼み込むと、今度は仕事の邪魔をするなと怒鳴られてしまった。
再び追い出されたエッジは腕組みをして考える。確かに仕事の邪魔をしたのは良くなかった。そう反省して、今日の仕事が終わるまで店の前で待つことにした。
少しすると、先程カウンターにいた少女が顔を出した。エッジのことを面白そうに見ている。そして、少年にどこから来たのか、何で鍛治師になりたいのかと問うた。
エッジの話はわかりにくいことこの上なかったが、テンガンに弟子入りして鍛治師になりたいという気概は伝わったようだった。彼女はエッジを気に入ってくれたようで、焼き菓子を分けてくれた。頑張ってね、とウインクを貰い、俄然やる気を出した少年であった。
その後、エッジは半日ほど店の前に座り込んでいた。その間数人が鍛冶屋を訪れたが、その度に元気に挨拶をする少年に、怪訝な顔をして一瞥を投げていく者もいれば、面白そうに声をかけて行く者もあった。小さな村では、よそ者は珍しいのである。
夕方近くになった頃、金髪の中年女性が大きな布の包みを抱えてやって来た。恰幅が良い彼女は、どこか先程の女の子に似ている気がする。エッジが元気に挨拶をすると、女性は例に漏れず驚いた顔をした。
エッジがテンガンの弟子になりに来たのだと告げると、女性は大いに笑った。そして色々なことを訊ねてきた。
決意を固めた翌日に、全財産をはたいてレンデを出発した所を話すと、女性は堪え切れないといった様子で爆笑した。エッジも笑った。よく笑って恰幅が良い所が、母ちゃんみたいだ。
聞くと、彼女もレンデの出身なのだという。二十年ほど前に後にしたという故郷の話を、懐かしそうに聞いていた。
一通り話した後、女性はエッジを手招きすると、彼を伴って鍛冶屋に入った。仕事がひと段落したのか、炉の灰をかいていたテンガンは、赤毛の少年を見て顔をしかめた。エッジはというと、キラキラとした瞳で彼を見つめていたのだが。
聞くと、なんと女性は親方の奥さんで、女の子は二人の娘なのだそうだ。アスカという名の女の子は、父親の元で鍛治師として修行中なのだという。ということは姉弟子だ。挨拶しておいて良かった。
さらに驚いたことに夫人は、この男の子を弟子にしてあげなさい。と夫に命じた。すぐに、とんでもないと断った親方だったが、夫人がしつこく頼んでくれて、ついに弟子入りを許可されたのである。
エッジは文字通り、両手を上げて喜んだ。雄叫びを上げ、ガッツポーズをする。思わず師匠に抱きついて、頭を叩かれた。
こうして、エッジは鍛治師見習いとしてテンガン親方の元で暮らすようになったのである。
それから、一年の時が過ぎた。
「じゃあ親方!行ってくるッス!」
「おぅ。」
エッジは元気良く声を上げると、鍛冶屋を飛び出した。つるはしを下げ、丈夫な革のリュックを背負って山道へと向かう。今日は鉱石を掘りに行くのだ。
エッジは鍛治師を目指して、堅物でぶっきらぼうな親方の元で修行中だ。まだまだハンマーは握らせて貰えないが、少年は幸せだった。
門を出た所で、茶髪の少女に出会った。エッジより一つ年上の彼女は、村人の例に漏れず剣士である。この村で暮らし始めた次の日に、彼女が兄と共に剣を合わせている所に初めて出会った。
二人の、力強くも軽やかに舞うように剣を振る姿がカッコよくて、エッジは一目で兄妹のファンになってしまったのだ。
「エールさん!おはようございます!」
「おはよう、エッジ。今日は鉱石掘り?」
威勢よく挨拶すると、エールがニッコリ笑いかけてくれた。嬉しい。
「はい!東の崖のとこまで!」
「そっか。最近物騒だから、気をつけてね。採掘頑張って!」
「ありがとうございます!行ってきます!」
憧れの人の激励を受け、元気いっぱい走り出したエッジは、採掘場所へと向かった。
水の精霊の加護を受けるこの土地では、サパライト鉱石という水の魔力を含んだ鉱石が取れる。だがレンデのように大きな鉱山があるわけではない。この辺りは崖の断層に鉱脈が剥き出しになっている箇所がいくつもある。ある程度の品質のものはそこで採掘するのだ。
エッジはロープを肩にかけると、崖の斜面に打ち込んである杭を伝い、鉱脈のある場所までよじ登った。崖の表面に、所々青く光沢のある部分がある。サパライト鉱石が含まれているのだ。落ちないように手近な杭にロープを引っ掛け、仕事に取り掛かる。
慎重につるはしを振るい、鉱石のかけらを採掘していく。崖にしがみついたままの姿勢で、掘った鉱石をどんどん背中のリュックに放り込む。立派な鉱石を探して、親方に褒めてもらおう。エッジは張り切って仕事に没頭した。
どれくらい作業していただろうか。リュックが重たくなってきた。そろそろ帰ろう。そう思って手を止めた時、物音がしているのに気づいた。
ゴリゴリと石をすり潰すような重たい音だ。振り向くと、崖の途中、エッジのすぐ近くに山羊がいた。ただの山羊ではない。ズガンゴートだ。かなり大きい。岩肌に生えた硬い草を、石ごと歯で削り取ってガリガリ噛んでいる。
しまった。集中していて気づかなかった。親方に、良い鉱石がある場所にはズガンゴートが出るから気をつけろ、と口を酸っぱくして言われていたのに。
エッジがそっと立ち上がると、ズガンゴートは食べるのを中断してこちらを見た。少年は崖にぶら下がったままだ。刺激しないように、下まで降りられるだろうか。
ゆっくりと一歩を踏み出したエッジだったが、早速足を踏み外してしまった。慌てて杭を掴み落ちずに済んだが、あたふたしている内に、リュックから溢れた石が、ガラガラと盛大に音を立てて落ちていった。
ズガンゴートが、荒い鼻息を吐いて足を踏み鳴らした。刺激してしまったらしい。頭を下げ、崖っぷちに立ったまま器用に前足をガリガリ鳴らしている。怒っているようだ。
そして、ドカッと岩を蹴ると、大きな山羊は、なんと走り出した。でこぼこの崖の斜面の、僅かな取っ掛かりを蹄で掴み、所々崩れる足元もなんのその、着実に距離を詰めてきたのである。
まさかの出来事に、エッジは大きく慌てた。
「うわあああ!」
もう目と鼻の先に山羊が迫っている。彼は叫び声を上げ、咄嗟に持っていたつるはしを振り回した。
ガッチーン!
ズガンゴートの硬い角とつるはしがかち合い、火花が散った。小柄なエッジは当然のように弾き飛ばされ、宙に浮いた。
彼を弾き飛ばした勢いのまま、ズガンゴートもまた宙に浮いていた。つるはしが、角の根本に引っかかっていた。
「ふぐぅっ」
エッジがひしゃげたような声を上げた。先程、杭に括り付けておいた命綱がピンと張ったのだ。
腰に結んだ頑丈なロープに引っ張られ、細い少年の体は弓のようにしなったが、幸いにもへし折れずに済んだ。
エッジとズガンゴートは、振り子のようにぶうんと宙を舞った。その頂点で、つるはしが手から離れた。ロープに引っ張られて振り戻されていく少年とは反対側に、つるはしとズガンゴートはきれいな弧を描いて落ちてゆく。
バンザイをするような形でつるはしを離したので、ついでにリュックもすっぽ抜けてしまった。岩場の上にひっくり返って落ちたズガンゴートの上に、石の詰まった重たいリュックが落下した。トドメを刺すように、山羊の体を押しつぶした。
エッジは命綱で宙ぶらりんになったまま、しばらく呆けていた。頭はくらくらするし、鼻血が出ている。あちこち打って痛い。だが幸い骨折はしていないようだった。もがきながらなんとか地上に降り立つと、山羊とリュックの元へ急いだ。
ある程度の品質のサパライト鉱石は、簡単に採掘できる。では、最上級の品質のものはどうやって手に入れるのか?
鉱石を食べる山羊、ズガンゴートの角から取れるのだ。目の前に横たわるズガンゴートは、体格が良く、立派な角を持っている。その角は大きく、青く輝いている。紛うことなき最上級品であった。
「やったー!!初めてズガンゴートを倒したぞーっ!!」
エッジはガッツポーズをした。厳密には倒したかどうか微妙だが、立派な鉱石を手に入れることが出来た。親方も褒めてくれるだろう。
しかし村に戻ったエッジは、親方にこっぴどく叱られた。危うく死ぬ所だったのだ。それでも、最後にボソリと一言、よくやったと言ってくれたので、涙が込み上げてきた少年であった。
アスカは、大きなサパライト鉱石を見て大層驚いた。そして、閃いたように顔を上げると、親方に頼み込んだ。
「お父さん、これ使ってもいい?エールの剣を打ち直すの。」
アスカは、折れてしまったというエールの剣を預かっていたのだ。親方は少し考えていたが、仏頂面をして頷いた。
「おう。ただし全力で打てよ。」
それを盗み聞いていたエッジはこっそりガッツポーズをした。自分が取った鉱石が、憧れのエールが使う剣になるというのだ。
夫人に手当をして貰い、その日の仕事を免除されたエッジは早めに布団に入りながら、あの鉱石はどんな剣になるのだろうと思い描いた。きっときれいでカッコいい剣になるに違いない。
エッジは知るよしもなかったが、その剣を携え、エールが冒険の旅に出ることになるのは、そう遠くない未来の話である。
茶色の髪と青い肩布をなびかせて、軽やかに剣を振るう少女の夢を見ながら、エッジはどこまでも幸せだった。




