外伝 伝説の鍛治師への道 前編
エッジの故郷は火山のふもと、鉄と石の町レンデだ。彼は鉱山で働く両親の元に、八人兄弟の末っ子として産まれた。
当然のようにお金はなく、彼は十二になる年に父親のツテで製鉄所に住み込みで働きに出ることになった。鉱山で取れた鉱石を溶かし、インゴットを作る工場である。
親元から離れて働くことは寂しくもあったが、エッジは幸せだった。何故なら、金属の輝きが大好きだったからだ。
鉄のインゴットの鈍い輝きも、炎熱石の赤く熱を発する輝きも、どちらも好きだった。鉱山から運び込まれた石ころ達が、炉で溶かされ不純物を取り除かれ、輝く金属へ変わっていくのは、まるで魔法のようだと思った。インゴットのすべすべした表面は硬くも滑らかな手触りで、ずっとさわっていたいくらいだ。
暇さえあればインゴットやスコップを撫で回している彼は、どう見ても変な子供であったが、持ち前の明るさと人好きのする性格で、仕事仲間達とうまくやっていた。
しばらくすると、エッジは配達の仕事を任された。インゴットを積んだ荷車を引いて、取引先の工房に納品して回るのである。その配達先で、彼は初めて見る様々な工芸品に目を奪われることになる。
金属類の細工。針に鍋やスコップ等の大小様々な道具類。武器、防具、装飾品に柵やボタン…。これらすべてが石ころから作られたなんて!
感動に目を輝かせ、今までこの町に住んでいながら、それらを見たことがなかったことを後悔した。日々の仕事や生活で彼にそんな余裕はなかったことなど、すっかり忘れているエッジである。重い荷車を引いて歩くのは重労働だったが、彼は毎日幸せだった。
中でも、エッジがとりわけ気に入ったのは剣だ。理由はうまく説明できないが、眺めているとわくわくと熱い気持ちが込み上げてくる。荷車を引いて立ち並ぶ武器屋の前を通る時や、取引先の店先で伝票を待つ間、彼は熱心にそれらを眺めた。
ある日、いつものように刀剣の輝きに目を奪われていると、歌が聞こえた。カウンターの奥を覗き込むと、その日が暑かった為か、閉め忘れかはわからないが、鍛治の作業場の扉が開け放たれていた。そこで、エッジは鉄を打つ鍛治師達を初めて見たのだ。職人達はハンマーを打ちながら歌っていた。
トンテンカンテン! ハンマーを
トンテンカンテン! 打ち鳴らし
ホー レイ! ふいごが呼べば
ホー レイ! 鉄が歌うよ
ヤットコ ホイ! 炉の火が消えれば
ヤットコ ホイ! 金床枕に 夢を見る…
鋼と火の輝き、鉄を打つ男達の力強さ。そこへ、ハンマーの響きに合わせて低い声で歌われる単調ながらも楽しげな歌。その歌は、エッジの腹の底まで響くようだった。
将来、自分は必ず鍛治師になろう。少年はその時心に決めた。その為には、まずどこかの工房に弟子入りしなければならない。
そうと決めてから、エッジは配達の合間や休みの日にレンデ中の工房を見て回った。工場の先輩方に、腕のいい鍛治屋や、名剣の見分け方を聞いて回ったりもした。どうせなら、凄腕の親方の元で修行したいものだと思ったのだ。
その内、彼はレンデ南部にあるストランジ武具店に目をつけた。鍛治の町レンデの数ある工房の中でも、名工と名高いストランジ親方の工房だ。彼の打つ剣は名剣だという。実際、ここの剣が一番見ていてわくわくする感じがした。
ある日、エッジは空の荷車を転がしてストランジ武具店に立ち寄った。ここは取引先ではないが、配達を終えた帰り道に少しだけ見ていくことにしたのだ。
空になった荷車を店先に置き、店内を覗き込むと、カウンターの店員はうんざり顔をした。いつもの冷やかし小僧が来たからだ。
その日、店内には先客がいた。旅の剣士のようだ。その青年は革の軽装を身につけ、肩に藍色の布をかけている。煤けた頬をしたエッジを見習いの少年だと思ったのか、彼はニッコリと笑いかけてくれた。
ぺこりとお辞儀を返しながら、エッジは彼の腰の剣を見ていた。鞘に収まっているが、柄の部分は石だろうか?青っぽい光沢があり、見たことのない材質だ。旅人の肩の布と同じ模様が刻まれている。
見てみたい。そう思ってそわそわしている内に、剣士は何も買わずに店を出た。彼もまた冷やかしだったのだろう。店員がこっそりと舌打ちをした。
エッジは我慢出来ずに、青年を追いかけた。道端で彼を呼び止め、是非腰の剣を見せて欲しいと頼み込んだのである。最初は驚いた顔をした青年だったが、快く剣を見せてくれた。
それは鋼の剣だった。装飾も彫り込みもないシンプルな作りだが、鍛えられた鋼は強く、美しかった。
少しの間、手に持たせてもらったエッジは、感動と共に惚れ惚れと剣を眺めた。刃をそっと指で撫でてみる。硬く鋭いはずのそれは、不思議と柔らかく暖かい手触りがした。
エッジは刀剣を品定めする生活をする内、本人も知らぬ間に、剣を見る目が肥えていた。間違いなく、今までに見た中で一番の名剣である。
キラキラした瞳で剣に見惚れている少年に好感を持ったのだろう。青年は色々なことを教えてくれた。この剣は彼の故郷、リィネ村の剣術大会の優勝者に送られる品なのだという。村一番の鍛治師が、その日の為に打つ最高級品だそうだ。
その村で暮らす人々は、女も子供も剣術を学び、剣を携える。なんと彼らは皆、勇者の子孫だというから驚きだ。目の前の青年もまた勇者の子孫だという。エッジは初めて聞く話の数々に、心を躍らせて聞き入った。
勇者という言葉がエッジの胸をくすぐる。大昔の伝説はわらべ歌に聞いたことがある。空想物語だと思っていたが、本当にあったことだなんて。この島で暮らしていながら、今まで知りもしなかったことを後悔した。
純粋な少年の心は、もう既にリィネ村に飛んでいた。勇者の子孫の村に住む、凄腕の鍛治師。彼の打った剣を振るうのは、勇者の末裔達なのだ。めちゃくちゃカッコいい。
エッジは旅人に、何度もお礼を言って別れた。すっかり遅くなってしまった。早く帰らないと工場長にどやされてしまう。空の荷車が石畳にガラガラと音を立てる。力一杯走りながら、彼の心はもう決まっていた。
決断してからのエッジの行動は早かった。次の日は偶然にも休みだったので、朝一で商会の建物の前に張り込んだ。出てきた商人達に片っ端から声をかけ、リィネ村への荷馬車に乗せてもらえないか交渉したのである。
当然ながら、商人達はエッジを笑い飛ばしたり、門前払いしようとした。十四歳の工場働きの子供が、身一つで遠い田舎村へ行くというのである。本気で話を聞く者などなかった。
それでもしつこく居座るエッジだったが、ついに怒鳴られ追い立てられてしまい、しょんぼりと帰路についた。現実は思っていたよりも厳しい。
しかし、どんな偶然か、そんな少年を面白そうに見ている者がいた。旅芸人のミーア族の青年である。彼は道端でエッジを呼び止めると、何故辺境の村へ行きたいのか、と問うた。夢を追い求めんとするエッジの答えは、ミーアの青年をいたく感動させた。彼もまた、一流の芸人を目指す夢追いビトであったから。
青年は、彼の所属する一座にかけあってくれた。そして仕事の手伝いをすることを条件に、なんと目的地まで共に馬車に乗ることを許されたのである。
出発は明日だ。あれよあれよと言う間に全てが決まり、興奮気味のエッジは頬を紅潮させて部屋へ戻った。急いで仕事場に話をつけ、旅立つ準備をしなくては。
工場に戻ると、何やら怖い顔をした工場長が仁王立ちして待っていた。昨晩、配達帰りにサボっていたことを怒られたばかりなのに、エッジのその夜の仕事がミスだらけだったのだ。無理もない。リィネ村の鍛治師に弟子入りすると勝手に決めてしまってから、心ここに在らずといった様子で仕事をしていたのである。
工場長は決して悪人ではない。ただ、口が悪く、タイミングも悪かった。ひたすら頭を下げるエッジに、今すぐ出て行け。と言い放ったのである。工場長は、顔を上げた少年の満面の笑みを忘れないだろう。
すぐさま部屋に駆け戻ったエッジは、少ない荷物の全てをリュックに、全財産をポケットに突っ込むと、二年間を過ごした工場を後にした。その様子をぽかんと見ていた工場長が、彼が本当に出ていってしまったと気付いたのは、次の日になってからであった。
エッジは全財産をはたいて旅用のブーツとマントを買うと、その日はミーア族の一座のテントに泊めて貰った。
そして次の日の明朝、エッジは故郷の町レンデを後にした。後悔はなく、目の前には希望だけがある。まだ見ぬ師匠に思いを馳せながら、少年はとても幸せだった。




