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LAST LORD  作者: トミ
第一章 旅立ち
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旅立ち2

 明日は朝一で峠越えをしなければならない。今すぐ出発しても、山小屋に着く頃には夜になっているだろう。エールは大急ぎで身支度を整えると、村長の家に走った。扉を開けると、家主の老人はすっかり待ちくたびれていた。


「これ!遅いぞ!全く…。」


 いつかのように喝を入れられ、エールは首をすくめる。村長はやれやれと首を振ると、気を取り直すように咳払いして一通の封筒を差し出した。


「この手紙を、コモル村の長老に渡して欲しい。」


 それは薄緑色の上等な紙で、三角の縁を折り曲げて青色の蝋で封をしてあった。


「くれぐれも峠で夜を越さぬように。ヤヌーと、かち合っては危険じゃからの。」


 ヤヌーは草笛峠に生息する大型の草食獣だ。個体ごとに決まった道を周回する習性があり、人々はこの獣が踏み固めた道を山道として利用している。険しい峠を荷馬車が行き来することが出来るのもそのおかげだ。

 ヤヌーは自ら人を襲うことはないが、避けて通ることもしない。巨体ゆえに危険もある為、周辺の人々はヤヌーの活動時間帯の夜を避けて峠越えをしている。


「ふもとの山小屋で夜明けを待ってから出発すれば、陽のあるうちに峠越えできるはずじゃ。…寝坊するでないぞ!それから、これを。」


 そう言って村長が取り出したものを見て、エールは目を見張った。麻の紐で編んだ紐に、涙型の水晶が縛り付けられている。クライブが旅立ちの日に渡されたのと、同じものだった。


「これ、巡礼の証?私は、隣村までの伝令に行くつもりで来たんだけど。」


 エールが巡礼の旅に出るのは来年の秋だ。予定通り出発できるとしたら、だが。訝しげな少女に、村長はフガフガと笑いかけた。


「キース族達は皆大らかなのだが、変な所で頭が硬いからのぉ。風のほこらには、コモルの長老と戦士達、そして巡礼者しか入れぬ決まりなのじゃ。今回は緊急時ではあるが…それがあれば話が早いだろう。」


 そして老人は真面目な顔になると、続けて言った。


「エールよ、お主に巡礼の証を渡したのにはもう一つ訳がある。風のほこらに万一のことがあれば、その足でレンデに向かって欲しいのじゃ。」


 老人の予想外の申し出に、エールは驚いて目を開いた。


「火のほこらは、火山の町レンデの町長が管理しておる。彼の元へ行き、巡礼の証を見せて事情を話すのだ。力になってくれるじゃろう。」


 その意味を理解すると同時に、エールは心の中で自分を叱責した。風のほこらを確認した後のことを考えていなかったのだ。確かに、二つのほこらが壊されることがあれば、残る火のほこらも危ういだろう。


「うん、わかった。村長。アスカやみんなによろしく伝えておいて。」


 エールはペンダントの紐を首にかけると、胸元にしまい込んだ。もしかすると、思いがけず長い旅になるのかもしれない。


「おや、エール。良い剣を持ってるね。」


 声をかけられて振り返ると、台所からペルーナが顔を出していた。その後ろにはセーラも控えている。どうやら、話が終わるのを待ち構えていたようだ。


「うん。アスカに作って貰ったの。」


 エールは剣の柄に手を置いて答えた。柄の部分にも刃と同じサパライト鉱石が使われていて、手のひらにひんやりとした感触が心地良い。ペルーナは頷くと微笑んだ。


「水呼の剣だね。腕を上げたもんだ。あの子がテンガンを超えるのもそう遠くないかもしれないよ。…そうそうエール、食糧はちゃんと持ったのかい?」


 エールは首を振った。食べ物は家にあった硬いパンを二つ持ってきただけだったのだ。


「あんまり。行きがけに道具屋で買って行こうと思って。」


 答えながら、少女は師匠が手に布の包みを持っているのに気づいていた。


「そんなことだろうと思ったよ。これを持っておいき。堅パンと燻製は最後に食べるんだよ。」


 期待通り、それには色々な食べ物が入っていた。ちらりと覗いた感じでも、コモルまで余裕で持ちそうだ。


「やった!チーズも入ってる!ありがとう、ペルーナさん!」


 エールは思わずにっこりすると、その包みごと荷物袋に突っ込んだ。皮の荷物袋はもうパンパンだ。そんな弟子の様子を見て、ペルーナも笑った。


「これも持っておいき。本来巡礼者に持たせるものだけど、クライブは持って行かなかったから。」


 続けて手渡されたそれは、両手におさまるほどの小瓶だった。栓の部分まで全て水晶で作られている。水晶ランタンと呼ばれるもので、魔力によって灯りを得ることが出来る。

 かなり貴重なものだ。なくさないように気をつけよう。エールは再びお礼を言って、水晶ランタンを大事にポケットにしまった。老婦人は頷いて微笑むと、今度は後ろに向かって手招きをした。


「セーラ、あんたからも渡すものがあるんだろう?」


 ペルーナに背中を押され、セーラは抱えていたものをおずおずと差し出した。厚手の布をくるくると巻いたもののようだ。


「あの…これ、ペルーナさんに草木染めを教わって、最初に作ったものなんです。エールさんの旅に役立つかと思って。少し不恰好ですが…。」


 それは深い緑色のマントだった。広げてみると、染物に使う草のいい匂いが広がった。作者の申告通り、少し厚ぼったい感じだが、防寒にはかえって良さそうだ。マントの縁には茶色い革紐がじぐさぐに縫い付けてあり、その端はリボンのように結ばれていた。


「端を紐で留めると、寝袋にもなるんです。まだ、夜は冷えますから…。」


 そう言われて、エールは寝袋の存在を失念していたことに気づいた。セーラがいなければ、凍えて朝を待つことになっていたかもしれない。そう思って、心からお礼を言った。


「あったかい日でも、枕になりそうだね。どうもありがとう!」


 マントを受け取り、再びくるくると巻くと、荷物袋と一緒に背負う。歩きやすいように角度を調節していると、その間セーラは躊躇うように下を向いていたが、すぐ顔を上げ、両手でエールの手を取り言った。


「エールさん、私はあなたに感謝しているのです。魔物から助けて頂いたばかりか、出身の知れない私に、いつも声をかけて下さって…。私がなんとか暮らしているのは、エールさんのお陰です。」


 それから自分の胸に手を当て、祈るようにお辞儀をした。


「どうかお気をつけて。ご武運を、お祈りしています。」


 顔を上げた青い瞳は、微かに潤んでいる。エールはつい釣られて泣きそうになってしまって、慌てて言った。


「ううん。私の方こそ、たくさんお話出来て楽しかったよ。寝袋マントありがとう。大事に使うね。帰ってきたら、またお話しよう。」


 そして戸口に立つと、振り向いて最後の挨拶をした。


「ペルーナさんと村長もありがとう!行ってきます!」


 いよいよ出発だ。ベルトを掴み、荷物を肩にかけ直す。水呼の剣の柄につけられた宝石が、主を励ますかのようにキラリと輝いた。

戸口を出ると、一陣の風が吹き、栗色の髪をなびかせた。


「あ、いい風。」


 心地良い風が火照った頬の熱をさらっていく。勇む心に、差し替えたばかりの剣と、荷物の重みを心強く感じた。私だって、色んな人に助けて貰っているんだ。エールは深呼吸すると、歩き出した。


 南門の番をしていたマルクは同僚の急な出立に驚いていたが、エールは簡単な挨拶だけして門をくぐった。彼には悪いが、長話をしている時間はない。明るい内に、出来るだけ距離を稼いでおきたかった。

 クライブが旅立つ前、一緒に話した旅の行程を思い返しながら計算してみる。コモル村に着くのは、早くても三日後の夕方頃になるだろう。

 門を出たといっても、しばらくは見知ったリィネの土地だ。耕された畑や家畜の放牧場の脇の、轍の残るでこぼこ道を歩く。

 リィネ村は険しい山に囲まれながら肥沃な土地に恵まれていて、作物も家畜もよく育つ。大人達が言うには、精霊様のご加護のお陰なのだという。もしも加護が失われたら、作物が育たなくなってしまうのだろうか?また不安になりかけて、エールは首を振った。自分に出来ることをやろうと決めたばかりではないか。今は先を急ごう。そう決心し、努めて軽快に歩いた。

 牧場の向こうには、小さな果樹園があり、その石垣には土の付いたスコップが立て掛けられている。これもテンガン親方の鍛冶屋で作っているものだ。レンデとの物流とテンガンのお陰で、リィネ村は鉄製の道具には困っていない。

 エールはふと、窓辺で育てていた鉢植えのことを思い出した。園芸仲間の友人に世話を頼んで行こうと思っていたのに、すっかり忘れてしまっていた。外に出してきたから、時々雨が降れば大丈夫だと思うけど…。旅から帰るまでに、枯れていないことを祈ろう。

 そんなことを考えながら果樹園過ぎると、まもなく小さな林に入る。ここには、よく薪を取りに来る。エールはこの林道を歩くのが大好きだった。この道ともしばらくお別れだ。少女は名残を惜しむように、柔らかな地面の感触を楽しみながら足を運んだ。

 この林は風通しも良く、木漏れ日がよく入る。見回りの者がよく通ることもあって、歩きやすい道だ。その緩やかな斜面を西へ西へ登って行くと、少しずつ木がまばらに、土地は岩がちになっていく。そして日が傾く頃、エールは林の外れに達し、道は崖の正面にぶち当たったのだった。

 その断崖の間には、小さな荷馬車がぎりぎりすれ違える程の幅の道が通っている。まるで、巨人が岩山を斧で真っ二つに割ったような、まっすぐな道だ。村で暮らす者の多くはこの先へは行ったことがない。なぜなら行く必要がない為で、エールも今日まではその一人だった。

 そそり立つ崖は南北に長く伸びていて、リィネ村から草笛峠に抜ける一本道だ。巡礼者が皆ここを通り抜けて旅立つことから、リィネの人々はこの道を始まりの崖谷と呼んでいる。

 去年の秋、クライブもこの道を通って旅立ったのだろう。急に感慨深くなって、エールは胸元から巡礼の証を引っ張り出した。夕日の最後の矢を受け、水晶に刻まれたリィネの紋章が燃えるように輝く。ふいに胸の奥に熱が込み上げてきて、少女はそれをぐっと握りしめて顔を上げた。


「勇者エールの旅立ちだね。」


 言ってみてからちょっと恥ずかしくなって、独り笑った。そして巡礼の証を胸元にしまうと、始まりの崖谷へと足を踏み入れたのだった。

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