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LAST LORD  作者: トミ
第一章 旅立ち
19/53

旅立ち1

 エールはそっと宿屋の扉を開き、中に入った。中央のテーブルに年配の男たちが八人、揃って掛けている。傍の暖炉には、昨夜火を入れていたのだろう。灰がまだ薪の形を保って残っていた。

 少女が控えめに近づくと、こちらを向いて座っていたテンガンが、いち早く気付いて声をかけてきた。


「なんだ、エールじゃねえか。ちょうどいい。お前の話をしてたとこなんだ。」


 その言葉に、寄り合いの面々が振り向いた。エールは視線を集めて恐縮しながらも、予想外の言葉に首を傾げた。


「私の話?」


 問うと、テンガン親方はニッカリと歯を見せて笑った。


「おう。お前に頼みたいことがあってな。なぁ、村長。」


 話を振られた村長は少し苦い顔をしている。


「これ、まだ決まった訳ではないだろうが。全く…。」


 何やら、ぶつくさ言いながら顎髭を撫でている。その反対側の手には、一枚の紙が握られていた。見覚えのある、ごわごわの茶色っぽい厚紙だ。エールの視線に気付いた老人は、その手を少し持ち上げて見せる。


「順を追って話そうかのぉ。エール、昨日お主からこれを届けて貰ったじゃろう。コモルの長老からの手紙じゃ。」


 やはりそうだ。エールは頷いた。


「手紙によると、最近、コモルの森がどうも変であるらしいのじゃ。生き物達が妙に攻撃的で、木々が騒いでおると。…キース族は、我々よりも自然の声をよく聞く耳を持っておるからのぅ。」


 村長は白い顎髭をさすりさすり話した。集まっている面々は一様に難しい顔をしている。先程は笑っていたテンガンも、今は腕組みをして口を一文字に結んでいた。


「それから、非常に気にかかることが書かれておった。」


 村長は重い調子で言うと、少し息をついた。エールは先を促すように老人を見た。不思議と、予感がしていた。


「コモル村の近くで、黒い兜に鎧の剣士が目撃されたそうなのじゃ。」


 暖炉の灰が崩れ、乾いた小さな音を立てる。


「おそらく、先日この村にも現れた…ふむ、黒の剣士と呼ぶことにしよう。あやつと同じ人物ではないかと思う。だとすれば…。」


 村長はその目に厳しい色をたたえて、そう続けた。エールは腹の辺りがずんとした。どうして、今までその可能性に思い至らなかったのだろう。


「風のほこらも、壊されちゃうかもしれない。」


 噛みしめるように言うと、村長はうむ、と頷いた。


「黒の剣士の目的はわかっておらんが…。その恐れがある以上、コモル村に伝えておくべきと思う。そこで、先程伝令の者を遣わすことに決まったのじゃ。」


 エールの心は奮い立った。考えるより先に声を上げていた。


「私が行く!」


 少女の即答を聞いて、村長は再び苦い顔をした。唯一笑い声をあげたのはテンガンだ。


「ほら、言っただろう。エールならそう言うと思ったってよ。」


 彼の隣に座っていたバーデンが渋るように頭をかいた。


「でもなあ、女の子に行かせるのは危なくないか?」


 大男は眉を寄せて唸り声を上げている。優しい彼は、心配してくれているのだ。彼を知らない者が見たら、怒っていると思うだろう。そんなバーデンに、見回り隊の隊長、レーベルが言う。


「心配ないだろう。エールの強さは私もよく知っている。何より、泉の魔物を倒したのはエールなのだから。」


 隊長がきっぱりとした口調で断言したので、エールは嬉しく思った。レーベルは堅物だが、とても真面目で、お世辞を口にするような人ではないのだ。ヤッケン、セバン共に賛同の声を上げたので、バーデンもようやく納得したようだった。


「お前がそう言うならまぁ、いいか。でも気をつけて行けよな。」


 大男の気遣いに感謝して、エールはにっこり笑ってみせた。


「ありがとう、バーデンさん。」


 宿屋の主人、ヘムオスも異論はなさそうだ。口の端をぐーっと伸ばして、笑っているのか怒っているのかよくわからないが蛙に似ている。

 村長は観念したように息をつくと、禿げ上がった頭をつるりと撫でた。


「では、エールよ。お主に頼むことにしよう。急じゃが、今日のうちに出発して欲しい。」


 本当に急だ。だがエールは強く頷いた。目的を持って動けることに感謝をした。実を言うと、周囲の異変に対して、待ってばかりで辛抱ならないと感じていたのだ。


「旅の支度が出来たら、わしの家に寄りなさい。渡すものがあるのでのぅ。」


「はい!」


 エールは返事をすると踵を返し、宿屋を後にした。

 戸口を出て深く息を吸うと、暖かな春の空気が胸を満たした。十日前に魔物が出たことも、先程の知らせも嘘だったかと思えるような、のどかな昼下がりだ。この空の下に、再び異変の種が蒔かれようとしているかもしれない…。エールはくっと息を飲んだ。それを止める為に、できる限りのことをしよう。そう決意すると、勇んで歩き出した。


 エールはまず、その足で鍛冶屋に向かった。アスカに声をかけて行くべきだと思ったのだ。分厚い木の扉を開けると、カウンターでエッジが売り物の剣を磨いている所だった。


「あ!エールさん!こんにちは!」


 少年は、エールの顔を認めて破顔した。くしゃくしゃの赤毛が、バンダナに抑えされて無造作に跳ねている。今朝は鍛冶場の掃除でもしていたのだろうか、頬にはうっすらと煤がついていた。


「こんにちは、エッジ。アスカは?」


「アスカさんなら、鍛冶場で作業してるッス!」


 エッジはそう言って店の奥にある扉を指差した。もっと話したそうにソワソワする少年に、申し訳なく思いながら手を振って、エールは重い木の扉を開けた。

 中を覗くと、アスカが炉に火を入れている所だった。長い金髪を今は後ろで縛り、首元に入れ込んで留めている。手にしているのは赤金色の長い火かき棒だ。

 ふいに、その手元からぱっと火の粉が散った。それは火かき棒を軸にぐるぐると渦を巻いたかと思うと炎となり、まるで松明のように先端に火を灯した。

 ここ水の村リィネにおいて、アスカは珍しく火の魔法に長けている。火山の町レンデの生まれの母から、その金の髪と共に受け継いだものだ。

 魔法によって作り出された炎は、トンネル型の炉に差し入れられた。石炭がオレンジ色に輝き始める。大きなふいごを歯車につないで炉に向けると、炎は熱を上げ、黄色く輝き出した。リィネ村の鍛冶場は、水車でふいごを動かしているのだ。

 エールはその様子を感嘆の念を持って眺めていた。アスカはエールに気づかずに真剣な表情で炉を見つめている。青い瞳に、火の輝きが照り映えて輝いている…。


「アスカ!」


 思い切って声を掛けると、彼女は驚いたように振り向いた。


「ごめんね、忙しい所だった?」


 アスカは立ち上がって分厚い手袋を取ると、額の汗を拭った。


「少しならいいよ。どうしたの?」


 言いながら、ちらりと炉に目をやる。エールは、長く作業の手を止めさせるのは悪い気がして、簡潔に話すことにした。


「あのね、アスカ。コモルの森を、黒の剣士がうろついているみたいなの。多分、リィネ村に来たのと、同じ人だと思う。」


 アスカは驚きに目を開いた。エールは何か言われる前に、急いで続ける。


「コモル村のヒト達は水のほこらが壊されたの、知らないでしょ。だから、村長達が話し合って、使いを出すことにしたの。」


 エールはアスカの目を見て言った。


「私、行ってくる。風のほこらを守らなくっちゃ。」


 アスカは一瞬、黙ってエールを見つめた。そして、大きな声でエッジを呼ばわった。慌ただしい足音と共に扉が開き、そばかす顔の少年が顔を覗かせる。


「ちょっと、炉を見ててくれる?」


 エッジは話に参加できると期待していたのか、露骨にがっかりした顔をした。エールはまた彼に申し訳なく思ったのだが、アスカは、エールの手を取ると、売り場の方へずんずん歩き出す。

 幼馴染の意図がわからずに、目を白黒させてついて行くと、アスカは売り場のカウンターの下から、長い包みを取り出した。


「持って行って。」


 布を取ると、それは鞘に納められた剣だった。


「これ…。」


 エールは言い淀んだ。先日預けた剣より少し刀身が長いし、柄には小さな青い宝石が埋め込まれている。どう見てもエールの剣ではない。だがそれを遮って、アスカが強く言った。


「あなたの剣よ。」


 鞘から剣を抜きはなち、目前に水平に掲げる。エールはその美しさに思わず目を見張った。

 青みがかった銀色の刀身が、滑らかな曲線を描いて切っ先まで伸びている。刃はまるで水を打ったかのように水気を帯びて見えるが、触っても濡れている訳ではないのが不思議だ。


水呼(すいこ)の剣。リィネ村が誇る魔剣よ。あなたの剣を打ち直して作ったの。上質なサパライト鉱石が入ったから、それを使ってね。」


 にっこりするアスカに、エールは言った。


「いいの?すごく貴重なものじゃない。」


 水呼の剣はテンガンが作り出した名刀の一つだ。セイレーンの山周辺で採れる水の魔力を含んだサパライト鉱石。その中でも、特に上質なものを使って作られる。世には何振りか出ている筈だが、いつでも作れる訳ではない。


「びっくりしたでしょ?内緒で作ってたんだ。」


 そう言ってアスカは、少しいたずらっぽく笑った。年の割にしっかりしている彼女だが、たまに子供っぽい表情をすることもある。


「勝手なことをしてごめんね。でも、あなた、また戦いに行くような気がして…。だったら私に出来ることをして、助けになりたいと思ったの。旅に出るなら、きっと役に立つわ。」


 エールはじいんとした。アスカは、本当に考えて自分に出来ることをしていたのだ。それに比べて、自分は焦りながらも待っているばかりだった…。


「アスカ、ありがとう。大事に使うよ。」


 私も、自分に出来ることをしよう。エールは心に決めて言った。アスカは頷いたが、またいたずらっぽく笑って言った。


「代金は、少しまけとくから。将来的に返してよね!」


 エールは抗議するように叫んだ。


「えー!お金取るのぉ!?」


 頰を膨らませるエールに、アスカが怒った顔をして見せた。


「当たり前でしょ!サパライト鉱石は貴重なんだから!」


 そう言いながらも、アスカはもう笑っている。エールも笑った。しばし笑いあってから、エールは戸口に立った。もう行かなくては。


「行ってらっしゃい、エール!」


 兄の真似をして、歩きながら片手を上げて見せる。お別れは楽しい方がいい。長い別れではないのなら、なおさら。エールは前を向いて微笑んだ。

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