表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LAST LORD  作者: トミ
第一章 旅立ち
18/53

セーラ3

 次の日、エールが起き出すころには、すっかり明るくなっていた。大きく伸びをして雨戸を開けると、鳥のさえずりと共に黄色い日差しが舞い込み、エールは眩しさに目を瞬かせた。雨は昨夜のうちに上がったようだ。

 一階に降りると、ちょうどペルーナがシチューの鍋を暖炉にかけている所だった。湯気と共にいい匂いが漂っている。ぐうとエールのお腹が鳴ったので、ペルーナが声をあげて笑い、エールは恥ずかしそうに頭をかいた。昨日あんなに食べたのに、もうお腹が空いている。


「そろそろ起きてくる所だと思った。そうそう、じいさんは寄り合いをすると言って出掛けて行ったよ。」


 エールは訝しげに首を傾げた。


「こんな朝から寄り合い?何かあったのかなぁ。」


 いつもは、各々の仕事が終わる夕方から集まっていたはずだ。


「さてねぇ。あたしゃ何も聞いてないよ…食器を出しておくれ。一つでいいよ。…気になるなら、宿屋に行ってみるといい。」


 老婦人はシチューをかき混ぜながら続けた。鍋はクツクツと心地よい音を立てている。エールは棚から木のお椀とスプーンを取り出した。


「そうしようかな。」


 そう答えながらきょろきょろと首を巡らせていると、ペルーナがにっこり微笑んで教えてくれた。


「あの子なら、精霊の花を見に行くのが朝の日課なんだよ。」


 セーラは散歩に出掛けたらしい。エールは、早起きしなかったことを後悔した。そうすれば一緒に行けたかもしれないのに。今からでも追いかけようか。ソワソワしていると、ペルーナが笑って言った。


「あんたも行くなら、朝ごはんを食べてから行きな。まだシチューがどっさりあるんだ。他にも食べ手が欲しいね。散歩ついでに、誰か声をかけてきておくれ。」


 そう言うとペルーナはお椀たっぷりにシチューをよそってくれた。

 かき込むように朝食をやっつけ、エールは外に繰り出した。いい天気だ。土手沿いに歩き出す。確か、いつも通る橋の側に、セイレン草が咲いていたはずだ。

 昨夜の雨で川は水かさを増し、土手を下る斜面は半ばまで浸かってしまっていた。雨上がりの大地が太陽に暖められ、ほのかに揺らいで見える。

 少し歩くと、思った通りの場所にセーラを見つけた。彼女は橋の下、水際ぎりぎりまで降りて花を眺めている。柔らかい草の上に足を踏み出すと、むせ返るような青草の匂いに包まれた。


「セーラさん!お散歩?」


 エールが声を掛けると、セーラは驚いて振り向いた。今日は初めて会った時と同じ、青いローブを着ている。彼女はエールの姿を認めると顔を綻ばせ、目を細めた。


「ええ、花を見にきたんです。セイレン草…。この花を眺めていると、なんだか懐かしい気持ちになるのです。」


 そう言って、セーラは道端に目を落とし、微笑んだ。青い花びらに残る雫が、キラキラと宝石のように輝いている。この花には不思議と朝露が長く残ることも、精霊の花と呼ばれる由来の一つだ。セーラが楽しそうなので、なんだかエールも嬉しくなってきた。


「昔から好きな花だったのかもね。私も、このお花大好きだよ!水がきれいな所にしか生えないから、他の土地では珍しいんだって。」


 言ってから、エールは気づいた。セーラはその花を懐かしいと言っているのだ。リィネの紋章の入った服を着ていたことといい、やはりセーラはリィネ村に所縁があるのかもしれない…。

 しばらく、二人は言葉少なにセイレン草を眺めていた。心地よい風が吹き、濡れた下草を撫でていく。緑の絨毯がきらめき、雫の零れ落ちたセイレン草がぴょこんと可愛らしく揺れた。セーラはその様子を目を細めて見ていたが、やがてためらいがちに口を開いた。


「あの…。私の勘違いかもしれないのですが。」


 物思いにふけっていたエールは、はっとして顔を上げた。


「エールさん。実は初めて貴女に会った時にも、とても懐かしい感じがしたのです。もしかしたら、どこかでお会いしたことがあるんじゃないかと…。」


 エールは驚いた。


「えっ!そうなの?」


 セーラがそんな風に感じていたなんて。エールには全く覚えがないが、どこかで会うことがあっただろうか。頬に手を当てて考えてみる。少し考えてから、思いつきを声に出した。


「もしセーラさんが剣術大会に来てたとしたら、そのときかなぁ?」


 リィネ村は小さな村で、全員が顔見知りだ。よその村の人が来る日といえば、その日くらいだと思ったのだ。セーラはゆっくりと瞬きして繰り返した。


「剣術大会…。」

 

 エールは大きく頷いた。


「うん。剣術大会の日は年に一度のお祭りでね、他の町からも人がいっぱい来るんだ。」


 エールは身振り手振りで説明した。楽しい音楽、歌と踊り、広場の出店、花火のこと…。その様子を、セーラは興味深そうに聞いていた。


「あとは…思いつかないな。ごめんね。」


 美人なセーラのことだ。もし剣術大会に来ていたとしたら、誰か覚えていそうなものだと思った。村人達は、誰もセーラを知らないと言っているのだ。


「いいえ、本当に、私の気のせいかもしれないので…。変なことを言ってすいません。」


 ぺこりと頭を下げるセーラに手をぶんぶん振って答える。


「ううん、全然!また、何か思いついたら何でも話してよ!」


 セーラは頷くと、柔らかく笑った。だが、すぐに顔を曇らせ、自身の胸元に目を落とした。そこにはリィネの紋章の刺繍が入っている。それを指でなぞり、彼女は言った。


「これは、リィネ村に古くから伝わる紋章なのだそうですね。私はこの土地を知っていたのでしょうか…。この花を見ていると思い出せそうな気がして、毎日ここに来ているのです。でも思い出せないのです。何も…。」


 彼女は悲しそうに俯いている。エールは焦って、なんと言おうか懸命に考えた。


「そんな…。大丈夫だよ。いつか思い出せるよ。」


 結局、こんな言葉しか出てこなくて、悔しく思った。もっと、元気付けてあげられたらいいのに…。エールは考えて、ふいに思いつきを口に出してみる。


「そうだ!私ね、今から宿屋に行くんだ。コモルからの荷馬車が停まってると思うから、ちょっと見せて貰おうと思って。セーラさんも行かない?」


 それに、寄り合いの内容も気になる。セーラはゆっくりと瞬きをして少し考えていたが、申し訳なさそうに眉を下げて微笑んだ。


「誘って下さって、ありがとうございます。でも、私はもう少し…。花を見ていることにします。」


 セーラはそう言うと、再びセイレン草に目を落とした。エールはがっかりしたのだが、気を取り直すと元気よく挨拶をした。


「そっか、じゃ、またね。セーラさん。」


 軽く手を振って歩き出す。仲良くなる時間は、これからいくらでもある。橋を渡ってから、エールはちらりと振り返った。セーラはまだセイレン草を眺めている。その痩せた背中は、悲しそうに見えた。

 泉でセーラを見つけてから、もうすぐ十日になる。彼女の記憶は、依然として戻らないままだ。エールは前を向くと、もやもやとした気持ちを振り払うように大股に歩き出した。


 リィネ村の宿屋は、荷馬車の預かり所と、積荷を降ろす倉庫を兼ねている。粉挽き小屋や食料の貯蔵庫もあり、集会所にもなっている宿屋はこの村で一番たくさんの機能を持っている建物だといえよう。

 粉挽き小屋の水車前まで差し掛かった時、エールはぎょっとして足を止めた。流れの脇の草むらに、昨日までなかった巨大な岩が出現していたのだ。だが、近くにロロの姿を見つけ、すぐにその正体に思い当たった。ボボが座っているのだろう。獣人の青年は、小川の流れの中に足を投げ出して座っている。


「やあ!昨日も会ったね。」


 エールが近づくと、彼は気さくな挨拶をした。


「おはよう、ロロ。ボボは寝てるの?」


 エールが、傍らの大岩を見やる。ごわごわの茶色い皮膚の上に生えたフサフサの緑の体毛は、苔そっくりだ。大きな焦げ茶色の角は、岩を割って生えた一本の木の枝のようだ。よく見ると、額にも小さな角があるのがわかった。短い足は体の下になってしまっていて見えない。頭を下げて目を閉じているので、本物の岩のように見える。森の中ならば、動物だとは気付かないだろう。

 ロロは、ぱしゃんと足で水をかき混ぜて答えた。


「重い荷を積んで、峠を越えてきたからね。たっぷり草を食べて、水を飲んで寝たら、三日は起きないよ。」


「三日も!?」


 飛び上がって驚くエールを見て、ロロはにししと笑った。


「そのかわり、起きたら三日三晩飲まず食わずで歩くことが出来るんだ。ボボはすごいんだよ!」


 そう言って彼は得意げに鼻を鳴らす。エールは素直に感心してボボを眺めたのだった。


「そういや、昨日はキミの名前聞かなかったよね。」


 ロロにそう言われて、エールは改めて挨拶をした。


「私はエールだよ。よろしくね。」


 エールの名前を聞くと、急にロロは目を輝かせた。


「エール!もしかしてこの前の剣術大会で優勝した?」


 そう言うと彼はぱしゃんと水しぶきを上げながら、勢いよく立ち上がった。


「う、うん。」


 エールの返事を聞いて、ロロは嬉しそうにふさふさの尻尾を振り、足をドタドタとふみ鳴らした。彼のびしょ濡れの足から雫が飛び散り、草の上に小さな水たまりを作った。


「パウロが…あ、大会を見に行ってたおれのイトコなんだけど、優勝者の開けたドアにぶつかったんだって自慢してたよ!」


 なんだそれは。エールはずっこけそうになって、笑った。彼のことはエールも覚えている。白い毛色の、快活そうな少年だった。確かに、ロロと少し似ている気がする。


「でも、エールは細いのにすごいな。」


 ロロが感心したように言う。キース族は、エール達のようなヒトに比べて背は低いが、太くて長い強い腕と、爪のある大きな掌を持っている。足は短くて重心が低いので、力仕事に向く体型だ。

 ロロも身長はエールと同じくらいだが、腕は倍以上も太く、大きな掌はエールの顔ほどもありそうだ。


「宿屋の、蛙に似てるおっちゃんの方が、ごつくて強そうだけどなぁ。」


 屈託無い笑顔で言うので、エールは思わず吹き出した。ロロが不思議そうにエールの顔を見る。悪気はないのだろうが、まさか本人に言ってないだろうか。


「そういや、今、宿屋で大事な話があってるんだって。なんかいづらくてさ。朝ごはんのおかわりをしたかったんだけどなぁ。」


 それを聞いて、エールはペルーナの言葉を思い出した。


「それなら、ロロ。村長さんちにシチューがあるよ。昨夜作りすぎちゃったの。食べに行ってあげたらペルーナさん…村長の奥さんも喜ぶよ。」


 思った通り、ロロは大喜びした。すぐに行くと駆け出して行く彼を見送って、エールは一人微笑んだ。キース族達は朗らかで、話していて気持ちいい。いつか彼らの住むコモル村に行ってみたいものだ。

 一人になったエールは、宿屋の戸に目をやった。やはり、寄り合いの内容が気になる。ずいぶんと長く話しているようだし、やはり何かあったのだろう。

 老獪な大人達が話し合っている所に、自分がしゃしゃり出るべきではないのかもしれない。でも、異常があったのならば知りたいし、出来ることがあるならやりたい。悩んだ結果、やはり顔を出してみることした。

 エールは深呼吸をし、宿屋の戸に手をかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ