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LAST LORD  作者: トミ
第一章 旅立ち
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異変1

 クライブが旅立ってから、エールは村長の勧めで見廻り隊の仕事の手伝いをするようになった。

 見廻り隊はその名の通り、村周辺の道や林、水源であるリィネの泉などに異常がないか見て回る仕事だ。

 隊といっても小さな自警団のようなもので、鹿が増え過ぎれば狩りをし、危険な生き物が出ればその討伐もする。秋にアクジキが出てからというもの、荷を運ぶ馬車の護衛をすることもあった。

 冬も終わりに近づいたある日のこと。エールは馬車の護衛の為、水運びに同行していた。

 水瓶をいっぱいに積んで、重くなった荷馬車を引くのはエリザベスだ。今朝の雨でぬかるんだ道に、くっきりと轍を残していく。


「聞いたか?東門のため池にヴォルゴスが出たってよ。マルクが倒したと自慢してた。」


 荷台に座り、エリザベスの手綱を握るラッドが言った。


「えっ、ついこのあいだも出たって聞いたけど、また?」


 荷馬車の隣を歩いていたエールが、ラッドの方を振り仰いで返事をする。


「ああ。まただ。」


 道が登りになり、かっぽかっぽと力強い蹄の音が響く。荷馬車が土の盛り上がった部分を乗り越え、ガタンと音を立てた。


「なんか、やな感じだね。村の周辺にヴォルゴスが来ることだって珍しいのに。」


 答えながら、荷馬車に遅れないように足を早める。最近は日中日差しがあると暖かくなってきた。エールは少し汗ばんで、防寒用の首巻きを外してベルトに挟んだ。

 眉をひそめるエールに対し、ラッドはそうだなあ、とのんびり返事をした。


「家畜を狙って来てるのかもな。最近、狩りの連中も、獲物が少ないとかぼやいてたし。」


 それを聞いたエールがあっと声を上げる。


「そういえば私、ときどきクライブの釣竿使ってみるんだけど、全然釣れないの。魚も少なくなってきてるのかも!」


「いや、それはエールが下手くそなだけじゃ…。」


 ラッドが肩をすくめたその時、突然行く手にある木の葉が揺れた。葉の間から、何か小さなものが飛び出し、馬車目掛けて滑るように空を飛んでくる。


「っ!」


 エールがいち早く反応し、それを剣で叩き落とした。


「何だっ!?」


 エリザベスが驚いて鼻を鳴らし、足踏みをする。ラッドは手綱を引くと、鞭で彼女の背中を撫でて宥めた。

 エールは、自身が叩き落としたそれに近づき確認する。


「ピョンフィだ…。」


 草むらに、ウサギのような生き物が倒れていた。先の一撃で首が折れ、事切れている。ピョンフィは脇にムササビのような膜があり、少しの間滑空出来るウサギの仲間だ。


「え?ピョンフィなのか?」


 ラッドは素っ頓狂な声を上げた。ピョンフィは非常に臆病な生物で、滑空の技はもっぱら捕食者から逃げる際に使われる。人が乗った馬車に向かって飛んでくるなど考えられない。


「うん…。ピョンフィが私達を襲ってくるとは思えないよね。どうしたんだろ。何かから逃げてきたとか?」


 二人は、思わずピョンフィが現れた木の方を見やった。

 川のせせらぎと、鳥の声。いつも通り、のどかな昼下がりだ。

 風に吹かれた木の葉がさらさらと音を立て、木漏れ日が道に落とす光のまだら模様を揺らめかせた。


「何も、いないみたいだな。」


 エールがエリザベスの首を軽く叩くと、ブルブルンと返事が来た。もう落ち着きを取り戻したようだ。


「一応、報告した方がいいよね。私、村に戻ったら村長に伝えてくる。」


 深刻そうな顔のエールに、ラッドは大げさだと言いたげに肩をすくめ、首の後ろを掻いた。


「そんな大したことじゃないと思うけど。まあ、気になるなら報告はエールに任せるよ。でも水瓶を下ろすのは手伝って行ってくれよな。」


 村に戻り、水瓶を下ろしていると、二人の子供が駆け寄って来た。アロクとハティだ。エールは、子供達に人気の遊び相手なのだ。

クライブには、よくエールが子供っぽいからだと、からかわれたものだった。

 実際エール自身、虫取りをしたり駆け回ったり、子供達より楽しんでいる節がある為に否定はできない。今でも時々、仕事の合間に彼らと遊んでいる。


「エールねえちゃん!一緒にため池に行ってよ。かあちゃんが一人で行っちゃダメって、うるさいからさ。カエル捕まえよう!」


「いやよカエルなんて!お買い物ごっこがいいわ!」


 二人の子供達はそれぞれエールの服の裾を掴んで言い合いを始めた。


「だーめ、今日は忙しいの。今から村長のとこに行かなくちゃ。」


 エールは微笑むと、二人の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「あっ!村長ならお父さんのとこよ!よりやい、するんだって。」


 ハティが声をあげる。彼女は宿屋の末娘なのだ。


「寄り合い、ね。ありがとう。」


 エールは最後の水瓶を下ろすと、肩を回して伸びをした。荷下ろしはなかなかの重労働だ。

 アロクが諦めきれないようにエールの裾を引っ張る。


「エールねえちゃん!あとで遊んでね!」


「用事が早く済んだらね。あと、ため池には行っちゃだめよ。またヴォルゴスが出たらしいの。」


 二人の子供は、人喰い大トカゲの名を聞いて震え上がった。危険な生物については、普段から大人達が恐ろしげな脚色たっぷりに語って聞かせているのだ。


「じゃあラッド、私行くね。」


「おう。助かったよ。サンキュー。」


 エールは宿屋に向かって歩き出した。宿屋は南門の側の、大きな水車がある建物だ。宿屋には粉挽き小屋が併設されており、水車で臼を動かしている。宿の主人であるヘムオスは、食糧の管理も引き受けているのだ。

 宿屋の一階は酒場になっており、村の寄り合いなどにも使われる。暖炉の上には眼を見張るほど大きなズガンゴートの頭の剥製が掛けられていた。宿の主人が若い頃仕留めたものらしい。


「おお、エールか。わしに用かのう?」


 村長は、ヘムオスを始めとする村の男達とテーブルを囲んでいた。

 家畜の管理をしているバーデン。畑の担当のヤッケン。染め物等の工芸品担当のセバン。見回り隊のレーベル。それに鍛治師のテンガン親方だ。皆それぞれの仕事の顔役達で、村の大事なことを決める寄り合いは大抵このメンバーで行われる。

 エールの報告を聞いて、男達は顔を見合わせた。一様に浮かない顔をしている。


「どうしたの?他にも何か、あった?」


 エールの問いに、村長が禿げ頭をつるりと撫でながら答える。


「いや、大したことじゃないんじゃがのう。狩りの者たちから、ここ最近、動物が少ない気がすると言われておってのう。」


 先ほどラッドからも聞いた話だ。レーベルが村長のあとを引き継ぐ。


「今朝、山羊が二頭やられているのを見つけたんだ。多分、ため池で討伐したヴォルゴスの仕業だと思うが…。念の為、注意するように呼びかけているのだ。」


 それを聞いて、バーデンが髭面を歪めてべそをかきそうな顔をした。お気に入りの家畜を亡くし、ショックを受けているらしい。


「何らかの理由で、山の方に餌が少なくなって降りてきているのかもしれない。そのピョンフィも、何かに追われていたのかもな。」


 何らかの理由って、何だろう。エールは村長に訊ねた。


「調査とか、するの?」


「いいや、あまり山奥に行くのは危険じゃ。それに、人の領域を越えて踏み込むものでもない。わしらは今まで通り、いつもより少しばかり注意して暮らすのみじゃよ。村の周りの見回りを強化しよう。放牧地の見回りもな。」


 寄り合いに集まった面々が頷いた。


「早速、見回り隊の者達に伝えておかないとな。しばらく忙しくなるぞ。エールは、明日は間伐材の伐採の手伝いだったな。地味だが大事な仕事だ。よろしく頼むよ。」


「うん。レーベルさん。」


 エールはぺこりと頭を下げた。


「報告ご苦労じゃったな、エール。また何かあったら知らせておくれ。」


 エールは挨拶をして外に出た。水車がごろごろと回り、気持ちの良い水音を立てている。

 今日の午後は仕事は入っていない。アロクとの約束はあるが、今はなんだか子供達と遊ぶ気分になれず、水車の作る小さな渦や、はじける水しぶきを眺めていた。

 ふと、エールは水路の脇に、セイレン草が花を付けているのを見つけ、微笑んだ。もうすぐ春が来るのだ。

 セイレン草は、青い小さな可愛い花で、水の綺麗な場所にしか生えないことから、精霊の花とも呼ばれている。エールはこの花が好きだ。窓辺に飾るのに、一輪だけ貰っていこう。かがんで一本花を手折ると、自宅の方に歩き出した。

 歩きながら、エールは考え事をしていた。村に大きな問題が起こっている訳ではない。それなのに、何故こんなに不安な気持ちになるのだろう。

 きっと考えすぎだ。村長の言うように、少しだけ気をつけて、いつも通り過ごそう。しかし小さな不安は、波紋のように広がり、心の奥をざわめかせるのだった。

 気がつくと、橋の側の桟橋に立っていた。クライブがよく釣りをしていた場所だ。

 剣術大会の日、ここでアスカと話していたのを盗み聞きして、怒られたっけ。半年ほど前のことだが、もう懐かしく感じる。

 兄は今どこにいるのだろう?遠回りしてくるようなことを言っていたから、帰ってくるのはもう少し先になるだろうか…。

 エールは水面に映る自分の顔を見た。栗色の髪の、小柄な少女が映っている。流れに揺らぐ顔は泣いているようにも、笑っているようにも見えた。

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